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銃と戦う男

米国には人口とほぼ同数の銃がある。不幸なことに、この事実がもたらす結果について調べる研究者は、非常に少ない。銃の力が信じられている米国の常識に、敢然と立ち向かう1人の救急医がいる。

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RAMIN RAHIMIAN/GETTY IMAGES FOR NATURE

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130712

原文:Nature (2013-04-25) | doi: 10.1038/496412a | The gun fighter

Meredith Wadman

2013年3月、米国カリフォルニア州サンフランシスコで開かれていた小児科救急医療に関する学会で、パリッとした青いスーツに細縁眼鏡をかけて演壇に登ったGaren Wintemuteは、とうてい危険人物には見えなかった。けれども、学会の主催者たちは、ハラハラしながら壇上の彼を見守っていた。

Wintemuteは、救急医としてよりも、カリフォルニア大学デービス校の暴力予防研究プログラムの責任者としてよく知られている。米国における銃の影響について、彼がこれまで発表してきた論文は数十本にのぼる。米国では、銃を所有することが一般的で、その規制もゆるやかであるため、犯罪者や潜在的に狂暴な人物であっても銃を容易に入手することができる。Wintemuteは、法の目をかいくぐって武器を購入する人々の様子を記録するため、隠しカメラを仕込んで銃の展示会に潜入するなど、ユニークな研究手法を用いている。彼はまた、カリフォルニア州議員と協力して銃規制を制定し、いくつかの銃器メーカーを廃業に追い込むのを手伝った。

学会に資金を出している米国保健社会福祉省(HHS)の一支局にとって、このような背景を持つWintemuteは、潜在的に危険な講演者だった。なぜならHHSは、銃規制を擁護または奨励するあらゆる活動に資金を提供することを、法律によって禁じられているからだ。学会の主催者はあらかじめWintemuteに、「事実だけを述べ、銃規制には触れないように」と注意してあった。しかし、2012年12月にコネチカット州ニュータウンの小学校で20人の児童と6人の教師が殺害された銃乱射事件が起こり、国内がまだ動揺しているときにWintemuteが何を語るつもりなのか、学会の主催者は確信を持つことができなかった。

Wintemuteは事前に注意されていたとおり事実だけを述べたが、銃による暴力の研究の大半を不可能にする助成禁止について、自分がどのように感じているかを明確に伝えようとした。「我々には人手がありません」、と彼はその場に集まった医師たちに言った。

実際、この法律により、米国の医学研究には顕著なアンバランスが生じている。2011年には、米国での銃による死亡者数は3万1000人を超えている(「銃による死亡者数」参照)。しかし、銃による暴力を専門とする米国の学者は20人に満たず、その大半が、経済学者、犯罪学者、社会学者なのである。Wintemuteは、この分野を専門とする数少ない公衆衛生学者の1人であり、複数の助成金のほか、個人資産も100万ドル近く投じて、研究費をまかなっている。

銃の展示会に潜入するという手法をとったことで、Wintemuteは身の危険を感じるようになり、銃を所有する権利を擁護する人々の一部からは、「彼は研究者ではなく偏見に満ちた運動家だ」と非難されている。

けれども、Wintemuteとは反対のイデオロギーを持つ人々の中にも、彼の研究を称賛する者が少数ながら存在している。銃所有者の権利を擁護するシンクタンクであるインデペンデンス研究所(コロラド州デンバー)の研究部長David Kopelは、「研究の腕前という点では、Garenはトップクラスの研究者です」と言う。

現在61歳のWintemuteは、自分の情熱についても研究手法についても言い訳はしない。「研究の自由は大切です。私は、心の底からそう信じています」と彼は言う。「なんの落ち度もない多くの人が銃によって命を落とし、ほとんどの米国人がこの問題に背を向けている今こそ、研究が必要なのです」。

