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5Gデータネットワークが天気予報を脅かす

気象パターンの予想には水蒸気濃度を示す衛星画像が利用されている。 Credit: NOAA/GOES

米国政府は第5世代移動通信システム(5G)に使用する無線電波周波数帯ブロックのオークションを開始した。これらの周波数の一部は、重要な地球観測のために人工衛星が利用している周波数に近いため、気象学者は5G携帯電話からの電波がデータ収集の妨げになる可能性を危惧している。

規制当局や通信会社が干渉のリスクを低減するための対策を取らないかぎり、米国の5G無線サービスが提供されるエリアの上空を飛行する地球観測衛星は、大気中の水蒸気を正確に検出できなくなる。大気中の水蒸気量は気象学者にとって非常に重要な情報であり、入手できなくなると世界中の天気予報に悪影響が出る恐れがある。ウィスコンシン大学マディソン校(米国)の気象学者Jordan Gerthは、「これは世界的な問題なのです」と言う。

米国海洋大気庁(NOAA)と米航空宇宙局(NASA)は現在、米国の無線ネットワークを監督する連邦通信委員会(FCC)との間でぎりぎりの交渉に当たっている。NOAAとNASAはFCCに対し、以前から5Gサービスの開始による干渉からの地球観測に使われる周波数の保護に協力を要請してきた。しかしFCCは、最初の5G用周波数帯のブロックを、問題の周波数をほとんど保護することなく販売してしまった。販売は4月17日に終了し、政府は約20億ドル(約2200億円)を手にした。

米国の通信市場は巨大であるため、5Gの展開に関する米国政府の判断は、この技術を巡る世界的な議論に影響を及ぼす可能性がある。各国の規制当局は2019年10月にエジプトで開催予定の世界無線通信会議(WRC-19)において、通信会社が5G通信に利用できる周波数や、地球観測との干渉が許容される程度について、国際的な合意を形成する予定だ。

天文学者や気象学者をはじめとする科学者たちは、昔から他の利用者と周波数帯を分け合うために努力してきており、時には別の周波数に移行することもあった。けれども「今回、私たちにとって最も重要な周波数が脅かされています。前代未聞の事態です」と、ヨーロッパ中期気象予報センター(英国レディング)の気象学者Stephen Englishは言う。

周波数23.8ギガヘルツ(GHz)も、脅かされている周波数の1つだ。これは、大気中の水蒸気がかすかな信号を放っている周波数だ。人工衛星は、地球からこの周波数で放射されるエネルギーを監視することで、下にある大気の湿度を評価している。気象予報官はこのデータをモデルに入力して、嵐やその他の気象現象がどのように発達するかを予想する。

しかし、これとほぼ同じ周波数の電波を送信する5G基地局からは、水蒸気からの信号に酷似した信号が生じることになる。「観測した信号が自然のものではないと断定することはできません」とGerthは言う。科学者がそうした質の悪いデータを利用すれば、天気予報の精度は下がってしまう。

今回FCCが実施したオークションでは、24.25~24.45GHzと24.75~25.25GHzという2つのブロックの周波数が売りに出された。この範囲の下限に近い周波数での無線伝送は、23.8GHzでの水蒸気の測定と干渉する恐れがある(「周波数帯を分かち合う」参照)。Nature はFCCにこの問題についてコメントを求めたが、FCCからの回答はなかった。

周波数帯を分かち合う
世界各国の規制当局は、将来の5G無線ネットワークで利用するための電波周波数帯ブロックの割り当てを行っている。気象専門家は、提案されている5G用周波数の一部が人工衛星による地球観測の周波数に近いため、干渉が生じることを懸念している。 Credit: SOURCE: ITU

マンションの隣室に大音量で音楽を流す人がいる状況を想像してほしい、とGerthは言う。恐らく騒音はアパートの壁を伝ってあなたの部屋に漏れ出し、安眠を妨げるだろう。しかし、隣人を説得して音量を小さくしてもらうことができれば、あなたは安らかに眠ることができる。

電波工学の分野ではノイズはデシベルワット(dBW)という単位で測定する。規制当局は許容するノイズを制限していて、マイナスの値が大きくなるほど厳格な監督が行われていることになる。FCCのオークションでは米国の5Gネットワークに–20dBWという上限を課したが、これは、他の多くの国々で検討されている上限に比べてはるかに大きいノイズを許容することを意味する。例えば、欧州委員会(EC)が5G基地局に課す上限は–42dBWに決まった。

多くの人が、欧州の提案がエジプトでの会議で各国の規制当局に影響を及ぼし、世界各国が厳格なノイズ基準を採用するようになることを期待している。世界気象機関の無線周波数の調整に関する運営委員会を率いるフランス気象局(トゥールーズ)の気象学者Eric Allaixは、米国の計画ではEUの150倍以上のノイズが許容されることになってしまうと指摘する。

23.8GHzやその他の重要な周波数での干渉が増えたときに天気予報の精度がどの程度低下するかについては、あまり研究されていない。「けれども、失われる情報が増えれば、より大きな影響が出るはずです」とGerthは言う。

NOAAとNASAは、さまざまなレベルのノイズ干渉の影響に関する調査を終えたと伝えられているが、結果は公表されていない。ちなみに、全米アカデミーズは2010年に、科学者が23.8GHzの信号を利用できなくなると、世界の天気予報に利用されているマイクロ波周波数の有用なデータの30%が失われるだろうと報告している。

NOAAを監督する米国商務省は、「安全な5G無線ネットワークにおける米国のリーダーシップを推進すると同時に、政府と科学の使命を維持し、改善するという政府の方針を強く支持する」としている。NASAの長官Jim Bridenstineは、この点についてのコメントを辞退したが、NASAの2019年4月の会合では5Gへの懸念を詳細に語っていた。

FCCは2019年12月にさらに3つの周波数帯ブロックのオークションの開催を計画している。その中には、人工衛星が降水、海氷、雲の観測に利用している周波数の一部も含まれている。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190812

原文

Global 5G wireless networks threaten weather forecasts
  • Nature (2019-04-26) | DOI: 10.1038/d41586-019-01305-4
  • Alexandra Witze