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マンモスのゲノムは、「北極ゾウ」のレシピとなるか?

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150811

原文:Nature (2015-05-07) | doi: 10.1038/nature.2015.17462 | Mammoth genomes hold recipe for Arctic elephants

Ewen Callaway

極寒の地に暮らしたケナガマンモスとアジアゾウのゲノムが詳細に比較され、遺伝子の差異がカタログ化された。氷河期に北極圏で生息していた巨大な動物が、環境にどのように適応したかが明らかになりつつある。

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ケナガマンモスは、熱帯や亜熱帯に生息する他のゾウの仲間とは異なり、冬季の平均気温が−30~−50℃という極寒の地域に生息していたため、長く密生した被毛と厚い脂肪層、熱の損失を最小限に抑える小さな耳や尾を有していた。今回、そうした違いを生んだ数百点の遺伝的差異が初めて網羅的にカタログ化され、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)がアジアゾウ(Elephas maximus)との共通祖先からどのように進化したのか明らかになった(「マンモスの分岐」参照)。

このカタログを利用すれば、シベリアで生きられるゾウを作製できるかもしれない。カリフォルニア大学サンタクルーズ校(米国)の進化遺伝学者Beth Shapiroは、「カタログ化されたのは、ゾウゲノムをもとに『ゾウそっくりでも寒冷地で生存可能な動物』を作製する際に改変が必要な遺伝子の差異なのです」と説明する(Shapiroは今回の研究には加わっていない)。奇抜なことのようだが、こうした研究は、ごく初期の段階ながら米国マサチューセッツ州ボストンの研究室ですでに開始されている。

最初にケナガマンモスゲノムの塩基配列1が発表されたのは2008年のことだが、データの誤りがあまりに多く、ゾウゲノムとの違いを確実に示すには至らなかった。しかし、2006年と2010年に行われた他の研究で、明るい色の被毛2や寒冷地でも酸素運搬が可能なヘモグロビンタンパク質3をケナガマンモスにもたらしたと考えられる遺伝的差異が特定された。

今回の研究では、シカゴ大学(米国イリノイ州)の進化遺伝学者Vincent Lynchを中心とする研究チームが、アジアゾウ3頭とケナガマンモス2頭(それぞれ2万年前、6万年前に生きていた個体)のゲノム塩基配列を解読したと発表した。この研究で、ケナガマンモスとゾウのDNAは約140万塩基分異なっており、タンパク質をコードする遺伝子の1600個以上で配列に違いが見られることが明らかにされた。研究の成果4は、2015年4月23日に生物学プレプリントサーバーで公開された。

違いが見られたタンパク質の機能を、他の生物で調べたところ、北極圏での生活に関係すると考えられる遺伝子が複数浮かび上がってきた。そのうちのいくつかは概日時計の設定に関与するものであり、暗い冬と24時間日の沈まない夏のある環境に潜在的に向いていたのだ。また、ケナガマンモスのゲノムには脂肪細胞の形成を制御する遺伝子がゾウより数コピー多く含まれていた上、差異が見られた遺伝子の中には、熱の感知やその情報の脳への伝達に関与するものもあった。

熱の感知に関わる遺伝子、中でも、表皮細胞で発現し、毛の伸長の制御も行っている温度感受性のタンパク質、TRPV3をコードする遺伝子に関しては、マンモス版のTRPV3が実験室内でヒト細胞を使って「復元」された。マンモスとゾウのTRPV3の温度感受性を比較するため、それぞれの遺伝子の配列をヒト細胞に挿入して発現させたのだ。それぞれのTRPV3をさまざまな温度に暴露すると、ケナガマンモスのTRPV3はゾウのものに比べて熱に対する応答性が低いことが分かった。Lynchによれば、次のステップとして、胚細胞のようにさまざまな種類の細胞に分化可能なゾウ細胞に、この遺伝子を挿入したいという。この方法を用いれば、さまざまな組織におけるケナガマンモス版TRPV3の働きを調べることができるかもしれない。Lynchらは、ケナガマンモスの他のタンパク質の作用も同じ手法で解析する予定だという。

壮大な仕事

一方、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の遺伝学者George Churchの研究室では、同様の研究がすでに進められている。遺伝子を編集することができるCRISPR/Cas9という技術を利用して、耐寒性への関与が考えられるケナガマンモス版遺伝子を14個含むゾウ細胞を作製したと、Churchらは主張している。

Churchによれば、研究はゾウゲノムにケナガマンモスゲノムに見られる遺伝的変動の全てを組み込むための序章にすぎず、ことによると、いずれはマンモスが復活するか、少なくともアジアゾウに北極圏での生存に十分なマンモス遺伝子を組み込むことが可能になるという。「更新世公園」というシベリア北部の保護区が、遺伝子操作で生み出された耐寒性ゾウの生息地として提案されてさえいる。

しかし、そもそも「耐寒ゾウ」作製の実現可能性は定かではない。この計画によって、アジアゾウが絶滅の危機を脱し、さらには繁栄できる可能性もあるが、遺伝子組換え「ケナガゾウ」の作製には無数の障害が立ちはだかる。Shapiroは、著書『How to Clone a Mammoth』(マンモスのクローンを作る方法;Princeton University Press, 2015)でその概略を示し、絶滅危惧種に対する生殖技術利用の倫理性や、ゾウの生殖生物学の分野が今なお成熟していないという事実について述べている(Nature 2015年5月7日号30ページ参照)。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Miller, W. et al. Nature 456, 387–390 (2008).
  2. Römpler, H. et al. Science 313, 62 (2006).
  3. Campbell, K. L. et al. Nature Genet. 42, 536–540 (2010).
  4. Lynch, V. et al. Preprint at bioRxiv http://dx.doi. org/10.1101/018366 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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