がん研究の再現性検証プロジェクトから最初の報告
サンフォード・バーナム・プレビス医学研究所(SBP;米国カリフォルニア州ラホヤ)のがん生物学者Erkki Ruoslahtiは、ある薬剤の臨床試験を、がん患者を対象にして年内にも始めようと考えていた。しかし、この計画の実現は危うくなりそうな気配だ。がん生物学の分野で影響力のある数十報の論文について知見の再現性を評価する「再現性検証プロジェクト:がん生物学」(Reproducibility Project: Cancer Biology)が、その成果の第一弾を2017年1月19日に発表した。そこで検証された5報の論文のうち1報がRuoslahtiのもので、彼の論文を追試した研究者らは「問題の薬剤を目的どおりに機能させることはできない」と述べたのだ。他の4報の追試結果は、Ruoslahtiのものほど明確ではない。
Ruoslahtiは、彼の研究に対する検証プロジェクトの評価に異議を唱えている。彼が最初にその薬剤の有用性を報告した2010年の論文1の妥当性は、米国や欧州、中国、韓国、日本の10以上の研究機関がすでに確認している。この薬剤は、腫瘍に浸透して他の化学療法薬のがん殺傷力を高めるよう設計されたペプチドだ。「私の研究室のポスドクたちが3代にわたって思い違いをし、確認してくれた他の研究機関の人々も皆同様だったというのでしょうか。どうにも信じられませんね」と彼は言う。
結果の再現に一度失敗したからといって、元の知見が誤りだったことにはならないし、個々の論文の評判に傷がつくわけでもないと、この再現性検証プロジェクトのマネージャーで、非営利団体のオープンサイエンス・センター(COS;米国バージニア州シャーロッツビル)に所属するTim Erringtonは話す。研究者は検証の結果を、非難ではなく情報として受け入れるべきだと彼は言う。「誰かが発表した証拠が、元の研究を行った人間には受け入れられないものだったときに、もし我々がその状況を単に見ているだけなら、我々の文化はどこか間違っていますよ」。
一方でRuoslahtiは、自分の研究結果が再現されなかったことで、治療法開発のためにラホヤに自ら設立したDrugCendR社の資金集めに支障が出るのではないかと懸念している。「きっとそうなるでしょう。支障の程度は全く分かりません」と彼は話す。
再三の試み
この再現性検証プロジェクトは、NatureやScience、Cellなど影響力の大きい学術論文誌で発表された50報のがん研究論文の重要な知見を細かく検証しようという意欲的な取り組みとして、2013年に発足した。その目的は、がん生物学の影響力のある研究論文のうち内容が妥当なものの割合がどれくらいかを判定することだ。これは、がん生物学において差し迫った問題の1つである。2012年、大手バイオテク企業のアムジェン社(米国カリフォルニア州サウザンドオークス)の研究者らが、53報の重要ながん研究論文のうち47報が再現できなかったことを発表した2(Natureダイジェスト 2013年11月号「医学生物学論文の70%以上が、再現できない!」参照)。この話題は広く報道されたが、アムジェン社は再現できなかった研究論文を明らかにしていない。
それとは対照的に、今回の再現性検証プロジェクトでは知見を全て公開している。Ruoslahtiが困惑したのもそのためだ。この検証プロジェクトでは当初50報を検証する予定でいたが、2年の準備期間のうちに、特に予算上の制限のため、29報になった。資金については、ローラ・アンド・ジョン・アーノルド財団(米国テキサス州ヒューストン)が200万ドル(約2億2000万円)近く提供することを確約済みだ。検証結果の全容は2017年の末までに公表されるだろう。すでに7報の検証は完了しており、eLifeは1月19日に完全に解析した5報の検証結果を公表した。
この5報には、再現に成功したものと失敗したものが入り交じっている。Ruoslahtiの成果を再現する試みは失敗に終わった3が、他の4報のうち2つ4,5は、知見を「かなり再現」できた。ただし、全ての実験結果が必ずしも統計的有意性の閾値を越えたわけではないと、eLifeの編集主任Sean Morrisonは話す。残りの2報6,7は“解釈不可能な結果”になったと彼は言う。追試に伴う種々の問題のせいで、元の研究との明確な比較ができないためだ。
「あえて分かりやすく言えば、再現されたと思えるのは目下のところ3報につき2報といったところでしょう」。テキサス大学サウスウエスタン医療センター(米国ダラス)でがんと幹細胞について研究しているMorrisonは、そう話す。
