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「生きた化石」のゲノム解読

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130709

原文:Nature (2013-04-18) | doi: 10.1038/496283a | ‘Living fossil’ genome unlocked

Chris Woolston

古代から生き残る魚類シーラカンスの遺伝子は、遠い過去について、多くを語ってくれる。

Credit: LAURENT BALLESTA/ANDROMÈDE COLLECTION

1938年、南アフリカの1人の漁師が、原始時代にでもいそうな風貌の青い魚が網にかかっているのを見つけた。本人は気付かなかったが、この体長1.5mの魚こそ、20世紀の動物学における大発見だった。7000万年も前に絶滅したと思われていた魚類の一種、シーラカンスだったからである。

それ以降、アフリカで1種、インドネシアで1種、合わせて2種のシーラカンスが見つかった。この2種の現生シーラカンスは、葉のような形をした肉厚なヒレ(ここに骨と関節が存在する!)と、へらのような形をした丸い尾を持ち、驚くべきことに、恐竜が地上を歩き回っていた白亜紀に生息していたシーラカンス類そのままの姿をしているのだ。

今回、国際チームがアフリカシーラカンス(Latimeria chalumnae)のゲノム塩基配列を解読、解析して、その結果をNature 2013年4月18日号311ページで報告した。

シーラカンスは、現代まで生き残っているもう一種の総鰭類であるハイギョと同様、マグロやマスなどの条鰭類の魚よりも、ヒトを含めた哺乳類に近い魚類なのだ。古代の総鰭類は陸上に進出した最初の脊椎動物であり、そのゲノムからは四肢類の起源、すなわち両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類へとつながる進化系統の起源について多くのことが明らかになるはずだ。「シーラカンスは、四肢類の進化を解明するための重要な基盤です」と、ワシントン大学(米国シアトル)の生物学者で筆頭著者のChris Amemiyaは話す。

今回のシーラカンスゲノムの解析で、長く続いてきた議論の1つに決着がついた。現生魚類の中で我々四肢類に最も近いのは、シーラカンスではなく、ハイギョだとわかったのだ。ただしハイギョのゲノムはシーラカンスよりもはるかに大きく複雑なので、当分解読される見込みはないとAmemiyaは付け加えている。

シーラカンスは「生きた化石」と言われることが多いが、実は時の流れの中で凍り付いていたわけではないと、共同著者でウプサラ大学(スウェーデン)の比較ゲノム学者Kerstin Lindblad-Tohは言う。シーラカンスのタンパク質コード遺伝子を軟骨魚類と比較したところ、シーラカンスでもDNAは着実に変化してきたことが明らかになった。

ただし、その変化の速度は並外れて遅い。この最新の解析結果が示すように、現生シーラカンスの遺伝子自体が「生きた化石」にほかならない、とエール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の遺伝学者James Noonanは語る。

シーラカンスの進化の速度が非常に遅いという証拠は、これまでにも得られていた。2012年には、日本とタンザニアの研究者らがアフリカシーラカンスとインドネシアシーラカンスのDNAの比較研究を行っている。彼らが特に注目したのは、胚発生の際に位置決定を助けるHOX遺伝子群だ(K. Higasa et al. Gene 505, 324-332; 2012)。この2つの種が分かれたのは、ある推定によれば約600万年前なのだが、両者の遺伝子は驚くほど似ていた。特にHOX遺伝子群についていえば、2種のシーラカンスの違いは、600万~800万年前に分岐したとされるヒトとチンパンジーとの間に見られる違いに比べて、わずか11分の1程度であった。

変化の遅さ

確証はないが、シーラカンスの進化がゆっくりなのは自然選択圧がないからかもしれないとLindblad-Tohは言う。「現生シーラカンスも、祖先と同じように深海に住んでいますが、そこはきわめて安定した生活環境です。つまり、変わらなければならない理由がほとんどなかったのだと考えられます」。シーラカンスが古代の化石種と驚くほど似通っている理由は、遺伝子の変化の遅さで説明できる。

ただ今回の解析で、シーラカンスのゲノム全域の進化が遅いわけではないことも明らかになった。ゲノムには大量の転位因子(ゲノムに存在するタンパク質をコードしていない領域で、遺伝子の調節に重要な役割を持つ)が含まれていて、ゲノム中を比較的速い速度で動き回っている。Lindblad-Tohによれば、このような非コードDNAは、進化的変化の発生源として重要な可能性があるという。しかしAmemiyaは、非コードDNAが種分化に果たす役割については今のところ「推測」の域を出ないし、シーラカンスの進化に非コードDNAがどれほど重要かもはっきりしていないと述べている。

期待されたとおり、シーラカンスゲノムには、総鰭類の丸いヒレを四肢類の肢へと変化させる原因となった遺伝的変化について、手がかりが隠されていたとAmemiyaは言う。例えば、シーラカンスと四肢類には肢の発生を助ける共通の調節遺伝子配列が存在することが、解析によって明らかになった。また、仰天するような発見が他にもいくつかあった。シーラカンスは、脊椎動物の免疫系に共通して見られるタンパク質、免疫グロブリンM(IgM)の遺伝子を持たない初めての脊椎動物であったのだ。その代わりにシーラカンスのゲノムには、IgMとはかなり異なるものの「明らかにその代役を務めている」免疫タンパク質の遺伝子が2個含まれているという。

ゲノム解析がさらに進めば、我々ヒトの遠い過去についても多くのことがわかるはずだとNoonanは語る。「このゲノムを利用すれば、四肢類の進化を進めてきた遺伝的要因、つまり脊椎動物の陸への移行を引き起こした遺伝子やそれを調節する因子が同定できるでしょう」。

(翻訳:宮下悦子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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