薬学図書館掲載記事

科学で世界を読み解く日本語雑誌Nature ダイジェスト

薬学図書館 61 (4), 229-232, 2016

宇津木 光代(Nature ダイジェスト 編集部)


Nature ダイジェスト の概要

研究者の一日はあっという間だ。実験を計画・実行し、関連論文を読み、合間には会議や打ち合わせ、教員であれば講義の準備もある。毎週届くNature を読まねばと思ってはいても手が回らない。では、「Nature の要点が日本語で読める雑誌がある」というなら、興味を抱いていただけるだろうか。Nature では、自然科学全般の基礎研究のほか、注目度の高い臨床試験の結果、社会問題、衝撃的な事件に至るまで、科学をキーワードに独自ニュースを発信している。その中から、科学に携わっている人・科学者を目指す人のための重要トピックを集めて日本語で再編集した雑誌が「Nature ダイジェスト」である。

目まぐるしく変化する世界情勢をつかむ

科学の進歩に伴い、科学と社会の関係はますます深まっている。科学が世界経済にとどまらず行政や立法にも大きな影響を与えていることを、Nature およびNature ダイジェスト は伝え続けてきた。

特に近年は、研究者を取り巻く状況が、国政も巻き込み急速に変化している。例えば、日本では薬事法が2014年11月に改正され「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(略称、医薬品医療機器等法、薬機法)」となった1。再生医療等製品という分類が新設された背景には、日本発のiPS細胞があるが、その樹立手法の報告2は、法改正のわずか8年前のことである。また、ゲノムを狙ったとおりに書き換える“ゲノム編集”技術が、単なる分子生物学的ツールを超え、社会に変革をもたらしうる遺伝子改変技術へと発展した3ことで、産業や医療での利用を見据えた法案策定が世界各国で進められている4,5。この技術は、ゲノム上の特定の塩基配列を認識して切断する人工制限酵素ZFN(1996年)6の開発以降、実用に耐えうるレベルに改良されたTALEN(2010年)7、より簡便なRNA誘導型ヌクレアーゼCRISPR/Cas9(2013年)8,9の登場で大きく飛躍した。

政治でも、各国のトップが科学の発展を重要視していることがうかがえる。カナダの新首相ジャスティン・トルドー氏は科学大臣のポストを新設10し、2016年5月に台湾総統に就任した蔡英文氏は、副総統に医師で研究者でもある陳 建仁氏を指名した。また、中国で採択された新5カ年計画では柱の一つに「イノベーションによる発展」を掲げ、科学技術の発展に注力する方針が述べられた11ことも記憶に新しい。

Nature ダイジェスト 創刊の経緯

Nature(冊子)の前半部分では、上述のような世界動向を一般に向けて報じていることをご存じない方も多いことだろう。「Nature News」というセクションで、論文を扱うチームとは別の「ニュースチーム」が独自に取材・制作しており、ウェブサイトでほぼ毎日発信している(冊子体Nature に掲載されるのは、そのうちの一部)。

図1:Nature News 延べ訪問者数(10万人)
実施期間2016/01/01~2016/06/30

図2:Nature ダイジェスト の購読スタイルの変遷と表紙
左から創刊号(2004年1月号)、書店販売開始(2010年4・5月号)、オンラインマガジンへ(2015年10月号)。

Nature Newsは、米国、英国などの英語圏では、研究者から一般の人まで広く読まれているが、日本ではあまり読まれていない。2016年1~6月末に渡って行われたNature Newsウェブサイトの延べ訪問者数調査でも、それが表れている(図1)。理由は、英語で書かれていることと、多くの研究者が「読む時間がない」と考えていることが挙げられる。

そこで、シュプリンガーネイチャー・ジャパン株式会社では、日本の研究者ならびに教育者、政策立案者に向けてNature の報じる重要論題を伝えるべく、日本語月刊マガジン「Nature ダイジェスト」を2004年に創刊(図2)し、Nature への同梱を開始した。

好評であったことと、社会と科学の関わりが深みを増していることを受け、一般にも広く読んでいただけるよう、2010年4・5月号(合併号)より書店での販売を開始した。その後、検索機能や情報整理に適した形態を模索した結果、2015年10月号よりオンラインマガジンとして生まれ変わった(後述するが、法人および研究室では引き続き冊子購読が可能)。

Nature ダイジェスト の構成と特色

構成

Nature ダイジェスト には7つのセクションがあり、Nature の1カ月分の情報+αを凝縮している。①ニュースチームの独自取材記事「Nature News」(News in FocusおよびNews Feature)、②第一線の研究者らによる論文解説「News & Views」、③Nature 編集部によるEditorial(社説)、④Nature エディターによる掲載論文サマリー「Highlights」、⑤日本人著者への独自インタビュー「Japanese Author」、⑥世界をリードする日本の研究「News in Japan」(不定期)、⑦日経サイエンス(シュプリンガーネイチャーの雑誌の一つ、Scientific American の日本版)からの転載「News Scan」。

