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CRISPRで細胞内事象をDNAに記録

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180513

原文:Nature (2018-02-22) | doi: 10.1038/d41586-018-02068-0 | CRISPR hack transforms cells into data recorders

Heidi Ledford

遺伝子編集技術CRISPR–Cas9系を利用して、細胞内で起こるさまざまな出来事をその細胞内に記録できることが報告された。

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DR GOPAL MURTI/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

すっかりおなじみとなった遺伝子編集技術CRISPR–Cas9を利用して、細胞内のDNAを高感度な記録装置として利用できることが実証された。このレコーダーは、細胞内事象の持続時間や順序を記録できるだけでなく、DNA中に記録した情報を消してから再記録を始めることもできる。この研究成果は、2018年2月15日にScienceオンライン版に掲載された1

CRISPRを利用した細胞内レコーダーは、過去数年間で複数の研究室から発表されており、今回の研究成果もそれに加わるものだ。このようなレコーダーを使って、遺伝子発現の変化を時系列で記録したり、細胞1つ1つの系譜を追跡したり、環境条件の変化を監視したりできるようになると期待される。

マックス・デルブリュック分子医学センター(ドイツ・ベルリン)のシステム生物学者Jan Philipp Junkerは、「当然のことながら、ゲノムには膨大な記録容量があります。CRISPRを使えば、その膨大な記憶容量を活用するためのツールがついに手に入るのです」と語る。彼は今回の研究には参加していない。

CRISPR–Cas9の装置に手を加えて新種の分子ツールを作り出そうとする研究はいろいろ行われている。今回の研究もそのうちの1つだが、同日にScienceにオンライン掲載された別の2編の論文では、CRISPRを用いて病原性ウイルスを検出できることが示されている2,3

今回の論文の責任著者であるブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の化学生物学者David Liuによれば、細胞レコーダーは、多くの航空機に搭載されているフライトデータレコーダーに着想を得たものだという。「この細胞内データレコーダーを使えば、まさに飛行機に起こった出来事を記録する装置のように、細胞が受けた刺激や細胞のシグナル伝達の変化を監視できるのです」とLiu。

CRISPR–Cas9は、DNA塩基配列を変化させるために使われることが多い。その際には、DNA切断酵素であるCas9が、ガイドRNAと呼ばれる短いRNA断片の配列が指定するDNA部位を切断する。こうして切断されたDNAは、多くの生物では細胞によって修復されるが、その修復の際に元のDNA塩基配列が変化することがある。

切断を利用した記録装置

Liuは、自身の研究室に所属する化学者Weixin Tangと共に、Cas9のDNA切断能を利用して、プラスミドを使った細胞レコーダーを作製した。プラスミドは細菌細胞内で複製される環状DNA分子で、1つの細胞内に何百個ものコピーが作られることもある。

LiuとTangは、DNA 3塩基を改変したプラスミドと、改変していないプラスミドを用意した。またガイドRNAは、未改変プラスミドのみを標的とするように設計した。さらに、特定の抗生物質が存在するときにだけCas9とガイドRNAが発現するように細菌を遺伝子操作し、その系全体をCAMERA 1と命名した。

Cas9は、DNA塩基配列に二本鎖切断を生じさせる。哺乳類細胞ではDNA修復機構によって切断部位が修復されるが、細菌はこうした修復機構を持っていないため、Cas9に攻撃されたプラスミドは分解される。すると、攻撃を受けなかったプラスミドが複製されて、分解された分の穴を埋める。

LiuとTangはこの系が実際に機能するかを調べるため、改変プラスミドと未改変プラスミドの両方を細胞に導入して両者の相対比率を測定することにした。抗生物質を添加すると、未改変プラスミド比率が低下したため、未改変プラスミドは分解され始めていると分かった。

情報を読み出すにはわずか10個の細菌細胞で十分であった。しかも、相対比率の変化の度合いは、抗生物質の存在量や曝露時間を反映していた。極めて高感度なレコーダーとして機能することが実証されたのだ。LiuとTangはさらに、改変プラスミドと未改変プラスミドとの比率をリセットする方法も開発した。これにより細胞は、最初の記録を消去した後、同じプラスミドのセットを利用して、次の出来事を記録する準備が整う。

さらに2人は、別のレコーダーの作製にも着手した。彼らがCAMERA 2と名付けたレコーダーは、塩基エディターと呼ばれる改変CRISPR系に依拠している。これは2016年にLiuらが開発したもので4、ゲノム中のDNA 1塩基を、細胞のDNA修復機構に依存することなく書き換えることができる(Nature ダイジェスト 2018年1月号「4種の塩基置換に対応した『一塩基エディター』」参照)。LiuとTangは、細菌細胞内に導入したCAMERA 2を使って、光やウイルスへの曝露など最大4種類の刺激と、その刺激が与えられた順序を記録できることを示した。

また、Tangらは、CAMERA 2を哺乳類細胞内で機能するよう改変し、これによってさまざまな変化を、プラスミドではなくゲノムに直接記録できるようになった。Tangらはこの系を使って、細胞が特定の種類の細胞にどのように分化していくかを明らかにしたいと考えている。

こうした細胞レコーダーは、他にもさまざまなものが現在開発されている。コロンビア大学医療センター(米国ニューヨーク)の合成生物学者Harris Wangは、腸内微生物の研究での使用を目的としたこの種のシステムを開発してきた5

Junkerの研究室は、ゼブラフィッシュの個々の細胞の発生経路を追跡するレコーダーの開発に取り組んでいる。Junkerは、その取り組みを思いついたのは2年以上前のことだったと話す。「それは私だけの斬新なアイデアだと思っていました。すると、にわかに誰もが研究するようになっていたのです」。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Tang, W. & Liu, D. R. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.aap8992 (2018).
  2. Chen, J. S. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.aar6245 (2018).
  3. Gootenberg, J. S. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.aaq0179 (2018).
  4. Komor, A. C. et al. Nature 533, 420-424 (2016).
  5. Sheth, R. U., Yim, S. S., Wu, F. L. & Wang, H. H. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.aao0958 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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