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「宇宙のクモの巣」で見つかった行方不明の物質

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180936

原文:Nature (2018-06-20) | doi: 10.1038/d41586-018-05432-2 | Missing matter found in the cosmic web

Taotao Fang

宇宙にあるはずの通常の物質の半分近くが、実はどこにあるか分かっていない。今回、行方不明の通常の物質は、「宇宙のクモの巣」と呼ばれる大規模構造の、フィラメント状構造の中に隠れていることをX線観測結果が示唆した。

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Credit: Illustrations and composition: ESA / ATG medialab; data: ESA / XMM-Newton / F. Nicastro et al. 2018; cosmological simulation: R. Cen

私たちはダークな宇宙に住んでいる。原子などを作っている通常の物質は宇宙の質量・エネルギーのわずか5%にすぎず、残りは、今のところ直接検出できない暗黒物質(ダークマター)と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)だ1。しかし、(暗黒物質ではない)通常の物質(天文学ではバリオンと呼ぶことが多い)も、宇宙マイクロ波背景放射の観測などから推定される宇宙のバリオン量(バリオン密度)のうち、最大40%がどこにあるか分からないことが、地球近傍宇宙の観測で判明している2-5。バリオンは、宇宙に「クモの巣」のように分布していると考えられていて、まだ見つかっていないバリオンはこのクモの巣をつなぐフィラメント状構造の中や銀河間空間に存在していると予測されている4。今回、国立宇宙物理学研究所(INAF;イタリア・ローマ)のFabrizio Nicastroらは、明るい背景天体のスペクトルからバリオンによるX線吸収サインを検出したことをNature 2018年6月21日号406ページで報告した6。この発見は、バリオンの主要な在りかをついに明らかにするかもしれない。

行方不明のバリオンの検出は、どうしてそれほど難しいのだろうか。その理由の1つは、フィラメントの中のバリオンの密度が極端に低いことだ。もう1つの理由は、フィラメントは高温で、最も豊富な元素(水素)はほぼ完全に電離していることだ。つまり、水素が電子を持っていれば、スペクトルに特徴を作るので水素を検出できるが、その電子を持っていない。しかし、酸素などのより重い元素は微量にあるかもしれず、そうした元素には少数の電子が束縛されている。これらのイオンは、電磁スペクトルのX線と紫外領域の両方あるいはその一方で、検出可能な(しかし、極端に弱い)特徴を作ることができる。

Nicastroらは、「とかげ座BL型天体」と呼ばれる特殊な天体が放出するX線を観測した。とかげ座BL型天体が出すX線は、一般に極端に明るく、スペクトルに固有の特徴がない(あるいはほとんどない)。このため、宇宙のクモの巣のフィラメントなど、とかげ座BL型天体と地球との間にある他の天体による吸収の検出が容易になる。

Nicastroらが調べたとかげ座BL型天体は1ES 1553+ 113と呼ばれ、地球から22億パーセク以上離れている。Nicastroらは、欧州宇宙機関(ESA)のX線宇宙望遠鏡「XMM-Newton」を使い、この天体を数回、合計175万秒(約20日)にわたって観測した。この結果、彼らはスペクトルを極端に高い信号対雑音比で観測し、非常に弱いスペクトル特徴の高分解能分光を行うことができた(図1)。

図1 バリオンの探索
Nicastroらは、X線宇宙望遠鏡「XMM-Newton」を使って、1ES 1553+113と呼ばれる明るい天体の放出スペクトルを調べ6、スペクトルに吸収線を見いだした。この吸収線は、望遠鏡とX線放出天体との間に位置する、宇宙のクモの巣の2つのフィラメントの中のヘリウム様酸素(2個の束縛電子を持つ酸素イオン。図には示されていない)によるX線吸収が原因と彼らは結論した。宇宙のクモの巣は、あらゆる原子などを構成する通常の物質(バリオン)が作っている巨大な構造だ。Nicastroらの結論が正しければ、今回の発見でバリオンの主たる在りかが明らかになった。天体の距離と大きさは、正しい比で描かれてはいない。 | 拡大する

Nicastroらは、赤方偏移0.43と0.36に、ヘリウム様酸素(2個の束縛電子を持つ酸素イオン)によって作られた、統計的有意性の高い、2つの吸収線の系を発見した。赤方偏移は、光が天文学的距離を進むときに起こる波長の変化であり、地球から光を放つ天体までの距離に近似的に比例する。この研究者たちは、1ES 1553+113への視線に沿って銀河の光学サーベイも行い、吸収シグナルが観測された2つの赤方偏移で銀河の密度が高いことを観測した。銀河の密度が高いことは、宇宙のクモの巣のフィラメント状構造の特徴だ。Nicastroらは、X線データと1ES 1553+113からの紫外放出の測定を組み合わせることにより、X線吸収特徴に伴うバリオンの密度を見積もり、こうしたバリオンは宇宙のバリオン密度の9~40%を説明することを見いだした。この結果は、これらの特徴が行方不明のバリオンのかなりの量の在りかを示していることを示唆した。

