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天文光学で生体イメージング

天文学の補償光学技術をヒントに、不透明な物質を透視する手法が最近開発された。非侵襲的でより高分解能な生体イメージングを実現しようと、研究が熱を帯びている。

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ILLUSTRATION: VIKTOR KOEN

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150520

原文:Nature (2015-02-12) | doi: 10.1038/518158a | Super Vision

Zeeya Merali

トゥエンテ大学(オランダ・エンスヘーデ)の物理学者Allard Moskは、「うまくいき過ぎて、自分の目が信じられませんでした」と回想する。それは2007年のことだった。彼はそのとき、研究チームのIvo Vellekoopという学生と一緒に、表面を白く塗ったガラススライドに可視光線を照射し、普通なら白い表面に散乱されてほとんど通り抜けられない光を通り抜けさせ、スライドの向こう側で収束させる実験を行っていた。特段の応用を考えての実験ではなかった。「それまで誰もやったことがなかった実験を、自分でやってみたかっただけだったのです」とMoskは言う。「正直なところ、ぼんやりした光のしみ以上のものが得られるとは期待していませんでした」。

ところが最初の実験1で、2人の予想よりも100倍も明るい、針で刺したようにシャープな光の点が得られた。「実験の初日に、そんな結果が出るはずがありません。自分たちのやり方がまずくて、スライドに光を通す孔が開いていたのだろうと思いました!」。

けれども、そこに孔はなかった。それどころか、彼らが論文1を発表した直後に、別の研究チームも同様の技術に関する研究を独立に進めていたことが分かった2。こうして、「不透明な障壁を透かして見る」技術の研究が始まった。現時点では、この技術はまだ実験的なものにとどまっているが、進歩は早い。研究者たちはすでにマウスの耳などの薄い組織を透かして質の良い画像を得ることに成功しており3、もっと深い組織を探れるようにしようとしのぎを削っている。動いている組織や伸びる組織を扱うことは難しいが、それが可能になれば、潜在的な応用はいくつも考えられる。例えば、体内深部の可視光画像が得られるようになれば、侵襲的な生検は必要なくなるかもしれない。脳内の動脈瘤にレーザーの焦点を結ばせて治療を行ったり、手術ができない部位の腫瘍を標的にしたりすることも可能になるかもしれない。

「ほんの10年前には、可視光線を使って体内の深さ1cmの所の高分解能画像を得ることさえ想像できませんでしたが、今では実現しているのです」と話すのは、ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)の生物医学工学者Lihong Wangだ。「突拍子もないことを言っていると思われるでしょうが、私は、将来的には可視光で全身を見られるようになると信じているのです」と彼は語る。

貴重な情報源

X線や超音波を使って体内の様子をのぞき見ることは、すでに可能になっている。けれども、そうした方法で得られる画像は粗く、可視光を使えばもっと鮮明な画像が得られるはずだと期待されている。理由の1つは、可視光画像は分解能が高い上、可視光は有機分子との相互作用が強いからだ、とWangは説明する。つまり、生体組織に反射した光に、生化学的変化、細胞の異常、血糖値、血液中の酸素濃度などに関する情報を載せることができる。

けれども、こうした相互作用によって、可視光は散乱されたり吸収されたりする。吸収の場合は、どのような画像化の試みも絶望的だ。光子が物質に吸収される際に、持っていた情報も失われてしまうからだ。これに対して、散乱には希望がある。皮膚や白い塗料や霧などの「不透明」な物質の多くは、その中を通り抜ける光子が物質の粒子にぶつかってあちこち跳ね返されるうちにすっかり撹乱されてしまうため、不透明に見えているにすぎない。つまり、光子は失われていないため、原理的には、時間を巻き戻して撹乱される前の状態に光を復元させれば画像を得られる。

天文学の分野でも、恒星や惑星や銀河からの光が地球の大気に散乱されることで生じる星像の歪みが問題になっていたが、補償光学(Adaptive Optics;AO)という技術によって解消された(Nature 2015年1月22日号430ページ参照)。その原理は次のとおりだ。まずは、基準となる明るい星を観測し、専用のアルゴリズムを使って、もともと点状であった星像が大気によってどのようにぼやけたかを計算する。続いて、このアルゴリズムを用いて、反射面を細かく変形できる「可変形鏡」を制御すると大気による星像の歪みが素早く打ち消され、ガイド星の星像が点状になる。この方法で、他の遠方の天体の像も鮮明に見えるようになる。

残念ながら、この技術を体内で使用するのは困難だ。星は光を発するが、生体組織の深部にある標的は光を発しないので、外側から照らす必要がある。また、生体組織中の散乱体の密度は、大気中に比べてはるかに高い。ランジュバン研究所(フランス・パリ)の光物理学者Ori Katzは、「卵の殻が引き起こす散乱を補償するためには、数十億個の可動部分からなる可変形鏡に相当するものが必要です」と説明する。MoskとVellekoopが当初、この研究がうまくいくことをあまり期待していなかったのもそのせいだった。それでも実験に踏み切ったのは、これまでの技術の進歩に勇気づけられたからだ。「ほんの少し前まで、100万ピクセルを制御することなど不可能だと思われていましたが、2007年には、ごく普通のスマートフォンでそれができるようになっていました」とMoskは言う。

