脳梗塞慢性期、制御性T細胞が神経を保護!
–– 脳梗塞と炎症について新たな成果を上げられました。
吉村: 脳梗塞後に起きる脳内の免疫反応について、マウスを用いた研究を10年以上続けています。これまでに、脳梗塞後1週間以内に起きる自然免疫系の炎症プロセスを明らかにしてきました1-4。今回は、炎症反応が収まるとされている脳梗塞発症後1〜2週間目以降の慢性期を対象とした解析を行い、この時期に脳内で制御性T細胞(Treg)が機能していることを突き止めました5。脳でのTregの存在はこれまで知られていませんでした。
–– 脳梗塞後1週間以内の炎症反応はどのようなものですか?
吉村: ヒトでは脳梗塞発症後数日以内が急性期とされ、脳浮腫を伴う炎症が起きます。マウスモデルでも同様で、発症1日目に炎症性マクロファージ(M1型)が脳の梗塞部位に浸潤し、死んだ脳細胞から放出される成分を認識してIL-1β、IL-23などの炎症性サイトカインを大量に分泌します。3日目前後には、γδT細胞が浸潤します。この細胞がIL-17を分泌して血管を傷害するなどして炎症をさらに広げることで、神経細胞を死に向かわせます。4日目以降になると、マクロファージが次第に修復性のM2型に転換していき、炎症反応を収束させます。数年前に伊藤さんは、IL-1βを活性化するインフラマソームという因子が、梗塞後の炎症に重要な役割を果たすことを明らかにしました4。
一方で、発症2週間目以降の慢性期については、免疫細胞の役割がほとんど解析されていませんでした。
–– 使用したマウスや、解析方法について教えてください。
伊藤: 生後10週程度の成体マウスの脳血管(中大脳動脈)を、外科的な処置により約60分間梗塞させ、その後血流を再開させたものを「脳梗塞モデルマウス」として用いました。具体的には、シリコンコートしたナイロン糸を首から頸動脈経由で中大脳動脈まで挿入し、人工的な虚血状態を60分間維持し、その後、糸を抜いて血流を再開します。虚血部位では脳組織が直ちに損傷を受けるため、処置直後は真っすぐに歩けない状態になります。
慢性期に入った2週間後には、マウスはかなり動き回れるようになるのですが、脳切片を観察すると、梗塞部位とその周囲にT細胞が集積していました。さらに、その周囲を「活性化したグリア細胞」が取り囲んで瘢痕化していることも分かりました(図1)。
そこで、薬剤を使ってT細胞の脳内への集積を阻害してみると、マウスの運動機能の回復が遅れました。この結果から、T細胞が神経症状の改善に寄与していることがうかがえました。集積するT細胞の種類を調べてみると、T細胞の中でもTregが多く、梗塞後14日目には約40%を占めていました。末梢血中のTregは通常10%以下なので、驚くべき割合です。
–– Tregとはどのような免疫細胞なのでしょう?
吉村: Tregは、過剰な免疫反応を抑える役割を担う細胞と理解されています。坂口志文先生(現 大阪大学免疫学フロンティア研究センター特別教授)が、自己免疫疾患やアレルギーを抑制する機能を持つT細胞として発見されたもので、さまざまな仕組みを介して免疫の過剰反応にブレーキをかけています。近年、Tregがリンパ節のような免疫器官だけでなく、筋肉や脂肪、肺などの組織にも存在し、各組織に特徴的な機能を有していることが分かってきました。現在は「組織Treg」と総称されています。例えば、筋肉のTregは神経末端を増やす、毛根組織のTregは発毛サイクルを促進するといった機能を担っています。ただし、脳に組織Tregが存在することは知られておらず、今回、私たちが初めて見いだしました。
–– Tregは脳でどのような機能を発揮していたのでしょう?
伊藤: その点を明らかにするために、慢性期のモデルマウスでTregを除去もしくは移植する実験を行いました。すると、前者では神経症状が悪化し、後者では神経症状が改善しました。つまりTregは、慢性期の神経症状を改善する役割を果たしているといえます。
次に、マイクロアレイを用いて脳のTregの遺伝子発現を網羅的に解析しました。脳Tregは他の組織Tregと似た遺伝子発現パターンを示したので、「組織Tregの仲間」と見なせます。ただし、脳のTregのみ、セロトニン受容体の一種(セロトニン受容体7)を発現していました。このことから、私たちは脳Tregが脳に特徴的な意義を果たす可能性を疑いました。というのは、セロトニン受容体7には、「環状アデノシン一リン酸(cAMP)」というシグナル伝達物質を産生する機能があり、cAMPはTregの増殖や機能強化に働くことが知られていたからです。そこで、脳のTregを取り出し、試験管内でセロトニンを加えてみたところ、Tregは活性化されて増殖しました。また、脳にセロトニンを局所注射した場合や、抗うつ薬の一種である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を投与した場合も、Tregの数が増加して神経症状が改善しました。
–– 神経症状の改善につながる分子メカニズムも分かったのでしょうか?
