News

ミトコンドリア病を予防する核の入れ替え技術

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130102

原文:Nature (2012-10-24) | doi: 10.1038/nature.2012.11651 | DNA-swap technology almost ready for fertility clinic

David Cyranoski

異常のあるミトコンドリアを持った卵から核を取り出し、正常なミトコンドリアを持った卵に移し替える技術は、サルにおいて確立されていたが、ヒトでも適応可能であることが示された。 この技術により、ヒトのミトコンドリア病と呼ばれる遺伝性難病のリスクを低減できる。

未受精卵の間で遺伝物質を移し替える技術によって健康な赤ちゃんを作ることのできる時代が、すぐそこまできている。この技術を使えば、ミトコンドリア(細胞内でエネルギーを作り出す小器官)の異常が関係する疾患の発生リスクを最小限に抑えることが可能なのだ。

Credit: istockphoto

ミトコンドリアの異常は、生まれてくる子ども4000人につき1人の割合で存在すると推定されており、まれではあるものの、命を落とすことの多い疾患の原因にもなっている。例えば、脂質を使ってエネルギーを作り出すことができないカルニチン欠乏症もその1つだ。こうしたミトコンドリア異常による疾患を総称して「ミトコンドリア病」と呼ぶ。

ミトコンドリアの異常は、子どもや大人がかかるさまざまな一般的な疾患とも関連しているとみられており、その中には多発性硬化症やパーキンソン病なども含まれる。ミトコンドリアは核とは別の独自のDNAを保有しており、また、細胞質に存在しているため母親からしか継承されない。このため、ミトコンドリア病を子に引き起こす可能性の高い母親で、その卵にある異常なミトコンドリアを正常なものと置き換えれば、健常な子どもが生まれてくると考えられる。

3年前に、オレゴン健康科学大学(米国ビーバートン)の生殖生物学者Shoukhrat Mitalipovのチームは、アカゲザル(Macaca mulatta)で、核は母親由来、ミトコンドリアはドナー由来の卵を作り出し、それらが健康なサルに育ったことを報告した1。そして今回、同じチームが、ミトコンドリアの99%以上がドナー由来のヒト胚を作ったことを報告した2。この手法は、成功率を上げたり規制当局の承認を受けたりするために微調整が必要だが、すぐにでも臨床で使える段階にきているとMitalipovは話す。「3年以内に、この手法で最初の健常な子どもが生まれると思っていていいでしょう」。

組み合わせの再構築

Mitalipovたちは今回、サルで以前行った方法と同様に、未受精卵から核の部分(厳密には、紡錘体+染色体)を取り出し(つまり元のミトコンドリアはすべて残される)、ドナー由来の除核した未受精卵に移植した。そして、その卵を体外受精させた。

研究チームは、すでにサルの実験で、この方法で受精させた卵に問題がないことを、説得力のあるやり方で実証済みだ。受精した卵を子宮に着床させ、健康な子ザルが4匹生まれたのである。

今回、同様の結果をヒト細胞で確かめるにあたって、研究チームは、ヒト胚の発生を胚盤胞の段階(細胞数は約100個)までにとどめた。その後、この胚盤胞から取り出した細胞を使って胚性幹(ES)細胞株を樹立し、これらの細胞についてさまざまな試験を行った。これらのES細胞は、正常な胚に由来するES細胞とよく似ていたが、ミトコンドリアだけはドナー由来のものだった。

メルボルン大学(オーストラリア)でミトコンドリア病遺伝学を専門とするDavid Thorburnは、このMitalipovたちの研究に「びっくりしたのと同時に感激しました」と言う。彼が特に評価しているのは、生まれたサルたちのその後を研究チームが追跡して、核の入れ替えの長期的影響がないかを調べたことだ。影響は何も見つからなかったのである。またMitalipovたちは、この手法が冷凍保存した卵でもうまくいくことを、サルの細胞を使って示した。これは、臨床での実用化に非常に重要なことだ。そうでなければ、母親の卵とドナーの卵を同時に採取しなければならないため、排卵誘発の同期が必須となるからだ。

ただ、Thorburnは、この技術について、まだ臨床応用への準備が整っていないと考えており、実験で生まれたサルたちが次世代の子どもをきちんと授かるかどうかなど、さらなるデータが必要だと考えている。また、発生中に起こる可能性のある異常に関しても、サルとヒトの胚の両方でもっとデータが欲しいと思っている。

しかし順調に進めば、「この技術を利用したいと願う家族が、世界中で毎年、何百と出てくることでしょう」と彼は言う。

臨床応用に向けて

Mitalipovは、未解決の部分が残っていることを認める。この技術を施したヒト卵の約50%に受精の異常が見られ、母方の核内DNAが過剰に残存していた。この問題は、サルや対照群のヒト卵ではあまり起こらない。「ヒトの卵母細胞はサルに比べて繊細なようです」と彼は話す。Mitalipovは、卵母細胞が分裂する際の「不完全な減数分裂」がこの問題の原因だと考えており、現在、手法の微調整を進めている。こうした問題はあるものの、処置した卵の約20%は子宮に着床できる段階の胚まで発生した。

米国立衛生研究所(NIH)は、ヒト胚の破壊を伴う研究への公的資金提供を禁止している。そのためMitalipovは、この技術の研究を、サルや民間資金を使って行ったり、NIHの資金提供を受けた彼の研究用資源をいっさい共有しない「影の研究室」で行ったりしなければならなかった。しかし、臨床での研究となれば、「破壊されることのない」卵を作り出すことになり、そのため、公的資金の対象になる可能性が出てくる。「果たしてNIHは、この臨床研究に資金を出す気があるのでしょうか?」と、Mitalipovは少し苛立った口調で言った。

米国でこの手法を臨床で使うには、前もって米国食品医薬品局(FDA)の承認を得なければならない。FDAは生殖技術全般に対して権限を持っているからである。Mitalipovは、2012年1月に承認申請書を提出したが、まだ何の回答も得られていない。「ボールはコートの向こう側に打ち込んであり、帰ってくるのをただ待っているのです。遺憾なことですが、患者さんたちも待っています」と彼は言う

承認には時間がかかるかもしれない。一般市民や国会議員は、「3人の親を持つハイブリッド・ベビー」が生まれることに警戒感を持っている。この手法だと、ミトコンドリアを提供した女性、卵の核の持ち主である母親、そして父親の3人に由来する遺伝物質が混在することになるからだ。そして、この混合状態は次の世代にも残ることになる。

その一方で、英国では事がもっと速く運びそうである。すでにニューカッスル大学のチームが同様の実験を行い、関係省庁がそれぞれ、この技術への対応の仕方を検討している。独立した監視機関である「ヒト受精・胚機構(HFEA)」も2012年9月に公的協議を開始した。

いったん承認されれば、この技術はすぐに普及するだろう。Mitalipovによれば、この技術に必要な装置で最も複雑なものは、顕微鏡と、卵に小孔を開けるためのレーザーくらいだという。これらの装置は、不妊治療をする医院で体外受精や着床前遺伝子診断の際に普通に使われている。「そうした医院なら、この技術を習得できるでしょう。マスターするのは難しくないはずです」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Tachibana, M. et al. Nature 461, 367–372 (2009).
  2. Tachibana, M. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature11647 (2012).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度