銃で撃たれた患者の大半は救えない

Wintemuteはカリフォルニア州ロングビーチの家で育った。父親は第二次世界大戦で叙勲した退役軍人で、旧日本軍将校の銃剣付き歩兵銃、ウィンチェスター・カービン銃、マーリン22口径ライフル銃を寝室の戸棚に保管していた。Wintemuteは射撃を覚え、狩猟に連れていってほしいと父にねだった。腕前を示すチャンスが訪れたのは、12歳くらいのときだった。父親から、会社の倉庫の垂木にいるスズメを追い払うのを手伝うように言われたのだ。

うまく狙いをつけられた、とWintemuteは回想する。「けれども、自分が撃ち落としたスズメを拾い集め、死んでゆく姿を見守り、冷たくなったのを感じたとき、もうこんなことはしないと決めたのです」。

彼は、エール大学(コネチカット州ニューヘイブン)の学部生時代に海洋学と神経科学に手を出したが、最終的には医師になることを決意した。そして、カリフォルニア大学デービス校の医学部を卒業し、同大学で家庭医療の研修を終えると、1981年にタイとの国境に近いカンボジアのノン・サメット難民キャンプに医療コーディネーターとして赴任した。難民キャンプはポル=ポト派の支配から解放されたばかりの地域にあり、Wintemuteは毎日のように銃創の治療をした。地雷の破片による怪我は、さらに多かった。電気はなく、切断手術は局所麻酔薬を使って行われた。

「難民キャンプでは、全員が無事にそろっている家族はありませんでした」とWintemuteは回想する。「誰もが近親者を失っていました。そんな場所で日々を送るうちに、『自分は戦わなければならない。これ以上傍観者でいることはできない』と思うようになったのです」。

Wintemuteにとっての戦いは、銃を手にすることではない。まずは国際的な保健について大局的に見る必要があると考えた彼は、カンボジアを去り、ジョンズホプキンス大学(メリーランド州ボルチモア)の公衆衛生学の1年制修士課程に入学した。そこで最初にとった講座の1つは、元法廷弁護士のStephen Teretが講師をつとめるものだった。Teretは現在、ジョンズホプキンス大学法律・公衆衛生センターの所長である。

Teretは、1982年9月に、このクラスの学生たちが自己紹介をしたときのことをよく覚えている。彼は、若きWintemuteのカリスマ性と雄弁さに目を見張り、「自分はこの青年と親しくなるだろうと思いました」と言う。実際、2人はすぐに友人となり、協力者になった。

それから数か月後の寒い冬の朝、Teretの友人夫妻が、1歳9か月の息子をベビーシッターの女性の家に送っていった。正午頃、ベビーシッターが幼児を寝かしつけて部屋を出ると、入れ替わりに彼女の4歳になる息子が入ってきて、近くの戸棚から父親の拳銃を取り出し、眠っている幼児に向けて引き金を引いた。拳銃には弾が込められていて、幼児は頭部を撃ち抜かれた。

この事件から数週間後、Teretは、自動車事故による負傷から銃による負傷へと、主要な研究テーマを切り替えた。銃による負傷は、公衆衛生研究がほとんど行われていない領域だった。WintemuteはTeretの研究を手伝うようになった。彼らの最初のプロジェクトは、銃による不慮の死を予防する安全技術を取り入れていない銃器メーカーを相手取って訴訟を起こすための法的戦略を紹介する法律レビュー論文だった1

Wintemuteは、銃による負傷の研究に集中するため、カリフォルニア大学デービス校に戻った。彼は、カンボジアとカリフォルニア州サクラメントの救急治療部で厳然たる事実を学んでいた。それは、医師である自分には、銃で撃たれた患者の多くを救うことができないという事実である。銃による死亡者の大半は、病院に到着する前に絶命していた。彼は、銃による死亡者数を減らしたいなら、銃が発砲されないようにする必要があると悟ったのだ。

『子どもが子どもを撃つとき』

ある日、サクラメント東部の丘陵地帯をジョギングしていたWintemuteは、ふと、「銃による負傷の問題を人々が無視できないようにするためには、どのような事例を突きつければよいだろうか?」と考えた。ジョギングから戻ってきたとき、彼は、Teretの友人夫妻の人生をめちゃめちゃにした銃撃事件に焦点を合わせることを決意していた。