Nature Newsは、学術論文および学会発表に基づいた内容ながらも一般読者向けに書かれており、専門外の内容も把握しやすい。News & Viewsは対照的に、専門家が研究の重要性や難所を解説するとともに、鋭い考察を述べている。後者は『知の創造』(徳間書店)、『nature科学』(実業之日本社)シリーズなどとして書籍化されていることから、ご存じの方も多いことだろう。

特色

Nature ダイジェスト には、Nature のエッセンスがつまっている。最大の魅力は、約150年にわたり科学を見つめ続けてきたNature 独自の視点で世界を読み解いていることだ。読者は、知らず知らずのうちに科学史をたずねることになるのである。また、再現性問題、研究倫理、オープンサイエンス動向、研究室の維持管理などの、研究者にとって身近な話題が豊富なことに加え、社会を大きく変えうる発見や技術を賛否両論交えて解説しているのも小誌の特徴といえよう。小誌の購読者層の約半数は教育機関に所属しており、9割が研究に従事している。この事実は、研究と教育ならびに好奇心を刺激する科学の話題が小誌の特徴であることを裏付けている(図3)。

図3:Nature ダイジェスト 購読者層
2015年自社調査データ

記事で最も多いのは、自然科学全域における研究成果である。2015~2016年前半では、①合成生物学、②ゲノム編集、③人工知能分野の技術が、世界的な議論が必要な段階に達したことをお伝えした。①合成生物学:カリフォルニア大学バークレー校(米国)のJohn Dueberらが、グルコースからモルヒネの前駆物質に変換する酵母株を作製することに成功した12。より安価な鎮痛剤の供給に役立つと期待される一方、違法オピエートがあちこちで製造される懸念が生じた。②ゲノム編集:中国でヒト胚のゲノム編集が行われたという噂があり、それを受け、ゲノム編集技術の開発者をはじめとする有識者が2015年2月、Nature に「ヒト胚のゲノム編集は生殖系列でない体細胞に限るべきだ」という声明を発表し、小誌6月号でも全訳13を無料公開とした。実際、声明掲載から2カ月後に当該論文が発表され、議論が沸騰14することとなった。Nature に掲載されたこの声明は、同年6月に行われた内閣府の生命倫理専門調査会の資料15にも用いられている。③人工知能:グーグル社(現アルファベット)傘下のディープマインド社が開発した汎用人工知能AlphaGo(アルファ碁)とイ・セドル9段との熱戦が話題になった。AlphaGoの強化手法に関する論文はNature に掲載され、この人工知能の仕組みと躍進をNature Newsでも解説16している。

なお、記事で取り上げている研究成果についてさらに詳しく知りたい場合には、記事末尾の参考文献リストから掘り下げることが可能だ。

専門分野でなくても日本語が助けに

近年、ブレイクスルーや新分野開拓、世界的な課題の解決をめざした学際研究が国内外問わず活発化している。実際、2014年に完成したフランシス・クリック研究所(英国ロンドン)17のように、異分野交流を刺激するための工夫として、建物内で異分野の研究者が偶然出会うように設計された研究施設が増えている。だが、異分野の研究からヒントを探したくても、日本語を母国語とする研究者にとって異分野の英文解読には骨が折れる。Nature ダイジェスト は、自然科学全域を扱っていることから、異分野の知識拡充の助けになるという面で特に高評価をいただいている。

教材として

Nature ダイジェスト では、情報のアップデートや理解に役立つ図版を独自に加えるなどのローカライズを施している。最先端の話題であっても全容がつかみやすいとご支持いただき、学部生・大学院生の知識拡充、語学学習の教材としても活用いただいている。なお2016年春から、大学での科学ジャーナリズムの教材としてNature ダイジェスト とNature Videoを活用した事例を小誌ウェブサイトで公開している18

また小誌では、海外に赴く研究者にとっては常識であっても、国内では知られていない話題も取り上げており、学生の見聞を広めるのにも役立つ。例えば、動物実験が欧米では厳しく規制され、時に事件に発展していること19,20や、日本の政策に対する世界の反応などがある。後者はここ数年で大きな動きがあり、日本で、DARPA(米国防総省高等研究計画局)をモデルとした「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」が2014年に立ち上げられた。翌年には、防衛省による競争的研究資金「安全保障技術研究推進制度」が設けられている21Nature は日本の科学に注目しており、この動きのほか、冒頭で触れた薬機法についても鋭い指摘が述べられている22。職業選択に関する話題も多く、科学を通じて何ができるか考える機会がおのずと増えることだろう。

Nature の投稿規定、掲載傾向の把握に

最近のNature の傾向として、これまでは医学系の専門誌に掲載されてきた臨床試験結果や、大規模な全ゲノム関連解析結果の報告が増えている。これは、橋渡し(トランスレーショナル)研究や臨床試験データ共有を促進するためのNature の取り組みの一つであり、それに伴い、Nature ダイジェスト でもがんや精神疾患を標的とした薬剤候補に関する話題が増加している。また、Nature の投稿規定の改訂23,24、試験的な査読システム導入25、関連誌の創刊などの情報も適宜掲載している。