MoskとVellekoopは、「空間光変調器」というスマートフォンの液晶ディスプレイに似た装置を利用した。この装置は、1本のレーザー光線をいくつもの部分に分割し、部分ごとに相対的な遅れを与えることにより、各光線の透過率を制御することができる。彼らは、変調器を通したレーザーを色を塗ったガラススライドに照射し、スライドの反対側に設置した検出器がどれだけの光を捉えられるか、コンピューターを使ってモニターした。そして、変調器のピクセル1つ1つの遅れを足したり引いたりして試行錯誤を重ね、スライドを通り抜けるレーザー光線の散乱を最小にするにはどのようにピクセルを変化させればいいかをコンピューターで解析した。これは、不透明な壁が、入射する光に対しちょうど散乱を相殺するような歪みを与えることに相当する。アルゴリズムを1時間以上も走らせた結果は、彼らの予想をはるかに上回っていた。収束した光は、背景シグナルの1000倍も強かったのだ1

「Moskの実験結果には、本当に驚きました。彼は、可視光でできることに関する私たちの認識を一変させました」とKatzは言う。

実験に成功した直後、Moskは、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の生体工学者Changhuei Yangのチームが同様の研究を行っていたことを知った。

Yangらは、散乱された可視光線を収束させるのにMoskらとは異なる技術を用い、不透明物質も異なるもの(ニワトリの胸肉の薄片)を使っていたが2、Yangらもその簡単さに驚いた。「私たちは、実験に半年はかかると思っていました。半年やってうまくいかなかったら、良い経験になったとして実験をやめるつもりでした。けれども実際には、そんなに大変ではなかったのです」とYangは言う。

2本の論文が発表された途端、大勢の物理学者が参入してきて、この分野は大きな進歩を遂げた。その1人である光物理学者のJacopo Bertolottiは、2010年にMoskと共同研究を始めた。現在エクセター大学(英国)に所属している彼は、自分がこの分野に来たのは「実験の美しさ」と医療画像への応用の可能性に惹かれたからと話す。そして、ゴールはまだ遠いことも認識しているという。

Bertolottiが直面した最初の問題は、Moskのオリジナルの手法では、不透明な表面の向こう側にカメラを設置する必要があることだった。医療への応用を考えると、手術で皮膚の下にカメラを入れるようなことは好ましくない。そんな侵襲的で危険な方法で得られる画像に、リスクに見合うような価値はまずないからだ。そこで、BertolottiとMoskらは、レーザー光源と検出器の両方を不透明な組織表面の手前に置く方法を考案し、2012年に発表した4

彼らは、不透明な薄いスクリーンの背後に、「π」というギリシャ文字の形をした細胞サイズ(50µm)の蛍光物体を置き、これを標的とした。生体組織に蛍光色素を注入して明確な画像を得る医療技術を意識したのだ。レーザーのスイッチを入れると、光はスクリーンで拡散され、πの字全体を照らす。πの字で反射された光はスクリーンを通って戻ってきて、こちら側にぼやけたスペックルパターン(斑点状の模様)を作り出す。それは、シャワーカーテン越しにものの形を見ようとするのに似ている。

しかし、πの字の形はまだ、散乱された光の中に暗号化されている。その形を取り出すため、研究チームは、レーザーを動かしてさまざまな角度からのスペックルパターンを記録した4。そして、スペックルパターンの点1つ1つをコンピューターで比較することで、パターンの相関を明らかにし、そこからさかのぼって隠れたπの字を再構成することができた。

Bertolottiは、この手法は以前のものより進歩しているが、医療への応用を考えると、十分ではないと考えている。「この手法は、画像化したい物体が散乱体の向こう側にある場合にしか使えないからです」と彼は言う。組織中に埋もれていることの多い脳や血管の内部を見るのには適していないのだ。

見えないものを見る

YangのチームやWangのチームをはじめとするいくつかの研究チームは現在、散乱媒質の内部の画像化という困難な課題に取り組んでいる。2013年にはYangのチームが、生物学者Benjamin Judkewitzらとの共同研究により、2つの人工の不透明層の間に挟まれた直径わずか1µmの蛍光ビーズの姿を、これまでにない高分解能で捉えることに成功した5

この研究では、不透明な媒質に光を照射し、媒質中で反射しながら反対側まで通り抜けた光を「時間反転鏡」を使って跳ね返すことにより、全ての光線にもと来た経路をたどらせる。しかし、全ての光線がもと来た経路をたどってしまったら、媒質中で反射が起こらなかったことになってしまう。そこで研究チームは、散乱されにくい超音波ビームを媒質中の1点に収束させた。収束点を通過する可視光線は周波数がわずかに変化する。周波数が変化した光のみを跳ね返すように調整した時間反転鏡を反対側に設置しておくと、時間反転した細い光線が収束点を通って後戻りし、そのエネルギー分が入射光線に追加されることになる。これにより、超音波の収束点を放射強度が比較的高い点とみなすことができる。現在シャリテ大学病院(ドイツ・ベルリン)に所属しているJudkewitzは、これを「壁の中のたいまつ」と表現する。さらに、超音波の収束点を、媒質中で走査させると、それがビーズの上を通るときにビーズが蛍光を発する(「光と音のによる生体イメージング」参照)。

