Author interview

肥満

松澤 佑次氏

掲載

肥満における脂肪の過剰蓄積は多因子病因によるものであるが、一般的にはエネルギーの摂取と消費の不均衡の結果であると考えられている。肥満の蔓延防止に特化した公衆衛生政策や個別の治療努力が行われているにもかかわらず、世界では20億人以上の過体重者と肥満者が存在している。… 続き

―― 今回のPrimer「Obesity(肥満)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?

本総説は、肥満、つまり「脂肪組織の過剰蓄積」について、疫学、成因、診断、予防、対策等の項目を立て、私と肥満研究の大御所のブレイ教授を含む、米国、カナダ、スペイン、日本4か国の執筆者が、最新情報を加味して共同執筆したものです。最大のインパクトは、高度肥満の少ない日本が明らかにしてきた「脂肪の蓄積量が疾患を決めるのではない。本来、皮下脂肪の蓄積は過剰エネルギーへの正常な防御反応で、その不全によっておきる内臓脂肪(腸間膜脂肪)を中心とした異所性脂肪の蓄積が、肥満に伴う代謝異常や心血管病の発症の原因である」ということを強調した点にあります。

とくに、腹腔内の内臓脂肪の蓄積(内臓肥満)では、脂肪細胞機能が病的になり、アディポネクチンなどの抗糖尿病、抗動脈硬化、抗炎症作用などをもつ善玉の脂肪細胞由来生理活性物質(アディポカインまたはアディポサイトカイン)の分泌不全がおきるとともに、TNFα(腫瘍壊死因子α)、PAI-1(プラスミノーゲン活性化抑制因子1)、IL-6(インターロイキン6)などの炎症惹起アディポカインの分泌増加もおきることが、肥満関連疾患の発症メカニズムとして重要なことを強調しています。

―― どのような新たな知見や視点が紹介されたのでしょうか?

太るという現象が、「摂取エネルギーが消費エネルギーを上回ることによって脂肪細胞が肥大する」、あるいは「脂肪細胞が増殖し、脂肪組織が過剰に増加する」ことでおきる点に間違いはありません。ただし、体脂肪を構成する脂肪細胞は決して一様ではなく、皮下脂肪と内臓脂肪とでは、代謝的にも過剰エネルギーに対する反応においても大きな違いがあります。本総説ではこの点を示し、脂肪細胞にも「大半を占める白色脂肪細胞」と「エネルギー消費を亢進させる褐色脂肪細胞」があること、さらに「その中間的な性質をもつベージュ細胞もみつかったこと」などを紹介しています。

―― 診断、治療、予防などにどのように生かせるとお考えでしょうか?

診断に関しては、特に脂肪組織分析の最新手法を紹介しましたので、診療においても有用でしょう。また、心血管病ハイリスク肥満としてのメタボリックシンドロームの診断についても、欧米での基準とともに、各国固有の基準値を使うことを示しています。さらに、日本が先駆けて基本コンセプトを築いた内臓脂肪にも焦点を当てており、適切な対策の指針として使えます。

治療については、生活習慣改善、とくに食事療法、運動療法、薬物療法や外科療法の現状と問題点に言及しており、有用なテキストとして使えるようになっています。成因における遺伝学的な関与、エピジェネティックの重要性などにも触れています。

―― 本総説の臨床医や研究者にとってのメリットとは?

肥満に関しては、疫学や公衆衛生的な観点からの情報が多く、肥満の程度が極度に高い欧米の情報が必ずしも日本の実情に合致せず、グローバルな観点からの研究意欲が湧きにくい現状になっています。本総説では、肥満と疾患の関連が単に公衆衛生学的な次元のみではなく、脂肪細胞および脂肪組織の意義を質的にとらえる情報が盛り込まれており、グローバルな観点からの分析へのモチベーションを高めるのではないかと考えています。

―― 残された謎、解明すべき病態等はございますか?

多くの疾患は、病態に関連する細胞の分子生物学的な解析によって生理学的、病理学的な解明がなされていますが、脂肪細胞では成熟した脂肪細胞(脂肪で充満した細胞)の培養などが不可能であるため、未熟な脂肪細胞前駆細胞などを用いた研究にとどまっています。よって、成熟脂肪細胞の分析が可能になる実験手法の開発などが、今後の課題となると思います。

―― 若手臨床医へのアドバイスをお願いできますか?

肥満は生活習慣病の表現型であり、国や人種によって大きく異なります。つまり、グローバルな臨床研究を応用するだけでは、日本人に対する正しい認識や対策の十分な基盤になりません。よって、日常診療の中で一例一例きめ細かい臨床観察を行い、その中から疑問点を見出すことが大切でしょう。一方で、このような臨床研究には時間がかかり、現時点で多くの研究者が目的とする論文には簡単につながりません。一筋縄ではいきませんが、地に足の着いた臨床研究から出た新しい知見は必ず大きな基礎研究につながると考えています。

若い臨床医にも、軽視されがちな臨床研究から見出される情報が医学研究の基盤になるものと考え、日常の臨床で常に新しい現象を見出す気持ちを忘れないようにしてほしいと願います。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Nature Reviews Disease Primers 掲載論文

肥満

Obesity

Nature Reviews Disease Primers 3 Article number: 17034 (2017) doi:10.1038/nrdp.2017.34

Author Profile

松澤 佑次

大阪大学第二内科脂質研究室の一員として高脂血症、特に家族性高コレステロール血症の分析の延長で、動脈硬化症を伴う家族性高HDLコレステロール血症を発見し、これがコレステロール転送蛋白欠損症であることを解明した。肥満に関しては、当時研究室のテーマの一つであった高度肥満の症例があまり代謝異常などを持たないことに気づき、脂肪組織の分析をCTスキャンで行う方法を開発した結果、皮下脂肪ではなく腹腔内の内臓脂肪が肥満の多くの病態の原因であることを明らかにした。さらに、そのメカニズムを解明するために脂肪組織の分子学的分析に進み、脂肪細胞が多くの生理活性物質(アディポサイトカインと命名)を分泌する内分泌臓器であるという概念を初めて提唱した。その間、抗糖尿病、抗動脈硬化など多彩な善玉作用のあるアディポサイトカインとして今や多くの分野で検討されているアディポネクチンを1995年に発見した。

1960年4月 大阪大学医学部入学
1966年3月 同 卒業
1967年4月 大阪大学医学部第二内科学教室に入局、研究に従事
1977年10月 米国カリフォルニア大学サンディエゴ校留学
1988年5月 大阪大学講師 医学部(内科学第二)
1991年8月 大阪大学教授 医学部(内科学第二)
(平成15年3月任期終了)
(平成9年4月より大学院医学系研究科生体制御医学専攻分子制御内科学に名称変更)
2000年4月 大阪大学医学部附属病院長(平成14年3月任期終了)
2003年4月 大阪大学名誉教授
一般財団法人住友病院 院長(現職)
(平成24年3月まで財団法人)
松澤 佑次氏

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