1987年6月、Wintemuteは『子どもが子どもを撃つとき:カリフォルニア州における88の意図せぬ死』という論文を発表した2。そして、これらの事例の36%で、銃を撃った子どもは、銃に弾が込められていないと思っていたか、本物ではないと思っていたか、こうした違いがわからないほど幼かったと報告した。また、銃による致命傷の40%は、子どもが自身で加えたものだった。その中には5歳と2歳の少年による2つのケースがあり、いずれも38口径のリボルバーを使用して(銃はそれぞれ枕の下と両親の寝室に置かれていた)、自分の頭を撃ってしまった。

問題の1つの側面を例示するため、Wintemuteは銃撃に使われた銃をサクラメント市の検死官からいくつか借り受け、それらに対応するモデルガンを購入し、2つずつ並べてベニヤ板に貼り付けた。そして、論文を発表するときに記者会見を開いた。記者会見に参加した記者の うち、モデルガンと本物の銃を見分けることができた者はほとんどいなかった。Wintemuteのこの研究と、その年に起きたほかの事件がきっかけとなり、モデルガンに関する詳細な調査が行われた。1987年12月には、おもちゃの小売業者が、本物に酷似したモデルガンを店に陳列するのをやめるようになった。翌年には、カリフォルニア州がモデルガンの販売と製造を禁止した。

Wintemuteは、銃産業と銃がもたらす公衆衛生的結果とを結びつけることで、銃器の製造に圧力をかけ、望ましい変化を引き起こすことができると確信するようになった。その具体的な方法を考えているとき、Wall Street Journalに掲載された1つの記事が目にとまった。それは、ある一族がカリフォルニア州ロサンゼルス内外に所有する6社の銃器メーカーについての記事だった。彼らが製造する「サタデー・ナイト・スペシャル」と呼ばれる小口径の安価な拳銃は、作りが粗悪で、安全装置が不十分で、犯罪(特に青少年による犯罪)に利用される率が飛び抜けて高かった。

Wall Street Journalの記事には、6社を経営する一族に関する詳細な事実が記されていたが、Wintemuteは、さらに突っ込んで調査することにした。その成果が彼のRing of Fireという書籍に結実し、1994年に出版された。内容は、1992年に米国製の拳銃の34%を製造していた6社の事業とその影響について解説するものだった。

弁護士のSayre Weaverによると、Ring of Fireはサタデー・ナイト・スペシャルの問題点を容赦なく暴き立て、「この書名は地方自治体の立法活動を進める際のスローガンになりました」という。彼女はサタデー・ナイト・スペシャルの販売を禁止するウェストハリウッド市の条例づくりに協力し、ロサンゼルスの複数の地方自治体がこれに続いた。1999年にはカリフォルニア州議会も拳銃の製造と販売を禁止した。数年以内に、Ring of Fireの6社のうち5社が廃業に追い込まれたのだった。

全米ライフル協会のロビー活動

Wintemuteの著書は大きな影響を及ぼしたが、研究の方はまもなく暗礁に乗り上げてしまった。彼は当時、米国疾病管理予防センター(CDC、ジョージア州アトランタ)から研究助成金を受けて、過去に軽罪の有罪判決を受けたことのある拳銃購入者が新たな犯罪(特に、銃と暴力にかかわる犯罪)を起こして告発される可能性が、犯罪歴のない拳銃購入者に比べて高いかどうかを調べる「後ろ向きコホート研究」を行っていた(米国の多くの州が、暴行などの軽罪で有罪判決を受けたことのある人物が拳銃を購入することを許可している)。

しかし、Wintemuteの研究が進むにつれて、助成金の出所であるCDCが全米ライフル協会(NRA)から攻撃されるようになった。NRAは、バージニア州フェアファックスに本部を置く強力なロビー団体で、銃の所有を支持している。NRAのリーダーたちは、CDCが、別の研究者の銃に関する研究に助成金を出したことに激怒していた。その研究により、自宅に銃を置いている人が殺害される可能性が、銃を置いていない人の2.7倍も高いことや3、自殺する可能性が4.8倍も高いことが明らかにされたからだ4

