学術界サバイバル術入門 — Training 4:学術英語 ①
書くことは教えることです。あなたは論文を書くとき、自分の知識を他の人々に伝えようとしています。それはまさに教師が行っていることです。ですから、効果的な論文を書くには、教師が使う効果的な戦略が役立ちます。具体的には、3つの重要な認知学習原理を使って、論文の質を改善できます。①認知負荷理論、②認知バイアス、③読者の予想です。論文を書くときにこれらの原理を踏まえれば、自分の考えを効果的に読者に伝えられるようになるでしょう。(過去の無料公開記事はこちら)
① 認知負荷理論
認知負荷理論は、教育心理学者ジョン・スウェラー(John Sweller)が1988年に打ち立てた理論1です。そのとき彼は、人間の知性は新しい情報を一度にどれくらい処理できるかを調べたいと考えていました。人間はコンピュータではありませんから、私たちの知性は限られています。従って、もしあなたが、あまりにも多くの情報を一度に読者に伝えようとすれば、読者は訳が分からなくなってしまいます。「訳が分からない」と感じたら、きっと読むのをやめるでしょう。こうなってしまったら、あなたは人々にインパクトや影響を与える機会を失ってしまいます。
学術論文を書く際に簡潔さが非常に重要なのはこのためです。あなたの考えは込み入っていますから、小分けにして読者に伝えましょう。では、1文の長さはどのくらいが適当だと思いますか? 私が行っているワークショップで参加者に質問すると、ほとんどの人が「10~20ワード」と答えます。正解です! ところが実際には、これがほとんど守られていないのです。
文を短くするのに役立つヒントを2つ紹介しましょう。1つ目は、1つの文で伝える考えは1つにとどめること。それを守れば、文のほとんどは適切な長さに収まるでしょう。2つ目は、不要な単語を使わないこと。不要な単語とは、その文の意味をさらに高めることがない単語です。やり方は簡単で、1つのシンプルなルールに従うだけです。削除しても文の意味が変わることがないなら、それらは不要な単語ですから、見つけたら削除してしまいましょう。
学術論文でよく使われている「it is well known that(…はよく知られていることだ)」「as a matter of fact(実際のところ)」「it is worth mentioning that(…は言及する価値がある)」なども、不要なフレーズです。これらのフレーズは全て、省いても文の意味には影響がありません。また、1ワードで置き換えることができるフレーズもあります。例えば、「that is another reason why(こういうもう1つの理由で)」は「therefore(従って)」に、 「despite the fact that(…という事実にもかかわらず)」は「although(…だが)」に、そして「it is interesting to note that(…ということに言及するのは興味深い)」は単に「interestingly(興味深いことに)」か「notably(注目すべきことに)」に置き換えることができるのです。
これら2つのヒントに従うことで、文は確実に適度な長さになります。文の長さが適切かどうかを確かめたいときは、音読してみるといいでしょう。たいていの人は、20ワード以上の長さの文を一息で読むことができません。途中で息継ぎをしたくなるようなら、おそらくその文は長すぎます。
同じ原理をパラグラフにも当てはめることができます。長さが1ページもあるパラグラフを読みたいと思う人はいませんね。1つのパラグラフでは1つの考えに集中するようにして、短くまとめましょう。通常、4~5文で十分です。
② 認知バイアス
論文を改善するためにあなたが理解しておくべき認知学習原理の2つ目は、「認知バイアス」です。認知バイアスとは、相手も自分と同じ情報や知識を持っていると思い込むことです。実際は、読者はあなたとは異なる経験を持ち、受けた教育も異なり、読んでいる論文も違っていて、異なるトピックを研究しています。
つまり、あなたの頭の中にある考えが非常に明確であっても、読者にとっては曖昧に感じられる可能性があります。そうであった場合、読者は訳が分からなくなり、あなたの論文を読むのをやめてしまうでしょう。
それを防ぐにはまず、「this(これ)」「that(あれ)」「these(これら)」などの不明確な代名詞は避けましょう。1つ前の文で2つ以上の名詞がでてきていたら、読者はこの「this」は何を指すのだろうと推測しなければなりません。あなたの考えを理解してもらうための努力以上のことを読者にさせてはいけません。
例えば「EGFR phosphorylation resulted in the recruitment and phosphorylation of c-Src. This phosphorylation was dependent on...(EGFRリン酸化の結果、c-Srcの動員とリン酸化が起こった。このリン酸化は~に依存していた)」 という文章で、 「This phosphorylation(このリン酸化)」とは何を指しているのでしょうか? EGFRか c-Srcか、どちらでしょうか? 著者は分かりますが、読者は推測しなければなりません。この場合、「The phosphorylation of c-SRC was dependent on...(c-Srcのリン酸化は~に依存していた)」と書けばもっと明確になります。著者は繰り返しを気にし過ぎるあまり、代名詞を使い過ぎるのです。繰り返しは、できれば避けるべきですが、明確さを損なわない限りにおいてです。この例では、繰り返しは必要なのです。
また、「some(いくつかの、いくらかの)」「few(少数の、少しの)」「many(多くの)」などの質的な単語も避けるべきです。著者が「few」と思っているものを、読者は「many」と感じるかもしれません。読者があなたと同じように考えると思ってはいけません。学術論文では、できる限り量的な言葉を使うべきです。