バリオンが作る弱いX線吸収線の観測は、これまでにも数回、報告されてきた7–8。しかし、観測結果の多くは不十分でいくつかの事例は疑わしかった。今回の研究で注目すべきことは、ヘリウム様酸素について予想された吸収線の両方が一緒に検出されたのは今回が初めてということだ(赤方偏移0.43での吸収系において。ただし、吸収線の1つの統計的有意性は不十分ではある)。同じイオン種の2つの吸収線が観測されれば、標的イオン種が検出された良い証拠になる。

1つの懸念は、観測されたX線吸収系が本当に地球と1ES 1553+113の間に位置しているかということだ。1ES 1553+113の正確な赤方偏移は分かっていない。得られる中で最も信頼できる見積もりは、その赤方偏移を少なくとも0.41としている6。この値は、今回観測されたX線吸収体の1つの赤方偏移よりも小さく、この吸収体が1ES 1553+113の一部であるか、他の何かの誤認であるかのいずれかであることを意味している。Nicastroらは、いずれのシナリオもありそうにないと主張するが、この問題の解決には1ES 1553+113の赤方偏移の正確な測定が必要だ。

X線吸収系は、宇宙のクモの巣のフィラメント構造の中にではなく、銀河の中にある可能性もある。同様の吸収系が以前に銀河系(天の川銀河)で検出されている4。しかし、Nicastroらは、この説明もあり得ないと主張する。その理由の1つは、吸収系のある赤方偏移で銀河系に似た大きな銀河が見つからなかったことだ。また、銀河円盤で見つかることが多い、低温のイオンによる別の吸収線が検出されなかったためでもある。こうした主張は合理的だが、銀河の中にないことを示すには、さらに精密な観測が必要だ。

この種の観測は、100万秒を超える露光時間を必要とし、現在利用可能な装置の限界に挑戦するものだ。清華大学(中国・北京)などが進めている「ホット・ユニバース・バリオン・サーベイヤー」(go.nature.com/2luj4fa)や、欧州宇宙機関が進めている「高エネルギー天体物理学先進望遠鏡」(ATHENA;sci.esa.int/athena)などの宇宙望遠鏡計画は、はるかに高感度のX線分光計を備え、宇宙のクモの巣の中の行方不明のバリオンの完全な分布図を描き出してくれるかもしれない。

行方不明のバリオンを検出するもう1つの方法は、スニヤエフ・ゼルドビッチ効果と呼ばれる現象を使うことだ。この現象では、高エネルギーの電子が、宇宙マイクロ波背景放射(ビッグバンの残光である電磁放射)の光子を散乱し、宇宙マイクロ波背景放射のスペクトルをわずかにゆがめる。銀河の外、そしておそらく、宇宙のクモの巣のフィラメントにある高エネルギーの電子もそうしたゆがみを作り9、バリオンの存在を示すシグナルを作るかもしれない。ともあれ、Nicastroらの今回の発見は、行方不明のバリオンがどこに隠れているかについて気になる手掛かりをもたらしてくれた。

(翻訳:新庄直樹)

Taotao Fangは、厦門大学(中国福建省厦門市)に所属。

参考文献

  1. Planck Collaboration. Astron. Astrophys. 594, 13 (2016).
  2. Fukugita, M., Hogan, C. J. & Peebles, P. J. E. Astrophys. J. 503, 518 (1998).
  3. Cen, R. & Ostriker, J. P. Astrophys. J. 514, 1 (1999).
  4. Bregman, J. N. Annu. Rev. Astron. Astrophys. 45, 221–259 (2007).
  5. Shull, J. M., Smith, B. D. & Danforth, C. W. Astrophys. J. 759, 23 (2012).
  6. Nicastro, F. et al. Nature 558, 406–409 (2018).
  7. Fang, T., Marshall, H. L., Lee, J. C., Davis, D. S. & Canizares, C. R. Astrophys. J. 572, L127 (2002).
  8. Nicastro, F. et al. Nature 433, 495–498 (2005).
  9. Hernández-Monteagudo, C. et al. Phys. Rev. Lett. 115, 191301 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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