1996年に、NRAはアーカンソー州選出の共和党下院議員Jay Dickeyを説得して、CDCが銃規制を擁護または奨励することを禁止する付帯条項を予算法案に追加させた(この付帯条項は、以後毎年付けられている)。「Dickey修正」と呼ばれるこの付帯条項により、CDCの1997年の助成金から260万ドルが取り上げられた。これは、CDCが前年に銃に関する研究に提供したのと同じ金額である。

Wintemuteは、1996年には、この研究のためにCDCから29万2000ドルの助成金を受けていたが、Dickey修正が付けられた後は、研究プログラムを終了させるための5万ドルしか受け取れなかった。

2012年には研究の規制が拡張されて、CDCの親機関である米国保健社会福祉省(HHS)の全体に及ぶようになった。その影響は大きかった。Mayors Against Illegal Gunsという団体がElsevier社のScopusデータベースの分析を行ったところ、米国の銃とその影響に関する研究論文の比率が、1996年から2010年にかけて60%も減少していることが明らかになった。

米国の銃に関する論文の比率は減少したが、国民1人当たりの論文数は、他の国よりまだ多い。とはいえ、ほとんどの先進国の銃の所有率は米国よりはるかに低いため、こうした国々では銃に関する研究の優先順位が低いのかもしれない(「銃社会の現状」参照)。例えば英国では、1996年にスコットランドのダンブレーンの小学校で16人の児童と1人の教師が銃を持った男に射殺されるという事件を受けて、1998年に個人による拳銃の所有が禁止されている1

規制が課された後も銃の研究をあきらめなかった点で、Wintemuteは珍しい存在だった。彼がCDCの代わりに頼ったのは、健康管理や健康教育に関する 研究を支援するカリフォルニア健康財団(ウッドランドヒルズ)という大規模な民間慈善団体だった。財団は、彼が研究を進めるために必要な資金を提供した。Wintemuteは、許可を得て拳銃を購入した約6000人を追跡した(その多くが15年にわたって追跡された)。その結果、軽い暴力犯罪で複数回の有罪判決を受けていた拳銃購入者が、その後、重い暴力犯罪で告発される可能性は、犯罪歴のない拳銃購入者の15倍も高いことが明らかになった5

今日、Wintemuteはカリフォルニア大学デービス校で暴力予防研究プログラムを4人体制で運営している。1年当たりの運営予算は約30万ドルで、連邦政府からの助成金はなく、カリフォルニア健康財団から5万ドルの助成金を受けている。2012年までは、カリフォルニア州司法省と米国司法省からもかなりの額の助成金を受けていた。2005年以降、彼は自分自身の貯金と株式の売却益から、このプログラムに94万5000ドルを寄付している。

2012年7月、同大学はWintemuteのプログラムを支援するため、彼に1年当たり7万5000ドルの教授職を2つ授与すると発表した。彼はすでに1つの教授職に就いていて、近いうちに、もう1つの暴力疫学の教授職にも就くことになっている。

Wintemuteに新たな教授職が提供された時期は、この分野の動きが活性化した時期と重なっている。2012年12月に発生した小学校での銃乱射事件を受けて、オバマ大統領はCDCに、銃による暴力の原因とその予防法についての研究を再開するように命じた。2013年4月10日に彼が議会に提出した2014会計年度概算要求では、この研究に1000万ドルを提供するよう求めている。Wintemuteは 4月下旬にワシントンD.C.を訪れ、CDCに助言をするために組織された米国医学研究所のパネルに対して、この分野の研究の中で最も急を要する課題について説明した。

潜入調査でわかった驚くべき実態

1980年代に銃に関する研究を始めたとき、Wintemuteは、銃文化にどっぷりつかってみようと決意した。彼はNRAに加入し、デービスのライフルとピストルの愛好会に入会して、屋内練習場で射撃の練習をした。1999年には、銃の展示会を訪れるようになった。そこは、人々が銃を購入する現場を観察するのに理想的な場所だった。「銃の展示会は、動物園のような場所です」と彼は言う。「そこに行けば、多種多様な行動をまとめて観察することができるからです」。

