News

3000万人参加のアスピリン調査が米国で始まる

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2014.141113

原文:Nature (2014-08-07) | doi: 10.1038/512018a | US big-data health network launches aspirin study

Sara Reardon

米国で、ビッグデータ医療ネットワークを利用する臨床研究が始動した。

THINKSTOCK

医療分野で最大級のビッグデータ実験の最初のターゲットが定まった。2014年7月29日、米国の非営利団体Patient-Centered Outcomes Research Institute(PCORI;患者中心のアウトカム研究所、米国ワシントンD.C.)の運営陣が、同研究所の最初の臨床試験のテーマを「アスピリン利用による心疾患予防」とすることを表明したのだ。その予備研究には1000万ドル(約10億5000万円)の予算が投入され、PCORIが立ち上げるネットワーク「PCORnet」を利用して研究が行われる。PCORnetは、米国在住の3000万人を対象に、保険金請求や血液検査、病歴などの医療データを収集するためのネットワークだ。

患者データを利用して医療の向上を試みる研究はいくつか行われているが、その中でもPCORnetは最新かつ最大規模のネットワークである。同様の取り組みは、カイザー・パーマネンテ社(Kaiser Permanente;米国カリフォルニア州オークランド)などの民間企業や、パートナーズ・ヘルスケア(Partners HealthCare;米国マサチューセッツ州ボストン)などの医療ネットワークでも行われている。PCORIは米国政府から30億ドル(約3150億円)を超える出資を受けて2010年に設立された。その目的は、治療法の有効性比較研究への資金提供であり、これまで研究助成として5億4900万ドル(約580億円)を投入してきた(「ネットワークの概略」参照)。前述のPCORnetはPCORI自前のプロジェクトで、米国の医療機関や患者団体からなる29の小規模なネットワークで構成されている。今回のアスピリン臨床試験は第一段階で、被験者の募集や、被験者記録の標準化、被験者との信頼関係の構築などについて、問題を解決して最適な方法を探るための予備段階の一環として行われる。

第二段階は2015年9月開始の予定で、外部の研究者もPCORnetのデータを検索して自分の研究に利用できるようになる。「問い合わせの数が成功の尺度になると思っています」と、フィラデルフィア小児病院(米国ペンシルベニア州)の小児科医Christopher Forrestは話す。彼はPCORnetに参加するネットワークの1つを統括している。

第一段階のアスピリン臨床試験は2015年早々に開始されることになっている。被験者は毎日、心疾患用の標準的な用量として報告されている範囲のアスピリン量を服用し、経過観察を経て最適の用量があるかどうかが判定される。「今回の臨床試験は、研究システムの概念実証のためですが、アスピリン用量も非常に重要な案件の1つです」と、PCORIの理事長Joe Selbyは話す。「疑問に応じて患者の情報を入手できて、それを解析すれば答えが得られるデータベースであることを証明したいと思っています。また、アスピリンの用量は答えが得られずに何年も経ってしまっている問題です」。

PCORIが目指しているのは、可能性のある新しい治療法を試したり疾患発症機構を解明したりすることではない。それらは、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)をはじめとする公的研究機関の守備範囲であるからだ。「PCORnetなどの研究は、無作為臨床試験に取って代わるものではなく、補完的なものだと考えています」とオレゴン健康科学大学(米国オレゴン州ポートランド)の生物医学情報研究者William Hersh(PCORIには所属していない)は言う。最も大きい課題の1つは、さまざまなネットワークからのデータを標準化して、正確に比較できるようにすることだと彼は話す。被験者のデータは、医療画像診断によるスキャン像やバイタルサイン(血圧や心拍数など)、さらには遺伝情報といった多種類のデータが寄せ集まった状態になると考えられる上、記録保存システムも医療機関によって異なるからだ。

助言と同意

患者の記録の利用用途に関して透明性を確保することは、このプログラムを成功させるために不可欠なものだと、患者のプライバシー保護活動を行う英国の団体「メドコンフィデンシャル(medConfidential)」の活動家Sam Smithは話す。「一般に患者さんは、自分のデータがどうなるのか教えてもらえないよりも、教えてもらえる方がうれしいのです」と彼は言う。透明性の問題は、英国の国民保健サービス(NHS)の医療記録データベースである「care.data」ですでに悩みの種となっている。care.dataは、データの機密保護やインフォームドコンセントに関する懸念もあって始動が遅れているのだ。

PCORIは、care.dataと同様の事態を避けるため、患者の代表者らを研究助成金申請の検討に加えたり、研究者らとともに臨床試験に取り組んだりすることを考えているという。しかし、専門家でない人々のために科学的概念を簡略化するのは難しい場合があると、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の生物倫理学者Glenn Cohenは言う。「PCORIは一定の公共の精神を有していますが、方針に関する問題に専門的な要素が含まれる場合、患者の参加を想定することで困難が生じます」と彼は話す。PCORI理事長のSelbyによれば、PCORIは今後1年かけてそうした問題に折り合いをつける方法を見つける意向だという。

被験者のプライバシーを守るため、PCORnetは個人データの収集を行わない。患者の記録は、診療した医療機関が保管し続ける予定である。外部の研究者がPCORnetを研究に利用する場合、研究者には、PCORnet内で関係データが解析されてその結果が送られるか、もしくは個人名を匿名にした未処理データの形で提供される。

今回のアスピリン試験では、インフォームドコンセントを得るために標準的な手続きを踏み、被験者には、どういった医学的疑問に取り組むためにデータが使われるのかが具体的に説明される。ただし、外部研究者がPCORnetのデータを利用する場合にはこの手続きが煩雑になる。一方の被験者も、研究者がデータを使いたいと言ってくるたびに承諾のサインをするため、じきにうんざりしてしまうかもしれない。「厳密で明確な同意が必要だとなれば、コストと実用性から、この研究が頓挫してしまう可能性だってあります」とCohenは話す。彼によれば、PCORIが透明性や患者の関与を高め、データの機密保護性を大きくするのと比例して、倫理的な健全さも高まり、インフォームドコンセントの標準的な手続きがいらなくなっていくのだという。

ネットワークの概略

米国のPCORIが立ち上げる医療記録データベースは、さまざまな医療手法の有効性を比較するために使われる。この「PCORnet」というデータベース・システムでは、大規模なデータ格納センターを構築せず、小規模なネットワーク同士を多数接続することで、さまざまな医療機関に保存されている記録にアクセスできるようにする。PCORnetとその母体機関であるPCORIに関するキーポイントは以下のとおり。

  • PCORnetへの初期投入資金: 9350万ドル(約98億円)
  • 参加するネットワークの数:29
  • 患者の記録総数:最大3000万件
  • アスピリン用量に関する予備研究の予算:1000万ドル (約10億5000万円)
  • 2012年以降にPCORIが資金提供したプロジェクトの数:313件
  • 2012年以降にPCORIが供与した資金総額:5億4900万ドル (約576億円)

(翻訳:船田晶子)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度