けれども、この技術で生体組織の深部を探れるようになるのはまだまだ先のことであり、そのためには、これまでよりはるかに困難な課題に挑む必要がある。問題は、組織が血流と呼吸によって絶えず動いていることにある。ランジュバン研究所の物理学者で、1990年代に超音波のみを用いる時間反転技術を最初に開発したMathias Finkは、「これらの技術は、散乱媒質が完全に静止しているときにしか使えないため、医療への応用を考えられる段階には来ていません」と説明する6。Moskの当初の試みでは画像化に1時間程度の時間を要したが、現在では、ほとんどの研究チームがこの時間を数十秒にまで短縮することに成功している。これは、ビーズやπの字を画像化するには問題ない時間だが、生体内の腫瘍を見るには長過ぎる、とKatzも言う。

2014年、カスラー・ブロッセル研究所(フランス・パリ)の物理学者Sylvain Giganをリーダーとする、KatzやFinkを含む研究チームが、カメラで撮影された1枚の画像から、不透明な散乱媒質の背後に隠された物体の画像を再構成する方法を実証した7。「アルゴリズムが最終的な画像を再構成していく様子は、魔法を見ているようです」とGiganは言う。

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JASIEK KRZYSZTOFIAK/NATURE

スピードが肝心であることには、Wangも同意する。「あらゆるものが絶えず動いているのに、私たちが画像生成に使える窓(測定時間)にはミリ秒単位の幅しか残されていません」と彼は言う。Wangのチームが2015年1月に発表した論文3の方法では、そのスピードは5.6ミリ秒だった。「対象は限られますが、生体内イメージングも可能です」と彼は言う。この実験で彼らが標的としたのは、インクで着色したゼラチンを、麻酔をかけたマウスの耳とすりガラスの間に挟んだものだった。Bertolottiは、生きたマウスでの画像化に成功したのは素晴らしいと賞賛しつつも、「比較的薄いマウスの耳から、ヒトの皮膚や肉の画像化へと進むためには、さらなる研究が必要です」と指摘する。

現在、さまざまな画像法が開発されているが、Bertolottiは、どのアプローチにも一長一短があり、目立って優れているものはないと考えている。「あらゆる場面で使える技術を1つ開発するよりも、将来、組み合わせて1つの装置として使えるような複数の技術を開発する方がいいと思います」と彼は言う。「それがいつ頃実現するかは分かりませんが、この研究分野は若く、動きも速いので、数年以内に可能になるかもしれません」。

この技術は現在、医療への応用を期待する生体工学者と物理学者によって牽引されているが、他にも多くの応用が考えられる。例えばMoskは、芸術作品の修復に利用できると考えている。「ほとんどの画家が作品を何層も重ねていますが、下にある層が表面の絵の具の化学的・物理的劣化に影響を及ぼすことがあります。芸術作品を適切に保存するためには、表面の下に何が隠されているかを知っておくことが重要なのです」。また、散乱された光を復元する技術は、遠距離通信の分野で、散乱光による光ファイバー内のノイズの低減に利用できるだろう。

Finkは、軍事産業にも重宝されると予想している。この技術を利用すれば、戦場の兵士が、敵から身を隠すために使用する携帯型シールド(物理的な遮蔽や煙幕など)の中にいながら、それを透かして周囲を見ることができる、と彼は考えている。「透明人間になれるわけではありませんが、自分の姿を見られることなく敵の姿を見ることができます」とFink。

この新しい研究分野の科学者の多くが、興奮して応用方法を語る。けれどもGiganは、道理にかなった応用だけを考えるべきだと主張する。「私たちの研究について説明すると、シャワーカーテンの中をのぞける携帯アプリは作るのかと聞いてくる人が必ずいます。それは可能ですが、やるつもりはありません」。

(翻訳:三枝小夜子)

Zeeya Meraliはロンドン在住のフリーランスライター。

参考文献

  1. Vellekoop, I. M. & Mosk, A. P. Phys. Rev. Lett. 101, 120601 (2008).
  2. Yaqoob, Z., Psaltis, D., Feld, M. S. & Yang, C. Nature Photon. 2, 110-115 (2008).
  3. Liu, Y. et al. Nature Commun. 6, 5904 (2015).
  4. Bertolotti, J. et al. Nature 491, 232-234 (2012).
  5. Judkewitz, B., Wang Y. M., Horstmeyer, R., Mathy, A. & Yang, C. Nature Photon. 7, 300-305 (2013).
  6. Cassereau, D. & Fink, M. IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control 39. 579-592 (1992).
  7. Katz, O., Heidmann, P., Fink, M. & Gigan, S. Nature Photon. 8, 784-790(2014).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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