伊藤: はい。アストロサイトは過剰に活性化されると、神経毒になる物質を分泌することが知られています。つまり、アストロサイトの活性を抑え込むことが、神経症状改善につながったと解釈できます。そのメカニズムを明らかにするために、単離した脳Tregをグリア細胞(アストロサイトやミクログリア)と共培養し、どのような変化が起きるかを分子レベルで解析しました。すると、アストロサイトの活性化に必要な炎症性サイトカイン(IL-6)の産生が抑制される現象が見られました。さらに、Treg由来のアンフィレグリンというサイトカインが、脳内でグリア細胞のIL-6産生を阻害してアストロサイトの活性化を抑制することも突き止めました。
–– 一連の成果から、どのようなことが明らかに?
吉村: 大きく、3点あります。1点目は、脳梗塞を起こした脳にTregが存在すると示した点です。これまでは脳梗塞などの組織損傷において、慢性期には炎症は収束し免疫は関係しないと考えられてきました。しかし、Tregが大量に存在するために炎症が収まっているように見えるだけで、実際には活発な免疫応答が起きていたのです。
2点目は、脳梗塞慢性期のTregがセロトニン7受容体を発現し、この受容体を介して自身を増殖・活性化させていること。3点目は、脳Tregが免疫細胞ではないアストロサイトと相互作用し、脳の損傷の修復に寄与することが分かったこと。他の組織Tregにおいても、非免疫細胞との相互作用が注目されてきています。以上の点から、免疫細胞による組織修復機構を解明することは今後、重要な研究領域になるといえるでしょう。
–– 脳梗塞の治療や創薬としての可能性は?
吉村: まず考えられるのは、患者の末梢血からTregだけを集めて脳内に直接投与する方法で、マウスで検討を始めています。Tregは比較的長期間生存し、組織中で増殖しますので、一度投与すれば効果が続くと期待できます。ただし、侵襲性がありますので、SSRIのような経口内服できる薬の開発も重要だと思います。SSRIはすでに脳梗塞患者のうつ症状を改善するために使われていますが、アストロサイトの活性を抑え込む効果まで期待できるかは、さらなる研究による検証が必要です。
まだアイデア段階ですが、Tregを増やす抗原を探索し、それをワクチンとして接種する方法も考えられます。
–– 解明すべき点は残されていますか?
吉村: 1つは、脳のTregでのみセロトニン受容体などが発現する仕組みです。リンパ組織で作られたTregが脳に入ると、どこかで教育を受け、脳Tregの性質を付与されるのだと思いますが、その仕組みは全く分かっていません。
もう1つは、B細胞などの獲得免疫に関与する細胞が、慢性期の脳でどのように活動しているかです。今回はTregがアストロサイトと相互作用することを突き止めましたが、B細胞にも脳細胞との相互作用があるのではないかと考えています。
–– 今後の研究のご予定は?
伊藤: 多発性硬化症やパーキンソン病、アルツハイマー病などでも、モデルマウスを用いて検討を始めています。多発性硬化症は自己免疫疾患、他の2つは神経変性疾患ですが、神経細胞が死ぬ際に炎症が起こることが分かっています。脳梗塞と同様にTregが集積するので、機能や治療への応用の可能性を検討したいと考えています。
吉村: 私の研究室では、がんにおけるTregの機能も研究対象にしています。脳梗塞では病態改善に寄与するTregですが、がん組織ではがんを増悪させています。またTregを生み出す遺伝子産物は、腫瘍免疫においてはT細胞を疲弊させることも分かってきました6。Tregは、コインの表裏関係のような側面を持っています。これからも免疫学的アプローチで研究を続けていく予定です。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村 尚子(サイエンスライター)
Author Profile
吉村 昭彦(よしむら・あきひこ)
慶應義塾大学医学部 微生物学・免疫学教室 教授
1981年京都大学理学部卒業。博士(理学)。九州大学生体防御医学研究所教授などを経て2008年より現職。T細胞を中心に自己免疫と腫瘍免疫のメカニズム解明および治療応用に挑んでいる。
伊藤 美菜子(いとう・みなこ)
慶應義塾大学医学部 微生物学・免疫学教室 講師
2011年九州大学医学部生命科学科卒業。同大学院にて修士号取得後、慶應義塾大学医学研究科にて博士号(医学)取得。特任助教を経て2019年より現職。2016年日本学術振興会育志賞受賞。脳梗塞をはじめとする脳内炎症における獲得免疫の意義の解明と新規治療法の開発を目指す。
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190514
参考文献
- Shichita, T. et al. Nature Medicine 15, 946–950 (2009).
- Shichita, T. et al. Nature Medicine 18, 911–917 (2012).
- Shichita, T. et al. Nature Medicine 23, 723–732 (2017).
- Ito, M. et al. Nature Communications 6, 7360 (2015).
- Ito, M. et al. Nature 565,246–250 (2019).
- Chen, J. et al. Nature 567, 530–534 (2019).