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ヌタウナギが教えてくれる 脊椎動物の進化

倉谷 滋

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130522

海に棲み、名前は「ウナギ」だがウナギではなく、ましてや厳密には魚類でもない。ヌタウナギには背骨がなく、顎もなく、鼻孔が1つしかない原始的な脊椎動物。進化形態学者、倉谷滋博士は、この動物に、ヒトにまでつながる進化と発生の謎を探っている。

–– 机上のびんに入っているのが、ヌタウナギですか?

倉谷: そうです。時間を見つけては、顕微鏡で見たり、解剖したりしています。なぜ体のここに、こんな神経が走っているのだろうか、鰓孔がなぜここに開くのかとか─ヌタウナギというのは不思議な形態の塊のようなもので、全く見飽きませんね。形態学は私の発想の原点ですしね。

図1:ヌタウナギ

Credit: 理化学研究所

–– ヌタウナギでどんな研究を?

倉谷: まず、ヌタウナギとヤツメウナギの関係を明らかにしたいと思いました。ヤツメウナギはご存じでしょう? 円口類といって、脊椎動物の初期の進化で重要な位置付けにある生物グループの一種です。このヤツメウナギとヌタウナギの系統関係には、同一グループか否かの2説があったのです。

古くからの形態学的な解析では、ヌタウナギは、ヤツメウナギも含めたすべての脊椎動物とは別のグループと見なされていました。いくつもの原始的な特徴があるからです。ところが、遺伝子レベルでの解析によると、ヤツメウナギとヌタウナギが近い関係にあり、顎を持った顎口類とは分かれて存在するらしい。私の主催するラボは形態学に重きを置いていますから、形態データと分子データになぜ齟齬が生じるのか、もし分子データが正しいのであれば、これまでの形態学者がなぜ見誤ったのか、それを探りたいと考えたのです。

世界を驚かせたヌタウナギの発生

–– 発生過程の研究が必要に?

倉谷: 問題の1つは下垂体(腺性下垂体)です。ヤツメウナギではこれは他の脊椎動物同様、外胚葉に由来します。ところが、ヌタウナギの下垂体が内胚葉に由来するという考えがあり、それがヌタウナギを脊椎動物以前の系統と見なす根拠の1つとなっていました。ですから、ぜひとも発生過程を調べる必要があったのです。

ところが、ヌタウナギの卵を実験室で発生させることは、まだ誰も成功していなかった。多くの人々が挑戦していましたが、みな失敗していたのです。19世紀の終わりに少しまとまった報告が一度あっただけでした。

–– 難問が立ちはだかっていましたね。

倉谷: その難問に挑戦したのが、以前私の研究室にいた太田欽也研究員です。「運よく2〜3匹でも生ませることができれば、世界が驚くだろうが、失敗する公算のほうが大きい」という私の言葉に、「やってみます」と言ってくれて……。私には、研究者のカンっていうのかな、片手間に「あわよくば」と研究するのではなく、100%それに集中すればうまくいくのではと、そんな予感めいたものがあったのです。

–– 本当に世界を驚かせましたね。

倉谷: 太田君は、日本近海で獲れる種類のヌタウナギをラボに運んできて、できる限り生息環境に似せた水槽で飼育し、産卵させました。ただし、この段階までなら多くの研究者が成功している。問題は卵を発生させることです。とりあえず気長に観察してみようと、待つこと5か月。

「先生、卵の中に何かいます」と言ったときの彼の声が震えていたことを今でも覚えています。多くの動物学者が100年以上追い求めていた胚がついに得られたのですからね1。パリ自然史博物館の古生物学者、フィリップ・ジャンヴィエー博士にメールで伝えたところ、10分後には世界中の研究者に知れ渡っていました。「ある意味、シーラカンスの発見よりも重要」という評価がうれしかった。

人を惑わせるヌタウナギ

–– 胚がとれた秘訣は何なのでしょう?

倉谷: 19世紀には、発生期間が2か月とされていたのですが、そもそもそれが人々を惑わせたのです。実際には、初期胚が見られるまで5か月かかった訳ですから、本当はおそらく1年以上かかる。孵化直後と思われる個体が産卵期の2か月後に見られたので、昔の学者は時間を誤認していたと思われます。

図2:ヌタウナギの卵。中に胚(咽頭胚)が見える。

Credit: 理化学研究所

–– 結局、ヌタウナギの場合も外胚葉由来だと、どのように確認したのですか?

倉谷: 大学院生の大石康博君が丁寧に組織標本を作製し、切片から三次元的な構造を再構築してくれました。これまた大変な作業です2。その結果、ヌタウナギには確かに、形態学者の目を惑わせるような特別な構造があることがわかりました。

–– それは、いったいどんな?

