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圧力の精密測定方法が更新へ

米国立標準技術研究所(NIST)が開発した「固定長光学キャビティ」(FLOC)。FLOCはレーザーを使って気体の圧力を測定する。 Credit: NIST

気体の圧力を極めて精密に測定でき、測定装置を校正するための新たな基準となり得る測定方法を米国の研究者たちが開発した。この新たな測定方法は、レーザーを使って気体中の原子や分子の密度を測定するもので、開発した研究者らは、1年以内に、1643年から使われてきた水銀圧力計に取って代わり始めるだろうとみている。

新たな圧力測定方法を開発したのは、米国立標準技術研究所(NIST;メリーランド州ゲイサーズバーグ)の計測学者Jay Hendricksらだ。圧力は、単位面積当たりの力で定義され、1パスカルは1m2当たりに1ニュートンの力が働くことをいう。これまで、大気圧以下の圧力の精密測定は、液柱型圧力計と呼ばれる装置で行われてきた。液柱型圧力計の代表例が、水銀柱を使った水銀圧力計だ。

水銀と管を使って大気圧を測定する実験を行ったイタリアの物理学者トリチェリ。1873年出版の書籍から。 Credit: Universal History Archive/Getty Images

水銀圧力計は、イタリアの物理学者エバンジェリスタ・トリチェリ(Evangelista Torricelli)が1643年に発明した。典型的な水銀圧力計は、水銀の入った垂直な管を備え、気体の圧力が水銀表面に及ぼす力と、水銀柱の重さが及ぼす力とを釣り合わせ、水銀柱の高さから圧力を測定する。圧力は、重力と、使われた水銀の密度の測定結果から導かれる。これまで、最も正確なのは水銀圧力計による測定だったが、計測学者たちは長く、液柱型圧力計に代わる技術を探してきた。

NISTの新しい圧力センサーは「固定長光学キャビティ」(FLOC)と呼ばれる。FLOCは、手で持てるほどの大きさのガラスブロック製で、2本のキャビティ(空洞)を備える。1本のキャビティには測定対象の気体が自由に入り込むようになっていて、もう1本のキャビティは真空に保たれている。

FLOCは、気体が入り込んだキャビティの中を進むレーザーの波長と、真空のキャビティの中を進む同じレーザーの波長の違いを検出する。光の速度と波長は気体の密度と共に変化し、その変化の仕方は原子の特性に基づいて計算できる。こうして得られた気体の密度(一定体積内の粒子数)とボルツマン定数と温度から、気体の状態方程式により圧力が得られる。

NISTの新測定方法が計測学界で広く受け入れられれば、有毒で、国際的な規制の対象になった水銀を使う必要性がなくなる。さらに、新しい方法では、液柱型圧力計のように密度などの他の量の事前測定に頼る必要がない。この技術は、測定装置を携帯しやすくし、測定時間も短縮するとみられ、航空輸送や半導体製造などの産業にも役立つ可能性がある。

国際単位系(SI)の7つの基本単位は2019年5月、人工的な基準や物体ではなく、全てが自然界の基礎定数に関連付けて再定義された(2018年1月号「国際単位系(SI)が変わる」参照)。今回の測定方法は、その方針を踏襲している。Hendricksは「私たちが採用した原理は適切なものです。この方法は、量子力学的な計算と自然界の基礎定数だけを使い、キャビティ内の気体粒子の数を数えることによって圧力を測定するものだからです。これは、計測学の観点からは素晴らしいことです」と話す。

NISTは、「一次標準」と呼ばれる、世界にわずかな数しかない、世界で最も正確な液柱型圧力計の1つを保有している。これは大型の装置で、他の全ての圧力計を校正する基準になっている。研究チームは、FLOCの性能が液柱型圧力計に匹敵することを2020年のうちに証明し、他の計測学研究機関にもその一次標準としてFLOCを採用するよう促したいと考えている。

研究チームによると、FLOCによる測定は、大気圧で100万分の6の不確かさを持ち、水銀圧力計とほぼ同等だが、低圧での不確かさは液柱型圧力計の3分の1だという。英国立物理学研究所(テディントン)の計測学者Stuart Davidsonは「この性能は見事です」と評価する。Hendricksは「液柱型圧力計はすでにその精度の限界に達していますが、FLOCは、その不確かさを改善する余地がたっぷりあります」と話す。

中国科学院理化技術研究所(北京)の計測学者、高波(Bo Gao)は、「理論的には、一次標準への校正のチェーン(連鎖)という、現在必要な退屈な作業なしに、誰でも圧力を基礎定数に基づいて測定することが可能になるかもしれません」と話す。高は、今回の測定方法と関連した方法で低温を測定する方法を研究している。

高は「この技術には潜在力があります」と話す。しかし、気体中の不純物の影響や圧力によるキャビティの変形など、いくつかの問題の解決が必要だ。研究チームは、不確かさを減らすために不純物などの問題に取り組んでいる。Hendricksは「1年以内に、特定の圧力では、産業界で使われるセンサーをNISTで校正するための一次標準としてFLOCを使えるようになるでしょう」と話す。

しかし、NISTは、他国の計測学者たちにも、FLOCが実地の測定に使えることを納得させる必要がある。NISTは、まずはFLOCをNISTの一次標準にすることを目指し、液柱型圧力計と比較した研究結果を論文で公表し、また、組織内部の審査を行う予定だ。それが済めば、NISTは国際度量衡委員会の下部組織に申し出て、ドイツの計測学研究機関、物理工学研究所(PTB;ブラウンシュバイク)にある従来型測定装置との比較をこの下部組織に監督してもらい、公式な評価を得ることになる。

計測学者たちが新たな測定方法を完全に受け入れるためには、別の研究機関で作られた第2のFLOCが同じ測定結果を与えることを確かめる必要があるだろう。PTBを含め、他の国立計測学研究所が同等の装置を開発中だが、まだ準備はできていない。Davidsonは「新たな実験結果が確認され、信頼を得るまでには長い時間がかかるでしょう」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190913

原文

Pressure’s 400-year-old measurement techniques get an upgrade
  • Nature (2019-06-20) | DOI: 10.1038/d41586-019-01950-9
  • Elizabeth Gibney