「Few samples experience fractures when exposed to increased pressures...(圧力が増したときに破損する試料はわずかしかない)」という文章は、明確にするために試 料の数を書いて「Six samples (5.3%) experienced fractures...([6個の試料(5.3%)が破損した])」とするべきです。
最後に、「interestingly(興味深いことに)」「surprisingly(意外にも)」「strikingly(著しいことに)」などの主観的な言葉は避けましょう。 例えば、「Interestingly, we noticed that...(興味深いことに、私たちは~ということに気付いた)」と書いた場合。あなたが興味深いと思っても、読者は興味深いと感じないかもしれません。学術論文は主観的ではなく、客観的であるべきです。あなたが発見したことの何を興味深いと感じるかは、読者に任せましょう。
③ 読者の予想
読者があなたのストーリーの中に分け入っていくとき、彼らはあなたが自分たちをどこへ連れていこうとしているかを知っています。しかしその道程で迷ってしまったら、あなたの論文を読むのをやめてしまうでしょう。効果的な論文を書くには、効果的な道案内人にならなければならないのです。
効果的な案内人になるためには、道の途中に行き先の手掛かりや標識を示す必要があります。これを案内表示といい、いくつかやり方があります。下の表に、読者をある考えから別の考えへと導くのに有効なつなぎの言葉を示しました。読者が「however(しかし)」という単語を見ればたちどころに、次に示される考えはその前の考えと相反するものだと分かります。次に何が来るかが分かっていれば、読者はより素早く次の考えを理解できます。
対比 | 類似 | 付加 | 結果 |
---|---|---|---|
However | Likewise | Additionally | Therefore |
Although | Similarly | Moreover | Due to |
By contrast | Also | Furthermore | Consequently |
Howeverなどの「対比」のつなぎの言葉は、あまり使わないようにしましょう。これらの言葉は論文を退屈にします。Thereforeなどの「結論」のつなぎの言葉は、ファーストチョイスというよりも最終手段と考えましょう。読者を導くには、次に説明する「文章構造」のテクニックの方がより有用です。
Gopen and Swan2は1990年に「the Science of Scientific Writing(科学執筆の科学)」という素晴らしい論文を発表しました。これは今もなお、論文をより明確に書きたいと考える研究者にとって、格好のリソースです。この論文のコンセプトの中で私の好きなものの1つは、1文の中でトピックポジションとストレスポジションが重要な役割を持つ、ということです。
トピックポジションとは文の最初の部分で、これから論じられる1つの考えを紹介します。トピックセンテンスが、そのパラグラフのトピックを読者に紹介するのと同様です。文頭でこの情報が提示されることで、読者はその文の残りの部分に何が書かれているかを予想できます。
ストレスポジションは文の終わりの部分で、読者に対して2つの重要な役割を果たします。まず、その考えについて何が重要かを強調します。例えば、私があなたに夕食をごちそうするつもりだとほのめかしているのは、次の1と2の文のうちのどちらでしょうか?
あなたに夕食をごちそうしたいけど、懐がさみしくて。
懐はさみしいけど、あなたに夕食をごちそうしたい。
ほとんどの人が2を選ぶでしょう。言葉の順番を変えただけで、どちらも全く同じ単語を使っているのに、なぜそうなるのでしょうか。読者は、文の最後(ストレスポジション)に注目して何が重要かを決めるからです。
論文を書くときには、この執筆テクニックを使うべきです。あなたの考えで何が重要かを強調したいとき、それを文の最後に持ってくるのです。
ストレスポジションは、案内表示としても役立ちます。次の2つの文を見てみましょう。
足場のTiO2表面修飾は触媒効率を上昇させた。この効率は反応の初期には顕著だが、時間経過とともに低下した
最初の文では、「increased catalytic efficiency(触媒効率を上昇させた)」がストレスポジションです。これは表面修飾について何が重要かを強調しています。加えて、案内表示にも使われています。次の文を読む前から私たちは、読者の経験に基づいて、次の話はこの上昇した効率についてだろうと推定します。そして、確かにその通りです。このケースでは、私たちはつなぎの言葉に頼らなくても読者を導くことができるのです。トピックポジションとストレスポジションの両方を使った効率的な文章構造だけで十分なのです。
まとめ
3つの認知学習原理(認知負荷理論、認知バイアス、読者の予想)を使うことで、論文の明確さはかなり改善されるでしょう。あなたの考えが読者に明確に届けば、あなたの考えはより大きな影響力を持ち、インパクトを高めることでしょう。
ジェフリー・ローベンズ(Jeffrey Robens)
ネイチャー・リサーチにて編集開発マネージャーを務める。ペンシルべニア大学でPhD取得後、シンガポールおよび日本の研究所や大学に勤務。自然科学分野で多数の論文発表と受賞の経験を持つ研究者でもある。学術界での20年にわたる経験を生かし、研究者を対象に論文の質の向上や、研究のインパクトを最大にするノウハウを提供することを目的とした「Nature Masterclasses」ワークショップを世界各国で開催している。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180917
参考文献
- Sweller, J. J. Cognitive Science 12, 257–285 (1988).
- Gopen, G. & Swan, J. American Scientist 78, 550–558 (1990).