最初に訪れたウィスコンシン州ミルウォーキーの展示会で彼の注意を引いたのは、銃の広告に使われる文言だった。そこでは、当局から認可を受けた小売業者が、ピストルグリップ仕様のモスバーグモデル500散弾銃の横に、「都会でのハンティングに最適」というポスターを貼っていた。サベージライフルの横のポスターには、「ゲットー狩りにうってつけ」と書かれていた。

Wintemuteは、銃を人殺しの道具として宣伝する露骨さに驚いたという。「それは明らかに世の中に広く知らしめるべき事実であり、私には証言する義務がありました。けれども私は、そのことを定量的、科学的に語る方法を考え出したかったのです」。

彼が展示会での調査方法を考案し、自信を持ってデータの収集を始められるようになるまでには、数年間の試行錯誤が必要だった。彼は当時、腰まで届く長い髪をポニーテールにしていたが、人ごみの中で目立たないようにそれを切った。そして、小型カメラを購入し、側面にレンズと同じ大きさの孔を開けたパンダリコリス(甘草で風味をつけたキャンディー)の袋に入れた。ペンやメモ帳を持っていると人目につくので、携帯電話からオフィスのボイスメールに長いメッセージを記録できるようにした。彼は後に、シャツのボタンのように見えるビデオカメラも追加した。

Wintemuteは何度か許可なく写真を撮影したことを咎められ、保安員に携帯電話を一時的に没収されたが、携帯電話を調べられても画像が発見されることはなかった。彼によると、そんなごたごたの後で、数人の男たちが展示会場の外でWintemuteを襲撃する計画を立てているのを同僚が漏れ聞いたこともあったという。そのときは会場からこっそり抜け出し、事なきを得たそうだ。

合計すると、彼は19の州で開催された78の展示会に足を運び、携帯電話での通話に没頭しているふりをして会場をぶらついた。この調査に基づく論文の主な知見は、銃の展示会が厳しく規制されているカリフォルニア州では、他の州に比べて、違法な身代わり購入、すなわち、法律により銃の購入を禁じられている人のために別人が購入することが少ないという事実であった6

2008年には、展示会場からWintemuteをつまみ出そうとする動きが出てきた。WarOnGunsというブログの執筆者のDavid Codreaは、「警戒!この顔を見たら、直ちに保安員に通報を」という言葉を添えて、インターネット上にWintemuteの写真を掲載した。そして、隠しカメラとレコーダーを持って展示会場をうろつく「銃反対派の自称研究者」と揶揄した。

けれどもWintemuteによると、その頃には銃文化について知りたいことはすべて学んでしまったので、展示会に足を運ぶ必要はなくなっていたという。

厳格な研究姿勢が真実に迫る

2013年3月、Wintemuteがサンフランシスコで救急医療研究者に向けて講演を行った翌日、NRAは、銃を規制する法律が多い州ほど銃による死亡率が低いと報告する研究7を痛烈に批判するコメントを発表した。

NRAは、この論文を攻撃するために、意外な人物のコメントを引用した。この論文に対する反証を同じ学術誌に発表していたWintemuteのコメントである8。彼は、著者らが1つの州での銃の所有率を考慮すると、銃を規制する法律が多いほど銃による死亡者数が少ないという関係は消えてしまうと指摘した。つまり、銃を規制する法律により銃の所有率が抑制されることで人々の命が救われているのか、それとも、元から銃の所有率が低い州では銃を規制する法律の制定が容易であるのかを判断することができないというわけである。彼自身は、後者のほうが可能性が高いだろうと考えている。

Wintemuteに批判された論文の著者の1人であるボストン小児病院(米国マサチューセッツ州)の救急医Eric Fleeglerは、「銃に関連した殺人については、銃の所有率を考慮しても、銃を規制する法律が多い州ほど銃に関連した殺人は少なくなっています」と反論する。