おわりに

世界の科学動向を俯瞰したいというニーズをお持ちの方は、ぜひNature ダイジェスト にアクセスいただきたい。2015年4月号26および、毎号のうち数本を無料公開している27。また、大学や研究機関でNature ダイジェスト(サイトライセンス版)を購読されている場合は、nature.comにアクセスいただけば右上の虫眼鏡マークでNature ダイジェスト の記事が日本語で検索可能だ。日本語でNature のニュースを読むことができる利便性を、ぜひお試しいただきたい。なお、共有と検索に優れたサイトライセンス版のほか、個人の方には、移動の合間にも読めてバックナンバーへのアクセスが容易な「オンラインマガジン」「アプリ」を提供しており、研究室・法人の場合は、回し読みに適した「冊子体」を提供している。購読方法の詳細は弊社HP28をご覧いただきたい。

参考文献

  1. 薬事法等の一部を改正する法律について” 厚生労働省(オンライン)(参照2016─07─25).
  2. Takahashi, K. et al. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell 126 (4), 2006, 663─676.
  3. 藤川良子 CRISPR 法が世界を変える! Nature ダイジェスト 11 (4), 2014, 18─21.
  4. Ledford, H. 小林盛方訳 米国で遺伝子組換えサケが食卓へ Nature ダイジェスト 13 (2), 2016, 13─14.
  5. Ledford, H. 船田晶子訳 ヒトゲノム編集の世界情勢 Nature ダイジェスト 13 (2), 2016,30─32.
  6. Christian, M. et al. Targeting DNA double-strand breaks with TAL effector nucleases Genetics 186 (2), 2010, 757─761.
  7. Cong, L. et al. Multiplex genome engineering using CRISPR/Cas systems Science 339 (6121), 2013, 819─823.
  8. Mali, P. et al. RNA-guided human genome engineering via Cas9. Science 339 (6121), 2013, 823─826.
  9. Jones, N. 三枝小夜子訳 カナダ首相が科学関連の大臣ポストを新設 Nature ダイジェスト 13 (2), 2016, 14.
  10. Cyranoski, D. 新庄直樹訳 科学研究に一層力を入れる中国 Nature ダイジェスト 13 (6), 2016, 18─20.
  11. Ehrenberg, R. 藤野正美訳 モルヒネ合成酵母の完成が間近 Nature ダイジェスト 12 (8), 2015, 8─9.
  12. Lanphier, E. et al. 船田晶子訳 ヒトの生殖系列のゲノムを編集すべきでない Nature ダイジェスト 12 (6), 2015, 25─27.
  13. Cyranoski, D. et al. 船田晶子訳 ヒト胚ゲノム編集の波紋 Nature ダイジェスト 12 (7), 2015, 10─12.
  14. 生命倫理専門調査会(第89回)議事次第 “ゲノム編集技術の現状等について” 内閣府(オンライン)(参照2016─07─25).
  15. Gibney, E. 三枝小夜子訳 人工知能が囲碁をマスター Nature ダイジェスト 13 (3), 2016, 2─3.
  16. Gibney, E. 新庄直樹訳 英国フランシス・クリック研究所の挑戦 Nature ダイジェスト 11 (8), 2014,9─10.
  17. Nature Video, Nature ダイジェスト 教材活用事例Nature ダイジェスト(オンライン)(参照2016─07─25).
  18. 菊川 要訳 実験用霊長類の確保に向けて立ち上がれ Nature ダイジェスト 9 (6), 2012, 28.
  19. Abbott, A. 三枝小夜子訳 様変わりする世界の霊長類研究 Nature ダイジェスト 11 (5), 2014, 14─17.
  20. Cyranoski, D. 新庄直樹訳 軍の接近を懸念する日本の研究者たち Nature ダイジェスト 12 (8), 2015, 12─13.
  21. 菊川 要訳 再生医療製品の早期承認制度は果たして得策か Nature ダイジェスト 13 (3), 2016, 34─35.
  22. 菊川 要訳 論文の内容を再現・再確認できるようにする新方針 Nature ダイジェスト 10 (7), 2013, 35.
  23. 菊川 要訳 細胞株の同一性の問題に対する取り組み Nature ダイジェスト 13 (7), 2015, 34.
  24. 菊川 要訳 ダブルブラインド査読選択制の運用開始 Nature ダイジェスト 13 (5), 2015, 34.
  25. “2015年4月号” Nature ダイジェスト(オンライン)(参照2016─07─25).
  26. “特別公開記事” Nature ダイジェスト(オンライン)(参照2016─07─25).
  27. 購読についてNature ダイジェスト(オンライン)(参照2016─07─25).