Natureは、検証対象となった全ての論文の代表著者に問い合わせた。中には今回の再現性検証プロジェクトを称賛する著者もいたが、このプロジェクトは自分たちの研究を不当に貶めているのではないかと懸念する著者もいた。「この情報が間違った方向に広がれば、キャリアが危うくなります」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の計算生物学者Atul Butteは話す。彼の論文は、検証チームによって妥当性がほぼ実証された。
2報が「解釈不可能」な結果となった理由は、Morrisonによれば、再現を試みる中で腫瘍の増殖を評価する試験に不具合があったのだという。これが起こったとき、再現性検証の研究者ら(委託契約を結んだ研究機関または学術機関のコア施設の研究者)は、実験開始時に(元の論文の著者らと相談の上で)同意したピアレビュー済みのプロトコルから逸脱することを許されていなかった。そのため彼らは、単にこの問題を報告しただけなのだ。実験条件を変えたり研究を再スタートさせるなど、プロトコルにないことをすればバイアスがかかってしまうだろうとErringtonは言う。
こうした意見の衝突が生じるのは、今回の再現性検証の取り組みがさほど有益でないことを意味していると、ダナ・ファーバーがん研究所(米国マサチューセッツ州ボストン)のがん生物学者Levi Garrawayは話す。「ある些細な出来事が、重大な結果をもたらすものかそうでないかを見分けることはできません」と彼は言う。彼の研究では、がん形成を加速させる複数の変異を特定したが、再現性検証の際には、それらの変異を持たない細胞の方がはるかに速く増殖した7。これはおそらく、細胞培養で生じた変化のためだろう。つまり、この再現実験は元の実験と比較できないということだ。
悪魔は細部に宿る
「この再現性検証プロジェクトで最もよく分かったことはおそらく、多くの論文では手法に関する詳細な情報があまりに少なすぎるということです」とErringtonは話す。再現性検証チームは、プロトコルや試薬を追いかけるため、元の論文の著者らと共に多くの時間を費やした。多くの場合、そうしたプロトコルや試薬は、すでにその研究室を去った学生やポスドクが開発したものであったからだ。それでも最終報告書には、再現性の検証が最終的に異なる結果になった理由が、研究室の室温から薬剤投与法のちょっとした違いまで一覧として含まれている。このプロジェクトが、再現実験に混乱を招き得るそうした細かい事柄を表面化させる手助けになれば、大きな役目を果たしたことになるだろうとErringtonは話す。
このプロジェクトの主要な意義は、懐疑的な姿勢を後押しすることだと考える人々もいる。「一般に研究者は、発表された研究結果を額面どおりに受け取り、重要な実験を自身で再現することなく先に進んでしまいます」と、2012年のアムジェン社の報告書の共著者であるGlenn Begleyは話す。
一方、フランクフルト大学病院(ドイツ)の肝臓がん研究者Albrecht Piiperは上記の例に当てはまらない。彼は、Ruoslahtiの研究を自身の研究室ですでに再現済みなのだ8。検証プロジェクトによる最新結果は出たものの、Ruoslahtiの論文の妥当性については「一片の疑いも抱いていない」とPiiperは話す。
翻訳:船田晶子
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170411
原文
Cancer reproducibility project releases first results- Nature (2017-01-19) | DOI: 10.1038/541269a
- Monya Baker & Elie Dolgin
参考文献
- Sugahara, K. N. et al. Science 328, 1031–1035 (2010).
- Begley, C. G. & Ellis, L. M. Nature 483, 531–533 (2012).
- Mantis, C. et al. eLife 6, e17584 (2017).
- Aird, F. et al. eLife 6, e21253 (2017).
- Kandela, I. et al. eLife 6, e17044 (2017).
- Horrigan, S. K. et al. eLife 6, e18173 (2017).
- Horrigan, S. K. et al. eLife 6, e21634 (2017).
- Schmithals, C. et al. Cancer Res. 75, 3147–3154 (2015).