News

精神疾患の臨床試験のあり方を見直す動き

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140607

原文:Nature (2014-03-20) | doi: 10.1038/507288a | NIH rethinks psychiatry trials

Sara Reardon

米国立精神衛生研究所(NIMH)は、精神疾患の根底にある原因を探らずに症状の軽減だけを目指す研究には、今後、資金を提供しない意向を明らかにした。

Insel所長の決断は、賛否両論あるが、対症療法になりがちであった精神疾患治療を根本から変える可能性を秘める。

Credit: THINKSTOCK

米国メリーランド州ベセスダに本部を置くNIMHの所長であるThomas Inselは、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式の臨床試験のあり方に以前から少々うんざりしていた。精神医学的な療法の臨床試験がたとえ失敗しても、研究者は少なくとも試験の過程で脳に関する何らかの情報を得るべきだ、というのが彼の考えだ。

そして現在、Inselはその考えを実行に移しつつある。NIMHはすでに、患者の症状を軽減する対症療法だけを目的とする臨床試験への資金提供をやめることを決定した。Inselは2014年2月27日付のブログ投稿で、今後の臨床試験について、「試験する治療的介入が治療法として期待できるかどうかを見るためだけでなく、疾患の発症機序に関する情報を得るための『探針』にもなるように、実験医学的な取り組み方をしていただきます」と、方針転換を告知したのだ。この資金提供条件の転換は2、3カ月以内に実施される予定で、これが研究助成金に影響を及ぼすことは必至であり、抽象性の強い精神医学から神経生物学的な疾患原因への重心移動というNIMHの姿勢は一層強まることになる。

「これは我々にとって全く新しい試みです」と、NIMH成人トランスレーショナル研究部門のディレクターである臨床心理学者Bruce Cuthbertは話す。Inselの指摘によれば、2013年にNIMHが臨床試験に費やした金額はおよそ1億ドル(約100億円)に上った一方で、助成を受けたプロジェクトの半数以上は、疾患に関与する生物学的プロセスの検証を何一つ求められることなく資金を受け取っていた。「否定的な結果が得られてもその理由が分からず、別の実験を手当たり次第に試みるということになれば、多くの場合、とんでもない浪費につながります」とCuthbert。

新しいルールは、2014年6月に始まる助成金サイクル(申請から助成を受けた試験の終了までの一連の手続き)から適用される予定で、透明性を高めるために、オンラインでのより迅速な臨床試験登録や、より厳しい結果報告ガイドラインへの対応を求めている。この新しいガイドラインを満たすためには研究の練り直しが必要になる可能性があることをInselは認めており、「この改革は不評を買うでしょう」と話す。

もっとも、議論が巻き起こることをInselが恐れていないのは過去の経緯からみても明らかである。彼は2013年4月に、NIMHは今後、米国精神医学会による診断ガイド『精神障害の診断と統計の手引き』の最新版である第5版(DSM-5)を使って精神疾患を分類しないと発表して、関係者を驚かせた前歴があるからだ(Nature 2013年5月10日オンライン掲載http://doi.org/rvd参照)。DSM-5では患者を症状ごとに分けて扱おうとしているが、症状に注目しても、患者の脳のどこに異常があるのか正確につかめないことが多いのだ、と彼は話す。こうした行き当たりばったりの臨床試験のやり方では、たとえ症状が軽減されても症状の原因は解明できないと考えられる。「我々がこれまで調べてきたのは薬剤の効果であって、疾患そのものではなかったのです。現在の臨床試験は、とにかく何かを標的に投げつけて、Pの値が0.05未満(つまり統計的に有意)という結果が得られれば勝ち、というゲームにすぎません」と彼は話し、そうした考え方は時間とお金の無駄だと付け加える。

コロンビア大学(米国ニューヨーク州)の精神科医Michael Firstは、試験対象とする患者群の選択を誤った場合にも、試した治療法の効果が実際よりも低く見える可能性があると話す。例えば、DSMの基準では「うつ病」と診断された人を対象にした治験で、ごく一部の人にしか効果が見られなかった治療法は、日々を楽しく過ごすことが困難であるなどの「具体的な」形質を持つ全ての人々にとっては非常に効果的なものかもしれない。治療法が効く仕組みに関して何らかの仮説をもって臨床試験に臨むことで、その試験を拡大するかやめるかを迅速に決めることができるのではないかとFirstは言う。製薬会社はこうしたやり方を導入することで、新しい種類の精神疾患治療薬を開発しようという気持ちを維持できるかもしれない。多くの企業は、数十年にわたって研究の失敗を重ねた結果、新しい種類の治療薬の開発を諦めてしまっているのが現状なのだ。

しかし、Firstと同じコロンビア大学の精神科医Harold Pincusは、NIHMが考えるデータ重視のやり方は確実とは言えないと警告する。臨床試験の焦点をより具体的な生物学的標的に集中させるためには、被験者たちを動員および分類する方法について非常に慎重に考慮する必要があるからだ。カーディフ大学(英国)の神経科学者Michael Owenもこの意見に賛同し、「実験群の選定にこの診断ルールブック(DSMのこと)を用いないというのであれば、先の見通しは誰にとっても非常に残念なものになるでしょう」と彼は話す。

他の人々は、NIMHの新しいやり方に強く反対している。デューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)の名誉教授である神経科医Allen Francesは、脳科学への重点化は患者を犠牲にして成り立つものだと懸念を示し、「達成が非常に難しいことに、持てるもの全てを賭けてはいけません。目の前にいる患者さんたちを無視するのは恥ずべき問題であり、また、未来になれば科学で全てが解決されるなどという話は絵空事です」と指摘する。もちろん、脳の働きの解明は目標として素晴らしいものだが、「そうした研究が誰かの役に立つまでには何十年もかかるでしょう」と彼は話す。

一方、Inselは、NIMHが資金提供する臨床試験に対して、「患者の症状を改善し続けること、またそれと同時に、患者の脳がどう働いているかも探り続けることを求める」という主張を崩さない。生物学的な機序を重要視する彼の姿勢は、NIMHの母体組織である米国立衛生研究所(NIH)においては珍しいものではない。同じくNIHの傘下にある米国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS;米国ベセスダ)は、抽象的な一連の症状ではなく、脳内の特定の標的を狙う治療法へと徐々に重心を移しつつある。「これまで我々は皆、脳をブラックボックスとして扱うことで、かなり痛い目にあってきたのです」とNINDSの副ディレクターである神経学者Walter Koroshetzは話す。

Koroshetzはそれに加えて、仕組みが解明されているか否かで違いがあると話す。例えばパーキンソン病などの神経疾患の仕組みについてはすでに多くのことが分かっているため、動物で効果のあった薬剤をヒト用に調整するなどの別の課題に取り組むことができる。精神医学がそうした適切な標的をつかめるようになるまでの道のりは長い。「関係者の皆さんには申し訳なく思っていますが」とKoroshetzは語った。

(翻訳:船田晶子)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度