倉谷: 脊椎動物の口は、膜が二次的に開いてできる孔なのですが、その膜が外胚葉と内胚葉の境界となっている。だが、ヌタウナギの本来の口の前には、もう1つの膜があり、それが境界の膜だろうと人々は騙されていた。実際、口の位置を正しく同定するだけでヌタウナギの下垂体が外胚葉由来であるとわかりました。

–– ヌタウナギがヤツメウナギと近縁だとわかると、どんなことが言えますか?

倉谷: 私たちヒトを含めた脊椎動物は顎を持ち、顎口類と呼ばれる系統に属します。一方、円口類は顎口類と姉妹関係にある系統で、今回は形態学的レベルで円口類共通の特徴を同定することができた。

本当のことを言うと、以前、古い文献を見ていたときに、ヌタウナギとヤツメウナギ胚の頭部が似ていることに気が付いて、そのときから当たりをつけていたのです。そして「単一の鼻孔」のような円口類に共通の特徴は、実は私たち顎口類の絶滅した祖先にも共有されているらしい。どうやら円口類の形態パターンは、脊椎動物の共通祖先の特徴でもあった。我々の頭部形態は、円口類に今でも残る原始的パターンを徐々に変更した結果もたらされたという訳です。

形態学は死んだ学問?

–– 昆虫標本が研究室に飾られていますが、昆虫少年だった?

倉谷: 子どもの頃は昆虫採集が好きでした。今から思えば、分類学にもうるさかった。幼稚園の頃、「カモノハシは両生類なのか」とか、映画で見たゴジラが火を吐くので、「恐竜も火を吐いていたのか」などと悩んでいた(笑)。そういえば、4年生のときには家でサバを解剖し、浮き袋がないことを自分で発見しましたよ。煮魚を箸で解剖するのも好きでしたね(笑)。

–– 生まれながらの比較形態学者だったのですね。

倉谷: かもしれません。形態学や解剖学を本格的に勉強したのは、大学や大学院に入ってからですが。頭の中で思考実験して、発生過程のどこがどのようになったらこんな動物になる、背腹逆転したらどうなる、などと考えて楽しんでいました。

脊椎動物の頭部は、鰓が形を変えて顎を作ったり、口頭や耳を作ったりする。かたや昆虫では、付属肢が口器や触角を作る。どちらも、一連なりの同等の繰り返し分節が場所に応じて形を変え、機能を分化させている。このような仕組みが共通するのが私にとっては驚きでした。今でも取り組んでいる頭部分節の問題は、思えば20歳の頃からのつきあいです。

–– 当時は遺伝子や分子レベルの学問が台頭した時代ですね。

倉谷: ミクロ対マクロという研究者間の対立図式が顕著でした。しかし形態学はというと、当時はマクロ系の人たちからさえもろくに相手にされなかったんですよ。「形態学なんて、もう死んだような過去の学問だろう、古いものを大切にしてるんだな」などと言われてね。

ですから、20〜30代は自由ではあったけれども、その分不安でもありました。しかし、あるとき気が付いたのですが、人が知らず自分だけが知っていることが、ずいぶんたくさんある。これは、なかなか大事なことかもしれないと……。

たまたま時代もついてきました。形作りやボディプランの背景にある機構が、遺伝子レベルで読み解かれるようになってきたからです。そして、解剖学のイロハが突如として必要とされ始めた。「脊椎動物の分節性には2種類ある」とか、「末梢神経はいくつかの特定の型に分類できる」といった、自分にしてみればごく当たり前のことが、発生学の中で重要な概念になりつつあった。もし、若い頃から他者と張り合いながら、同じ実験手技の習得やデータの蓄積に汲々としていたら、疲弊しまくっていたでしょうね。

–– 今では「エボデボ」*1の旗手?

倉谷: どうですかね。進化と発生学は昔から絡みがあったのだけれど、パターンの認識や相同性の発見だけではなく、分子の機能や細胞、遺伝子制御のダイナミズム、ゲノムの働きなど、すべて使って探っていきましょうというのがエボデボですね。もっとも、詩人ゲーテ*2が、動物の骨格を見たことが形態発生学の始まりですが、そのような形態学も、相変わらずエボデボの中に確実に命脈を保っていますし、ヘッケル*3の反復説もよみがえりつつある。進化発生学はまだ当分おもしろい分野であり続けるでしょう。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

*1. evolutionary developmental biology
*2. ドイツの詩人。比較解剖学者でもある。
*3. ドイツの動物学者。個体発生は系統発生を繰り返すという反復説を唱えた。

Author Profile

倉谷 滋(くらたに ・しげる)

理化学研究所発生・再生科学総合研究センター形態進化グループディレクター。1986年京都大学博士課程修了(理学博士)。琉球大学医学部助手を経て、88年米国ジョージア医科大学、91年米国ベイラー医科大学。2002年より理化学研究所チームリーダーを経て、05年より現職。

倉谷 滋氏

参考文献

  1. Ota KG, et al. Nature. 446 : 672-675 (2007)
  2. Oisi Y, et al. Nature. 493 : 175-180 (2013)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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