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見直され始めたファージ療法

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140910

原文:Nature (2014-06-05) | doi: 10.1038/510015a | Phage therapy gets revitalized

Sara Reardon

抗生物質耐性問題が拡大し続けていることを受け、100年の歴史を持つファージ療法への関心が再燃している。

バクテリオファージは、薬剤耐性細菌感染と戦うための手段になるかもしれない。

ELIAVA INST.

数十年の間、「鉄のカーテン」の向こうの患者たちは、西側世界で開発された極めて強力な抗生物質の一部を利用することができなかった。その対策としてソビエト連邦は、感染症を治療するための「バクテリオファージ」(細菌を殺すウイルス)の利用に多額の投資を行った。ファージ療法は今なおロシア、グルジア、ポーランドで広く利用されているが、それ以外の場所では全く普及していない。「ウイルスなので、みんな怖がるのです」と話すMzia Kutateladzeが科学評議会の議長を務めるエリアバ研究所(グルジア・トビリシ)は、100年近くにわたってファージを研究し、患者の治療に利用している。

現在では、迫り来る抗生物質耐性の恐怖に直面している西側の研究者と各国政府が、ファージを真剣に見つめるようになりつつある。2014年3月、国立アレルギー・感染症研究所(米国メリーランド州ベセスダ)は、抗生物質耐性に対処する計画の7戦略の1つとして、ファージ療法を挙げた。そして、2014年5月にボストンで開催された米国微生物学会(ASM)の大会では、ローザンヌ大学(スイス)のGrégory Reschが「Phagoburn計画」について発表した。これは、欧州委員会の予算で実施される、ヒト感染症のファージ療法に関する初の大規模な多施設臨床試験である。

テキサスA&M大学(米国カレッジステーション)のウイルス学者Ryland Youngによれば、かつて西側でファージ療法に目が向けられなかったのは、未知の感染症の治療に当たる医師がさまざまな細菌を殺す広域抗生物質を好んだためという。抗生物質とは異なり、ファージが殺す細菌はわずか1種、あるいは1系統だけなのだ。

しかし今、病原性細菌を攻撃するためにはもっと高精度な方法が必要であることを研究者たちは認識している、と話すのは、サウスカロライナ医科大学(米国チャールストン)の微生物学者Michael Schmidtだ。切り札である抗生物質に対する耐性を備えた系統が増えるに従い、抗生物質が病原性細菌と同時に人体に有益な微生物をも駆逐してしまうことで、抗生物質耐性細菌が増殖する「余地」が作られる、という考え方が支持されるようになってきたのである。「抗生物質は大きなトンカチです。欲しいのは誘導弾なのです」とSchmidtは言う。

Youngによれば、標的の細菌に適したファージを見つけ出すのはそれほど難しくないという。自然界には無尽蔵と言ってよいほどの「ファージの蓄え」があり、全く同一のファージが見つかった例はない。細菌は、1種類のファージに対する耐性を獲得するのに、ファージが侵入するときに利用する細菌細胞表面の受容体を切り捨てる。つまり、耐性の効力はその種類のファージにしか及ばない。そこでエリアバ研究所の研究チームは、患者に投与するファージカクテルに対し、単純に別のファージを加えている。Kutateladzeによれば、カクテルは8カ月ごとに作り替えられており、カクテルに含まれるファージの正確な構成は必ずしも分かっていないという。

Phagoburn研究の中心人物の1人であるReschは、その治療法が臨床試験の先まで進められる前に、規制当局によってこうした進化が急速な製品に対応するための監視方法が確立される必要がある、と考えている。Reschは、ファージ療法が、季節性インフルエンザワクチン(新しい系統のインフルエンザの出現に対して毎年作り替えられる)などと同じように取り扱われるようになってほしいと考えている。

欧州連合(EU)がPhagoburn研究に380万ユーロ(約5億2000万円)を投じようとしている事実から、EUがその方法に前向きであることが分かる、とReschは話す。また、フランス、ベルギー、オランダの研究者たちは、2014年9月以降、大腸菌や緑膿菌が患部に侵入した熱傷患者を220例集め、臨床試験を行うことを計画中である。その患者には、フレシード・ファルマ社(Pherecydes Pharma;フランス・ロマンヴィル)のファージ製剤が投与される。同社は、下水や河川水などから1000種類を超えるウイルスを分離し、それらが持つ病原性細菌を死滅させる能力をスクリーニングしている。耐性が出現する確率を下げるため、患者には、細菌細胞に侵入する方法が異なるファージを10種類以上混合したものが投与される。そのファージ療法が失敗した場合には、標準的な抗生物質が投与されるという流れだ。

Youngによれば、各国政府はファージ療法に目を向けるようになってきたが、製薬会社はまだ乗り気ではないという。ファージ療法には100年近い歴史があるため、この治療法を知的財産として主張して投資を回収することは困難と考えられるからだ。また米国では、2013年に自然界の遺伝子に対する特許は認められないという最高裁判決が下されたため、自然界から分離されたファージにもそれが適用される可能性が高い、とYoungは言う。それに対し、フレシード社の最高経営責任者Jérôme Gabardは、特定の細菌を攻撃する天然ファージの的確な組み合わせの開発と確定に特許が認められるようになることを期待していると漏らす。

理論的には、組換えファージならば特許が認められる。5月のASM大会では、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の合成生物学者Timothy Luを中心とする研究チームが、CRISPRと呼ばれるDNA編集法を利用して抗生物質耐性細菌だけを殺すように改変したファージに関する研究成果を発表した。ファージが細菌にDNAを注入すると、細菌はそれを基にしてRNAを作る。そのRNAの配列が細菌DNAに存在する抗生物質耐性遺伝子の一部と結合すると、そこに誘導されたCas9と呼ばれる酵素が細菌DNAを切断するため、細菌は死に至る。

最初の試験で、そのファージには、特定の抗生物質耐性遺伝子の配列を有する大腸菌細胞の99%以上を殺す能力があることが示された。一方で、抗生物質感受性の細菌細胞には影響を与えなかったという。耐性の大腸菌に感染したハチミツガの幼虫にそのファージを投与すると、幼虫の生存率は高くなった。研究チームは現在、マウスでその方法の試験を開始しようとしている(ヒトでの試験はまだ先のことである)。

Gabardは、ファージ療法が抗生物質に取って代わることまでは期待していない。しかし、薬剤治療がうまくいかなかった患者用として規制当局が承認することは考えられるという。そして、抗生物質耐性細菌に感染した人の間には、自分の手で何とかしようとする動きが出始めている。Kutateladzeによれば、EUではファージ療法のためにグルジアを訪れる患者が増えているという。また、EUの一部の国の医師たちが患者の検体をエリアバ研究所に送ると、同研究所は感染原因の細菌に特異的なファージカクテルを送り返してくれるのだそうだ。「全く希望がないならば、何でもやってみようと思うものです」とSchmidtは言う。

一方で研究者たちは、その技術が臨床化されるための土台が築かれることを期待しながら、興味深くPhagoburn研究を注視している。「この分野が本当に脱皮するには、真の大成功が1つあればよいのです」とLuは語る。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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