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腫瘍で見つかる変異の30%以上は正常細胞にも見つかる

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150705

原文:Nature (2015-04-15) | doi: 10.1038/nature.2015.17329 | Cancer mutations often misidentified in the clinic

Heidi Ledford

効果的ながん治療を選択するためには、腫瘍組織と正常組織をセットで検査し、変異の重要性を見極めることが必要だと示唆する研究結果が報告された。

がん患者が病院で治療を受ける際、最も効果的な治療を決める目的で腫瘍のDNA分析が行われることが多いが、得られた結果の多くが正確とはいえない可能性があることが明らかになった。

2015年4月15日にScience Translational Medicineに報告されたこの研究結果1は、製薬会社が、がんを誘導する特定の遺伝子変異を標的に次々と薬を生み出すことに精力を傾けている現状に、一石を投じるものだ。現在臨床では、患者のがんに見られる変異を調べ、変異の特定の組み合わせに対して最も適した治療法を見つける試みがなされるようになった。それにつれて、がんのゲノム塩基配列解読の需要が急激に高まっている。

しかし多くの病院では、解読対象は腫瘍組織のDNA塩基配列のみで、同じ患者の正常組織から取られたDNA塩基配列と比較されることはない。「ある特定のがんを治療する際、重要な変異がどれかを判断する必要がありますが、重要な対照が省かれているために満足できる精度になっていないのです」とジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)のがん生物学者で今回の論文の責任著者であるVictor Velculescuは述べている。

この現状は、臨床試験結果について、遺伝子プロファイルと治療に対する反応とを正確にマッチさせることができない現状をも生み出し得る。

「臨床では、がんのゲノム解読を患者の治療に適用しようという動きが盛んになっていますが、最良の対照が何であるかについて考えが及んでいません。その結果、患者に不適切な治療を施してしまう可能性もあり得るのです」とVelculescuは言う。

米国オバマ大統領が発表した、2億1500万ドル(約240億円)の資金を投入するプレシジョン・メディシン・イニシアティブ(精密医療実現のためのデータベース構築;http://nature.asia/nd1507n4a参照)のような計画について米国議会で討議される際には、こうした考慮が特に重要だと、Velculescuは言う。この計画では、ゲノム解析データと健康状態に関するデータがセットになった情報を少なくとも100万人分集めることを目指している(http://nature.asia/nd1507n4b参照)。

「プレシジョン・メディシンは、精密なゲノミクスなしに成り立ちません。腫瘍を正確に解析できなければ、患者に正しい治療を行うことは無理でしょう。うまくいくわけがないのです」とVelculescu。

対照の欠如

Velculescuらは今回、米国の病院で治療を受けている進行がん患者815例の腫瘍組織DNAと正常組織DNAについて、腫瘍DNA研究では一般的な2つの手法でプロファイリングを行った。1試料中のタンパク質をコードしている遺伝子全て(全エキソーム)の塩基配列を解読する方法と、がんと関連があると考えられている111個の遺伝子の塩基配列を解読する(全エキソームより小さなセットで済む)方法だ。

すでにいくつかの施設では、がん患者の正常組織と腫瘍組織の両方のDNA塩基配列解読を始めている。 | 拡大する

kasto80/istock/thinkstock

全エキソーム塩基配列解読を行った試料では、見つかった変異の約3分の2は偽陽性であった。つまり、これらの変異は正常な細胞にも見られ、従って、有用な治療標的になる可能性は低いと考えられる。一方の111個の遺伝子セットを標的にした場合でも、見つかった変異の約3分の1は偽陽性だった。

一部の施設ではすでに、がん患者の正常組織と腫瘍組織の両方の塩基配列解読が行われ始めている。スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク州)のがん研究者Michael Bergerは、「我々の施設のプログラムでは、これまで4000人以上の患者から腫瘍組織と正常組織を採取し、400個の遺伝子セットに焦点を絞ってDNAを分析しています」と述べる。

しかしBergerは、腫瘍組織に加えて正常組織の塩基配列解読を実施することは、患者にとっても施設にとっても大きな負担になると付け加える。この手順によって診断のコストが高くなる上に、より慎重な患者教育が必要になるからだ。正常組織で見つかった変異は、生殖細胞にも見つかる可能性があり、そうした変異は子どもに遺伝する場合がある。つまり患者は、自分の家族にとって正常組織の検査がどういう意味を持つのかよく考えなければならず、治療同意書に加えて別の同意書にも署名しなくてはならない。

腫瘍組織と正常組織両方のDNA塩基配列解読はこれまで、データの質を高め、量を充実させるために行うものだと考えられてきた、とBergerは言う。そのため彼は、他の研究施設、特にがんのDNA塩基配列解読にまだ慣れていない施設の中には、こうした追加的負担を受け入れる準備ができていないところもあるだろうと理解を示す。「正常組織とマッチさせていない腫瘍組織の塩基配列解読も、全く解読を行わないことに比べれば有益です」。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Jones, S. et al. Sci. Trans. Med. 7, 283ra53 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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