論理的でないと思った論文をWintemuteが批判するのは、これが初めてではない。その論文が、彼自身が望ましいと考える方策を提案するものであっても容赦はしない。彼は、効果がないと考える方策に対しても手厳しい。銃の所有を制限しようとする方策であっても例外ではない。例えば彼は、1994年に制定された連邦攻撃武器規制法を繰り返し批判している。理由の1つは、この規制が容易にかいくぐれることにある。その代わりに、彼は研究により明らかになった3段階の方法を提唱する。第一に、米国内での銃の販売のすべてに身元調査を必要とすること、第二に、アルコール乱用者と軽い暴力犯罪で有罪判決を受けた人物による銃の購入を禁止すること、第三に、銃の所有に関する現行の連邦法による制限を改正して、精神障害者や自己または他者に暴力をふるう危険性がある人物を把握しやすくすることだ。

Wintemuteとは反対のイデオロギーを持つ人々の中には、彼の厳格さに敬意を表する者もいるが、彼の研究には、自衛のための銃の価値を矮小化するような方法で文献を都合よく引用するなど、銃反対派の偏見が現れていると批判する者もいる。

NRAのロビー活動部門である立法活動研究所(フェアファックス)の研究情報部長John Frazerは、「我々は、彼の研究を長年にわたって見つめてきました。銃賛成派の研究者は、同じだけ長く、彼の研究を批判してきました」と言う。

銃の展示会でのWintemuteの調査方法も批判されている。インデペンデンス研究所の研究者であるKopelは、Wintemuteの隠しカメラ作戦は「不真面目なやり方」だったと言う。「彼のように優秀な男なら、もっときちんとした方法でデータを見て、分析できるはずです」。

Wintemuteは、現在、新しいプロジェクトに集中している。彼は、カリフォルニア州で合法的に銃を購入した後に、暴力犯罪を起こしたり、家庭内暴力による禁止命令を受けたり、精神障害により暴力をふるう可能性があると判断されたりして銃を所有する権利を喪失した約2万人について調べるために、無作為化試験を計画している。他の州とは違い、カリフォルニア州当局は、こうした人々から銃を取り上げ始めている。彼は、速やかに銃を取り上げられた人々と、長期にわたって銃を持ち続けた人々の再犯率を比較することで、この規制の効果を検証したいと考えている。

Wintemute自身については、当面は、カリフォルニア州か民間助成団体から研究助成金を受けなければならないだろう。彼は、連邦議会がCDCの銃に関する研究助成金を速やかに承認するとは期待していない。連邦議会が助成金を承認するか否かにかかわらず、Wintemuteは30年前に始めた研究を今後も続けるだろう。彼にとって、人々の苦痛を取り除くことは、医師としての使命の1つである。「銃による暴力について1980年代初頭に言われていたことのすべてが、今日もまだ当てはまります」と彼は言う。「暴力は根本的に不当なものです。暴力を求める人はいません。暴力が人々に襲いかかってくるのです」。

(翻訳:三枝小夜子)

Meredith Wadman は、ワシントンD.C. 在住の Nature の記者。

参考文献

  1. Teret, S. P. & Wintemute, G. J. Hamline Law Rev. 6, 341-350 (1983).
  2. Wintemute, G. J., Teret, S. P., Kraus, J. F., Wright, M. A. & Bradfield, G. J. Am. Med. Assoc. 257, 3107-3109 (1987).
  3. Kellermann, A. L. et al. N. Engl. J. Med. 329, 1084-1091 (1993).
  4. Kellermann, A. L. et al. N. Engl. J. Med. 327, 467-472 (1992).
  5. Wintemute, G. J., Drake, C. M., Beaumont, J. J., Wright, M. A. & Parham, C. A. J. Am. Med. Assoc. 280, 2083-2087 (1998).
  6. Wintemute, G. J. Inj. Prev. 13, 150-155 (2007).
  7. Fleegler, E. W., Lee, L. K., Monuteaux, M. C., Hemenway, D. & Mannix, R. J. Am. Med. Assoc. Intern. Med. http://dx.doi.org/10.1001/jamainternmed.2013.1286 (2013).
  8. Wintemute, G. J. J. Am. Med. Assoc. Intern. Med. http://dx.doi.org/10.1001/jamainternmed.2013.1292 (2013).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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