News

ヒドラジンに代わる衛星用燃料

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131107

原文:Nature (2013-08-29) | doi: 10.1038/500509a | Green fuels blast off

Alexandra Witze

宇宙機用の推進燃料として、現行のヒドラジンよりも効率が高く、しかも毒性の低いグリーン燃料が開発された。

2010年に打ち上げられたスウェーデンの衛星PRISMAは、新しいグリーン燃料をテスト中だ。

Credit: SSC

外観はシャルドネの白ワイン、においはガラスクリーナーのよう。なのに、衛星を動かす威力がある。こう表現されるのが、新しく開発されたスウェーデン製のグリーン(環境に優しい)燃料LMP-103Sだ。宇宙機を軌道に乗せる燃料(推進剤)として、実用化目前にある。LMP-103Sは、米国製のAF-M315Eとともに、従来のヒドラジンに代わる魅力的な代替燃料として浮上している。ヒドラジンは、過去数十年にわたって宇宙産業の一角を占めてきた主力燃料だが、毒性がある上に取り扱いが難しいという問題を抱えていた。

スウェーデン製のLMP-103Sは、すでに宇宙で衛星1機を動かしている。また、商用の地球観測衛星コンステレーションにも採用される可能性がある。一方、米国製のAF-M315Eの方は、2015年に開始されるNASAテストミッションの主役になると考えられる。

いずれの燃料も、ヒドラジンよりも効率が高く、毒性が低く、取り扱いが容易である。従って、発射場の作業員は面倒な全身防護服を着用する必要がなくなり、迅速かつ低コストで燃料を宇宙機に積み込むことができる。だが、「完全に環境に優しいという意味で、グリーンと呼ばれているわけではありません」とNASA宇宙技術ミッション部門のJames Reutherは言う。「新しい燃料のおかげで、非常に作業がやりやすくなったということなのです」。

ヒドラジンの代替

多くの研究用衛星や惑星間ミッションでは、現在は燃料としてヒドラジンが使われている。新しいグリーン燃料が、この主力製品に完全に取って代わることはないだろうし、また、ロケットの打ち上げに用いられる強力な燃料に取って代わることもないだろう。しかし、これらの新燃料には低温に耐えるものがあり、低コストでフレキシブルなミッション設計に役立つ可能性が高い。

ヒドラジン(N2H4)は、第二次世界大戦以降、ロケットエンジンの燃料として使用されてきた。ガソリンのように燃焼せず、触媒を用いてアンモニアと窒素と水素に分解され、化学エネルギーを放出する。安定な液体であり、正確な推力が得られることから、軌道調整用として高く評価されてきた。

だが、ヒドラジンは、吸い込んだり触れたりすると健康問題を引き起こす。米国国家毒性プログラムは、ヒドラジンを「おそらくヒトに対して発がん性がある物質」という分類に入れている。2003年、スペースシャトル「コロンビア号」が大気圏再突入時に空中分解し、テキサス州、ルイジアナ州などの南部の州に多数の残骸が落下したが、その際、NASAは残骸に近づいたり触ったりしないよう警告を発した。あのときの理由の1つが、ヒドラジンによる健康被害の回避であった。

スウェーデンのLMP-103S

1995年、スウェーデンの国立宇宙委員会は、ヒドラジンと同等以上の性能を持ち、ヒドラジンよりも取り扱いやすい代替品を開発する研究に資金を提供した。「扱いやすい燃料があれば、発射場で時間とコストが節約されるでしょう」と、LMP-103Sを開発したECAPS社(スウェーデン)の社長Mathias Perssonは言う。

LMP-103Sは、アンモニウムジニトラミド系の高エネルギー塩である。デビューは、2010年で、小型スラスターによる精密飛行においてグリーン燃料の有効性を実証するため、スウェーデンの衛星PRISMAに搭載された。ミッションでは、比較のためにヒドラジンも搭載された。発射場では、LMP-103Sを積み込むのに3人で7日間、ヒドラジンを積み込むのに5人で14日間かかった。

ECAPS社は現在、欧州宇宙機関にLMP-103Sの一般承認を求めている。また、フランス国立宇宙センター(CNES)は、新しい小型衛星用としてLMP-103Sを検討している。さらに、Skybox Imaging社(カリフォルニア州マウンテンビュー)は、2015年に地球観測衛星コンステレーション(24機の衛星からなる)の3号機を打ち上げる予定だが、ここからLMP-103Sを使用し始めるという。「特に小型宇宙機用の燃料として、実用化が進むでしょう。本気でそう信じています」とSkybox Imaging社のチーフエンジニアJonny Dyerは言う。

米国生まれのAF-M315E

グリーン燃料は、単に扱いやすいばかりではない。1kg当たりの推力性能もヒドラジンより優れている(「新しいグリーン燃料」参照)ので、タンク1個分の燃料で、より多くの操作が可能になる。実際、米国でグリーン燃料AF-M315Eが誕生したのは、2つの空軍研究プログラムの目標が一致したときであった。1つは次世代推進技術を研究するプログラムであり、もう1つは極端にエネルギー密度の高い物質を研究するプログラムである。

AF-M315Eは、エドワーズ空軍基地(カリフォルニア州)にある米国空軍研究所の化学者Tom Hawkinsによって開発されたサーモンピンク色の液体だ。硝酸ヒドロキシルアンモニウム系の燃料で、LMP-103Sよりやや効率が高い。「私が感動したのは、その性能です」とBall Aerospace & Technologies社(コロラド州ボールダー)のプログラムマネジャーChristopher McLeanは言う。

Ball Aerospace & Technologies社はNASAのグリーン推進剤導入ミッションの計画に携わっている。2015年に、4500万ドル(約45億円)をかけた宇宙機が打ち上げられ、空軍燃料として14.2kgが搭載される予定だ。計画では、数カ月にわたってさまざまな活動で5つのエンジンを動かし、エンジンが確実に動作するかテストが行われる。

うまくいけば、コストがかかり過ぎて現在実施できないミッションが、AF-M315Eのおかげで実施可能になるかもしれないとMcLeanは言う。現行のヒドラジンは凝固点が高いので、凍結防止のために常に加熱する必要があり、エネルギーを浪費する。これに対してAF-M315Eは、ガラス転移温度が−80℃と低く、この温度以上で液体状態を維持できる。つまり、彗星表面や火星極冠など低温環境でのミッションにはAF-M315Eの方が好都合なのだ。

しかし、タンクやスラスターはヒドラジンの特性を考慮して設計されており、それがこれまで長く受け継がれてきた。宇宙機のエンジニアはそうしたタンクやスラスターを扱うことに慣れている。従って、新しい燃料もまた、時間をかけて信頼性と性能を実証・確認していかねばならないとHawkinsは言う。

それでもECAPS社のチーフエンジニアKjell Anfloは言う。「状況は変わりつつあります。私たちは、スタート地点に立っているのです」。

(翻訳:藤野正美)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度