簡単な算数ができない学習障害
1980年代半ば、Paul Moorcraftは戦争特派員として撮影隊とともにアフガニスタンに入ったことがある。目的はソビエト連邦(ソ連)による侵攻から5年目の状況をドキュメンタリーに撮ることで、その道中、彼らはソ連戦線の後方を通ることになった。「毎日のようにソ連軍から攻撃を受けましたよ」と、快活なウェールズ人であるMoorcraftは冗談ぽく語る。しかし、本当のトラブルはその後にやってきた。彼が、スタッフのために現地調達した馬や衣類などの経費精算をしようと計算していたときのことだ。合計を出すだけの単純な作業に、彼は計算機を使っていたにもかかわらず、普通の人の10倍の時間がかかった。「まさに悪夢でした。とにかく、とんでもなく時間がかかったのです」。ようやく請求書を経理担当者に送ったのだが、数十万ポンドの経費だったのに、誤ってゼロを1つ余分に付けて数百万ポンドを請求していたことには気付かなかった。「相手は、私がまじめな人間だとわかっていたので、ゼロが多いのはタイプミスのせいだと思ってくれました」。
こうしたミスは、物心ついてからずっとMoorcraftに付いてまわった。彼は現在、英国ロンドンにある外交政策分析センターの所長であり、著書は十数冊にも及ぶ。それなのに、新しい番号を覚えられないかもしれないという不安から、自分の電話番号やカード類の暗証番号は何年も同じままだ。また、英国防省の仕事をしていたときには、安全管理コードの記憶さえ部下任せにしていた。また、電話番号の覚え間違いはそれまで何百回とあったが、それがもとで、2003年にはとうとうガールフレンドを失ってしまった。彼女は、Moorcraftと連絡が付かないのは彼が遊び歩いているからだと誤解してしまったのだ。この出来事があってようやく、Moorcraftは、なぜ自分は数が苦手なのか、その理由を探す気になった。
Moorcraftは、学習障害のある児童を指導している友人の勧めで、ロンドン大学ユニバーシティカレッジで数の認識を研究している認知神経科学者Brian Butterworthを訪ねた。Butterworthはいくつか検査を行い、Moorcraftには「算数の基礎的能力に障害がある」と結論したうえで、「算数障害(ディスカリキュリア)」と診断した。算数障害というのは、あまり知られていない学習障害の一種で、識字障害(ディスクレシア)の算数版のようなものである。この障害のある人は、全人口の7%と推定されており、彼らは知能にはさほど問題がない(Moorcraftの場合、むしろ人並み以上の知能である)のに、数に関連する作業がきわめて困難なことが特徴である。
こうした2つの能力の共存関係に、Butterworthをはじめとする神経科学者は以前から注目してきた。数の感覚は視覚や聴覚と同様に全く生得的なものだが、数の認識やその神経基盤が生得的なものかどうかに関しては研究者の間でも意見が分かれている。そこで、この算数障害を手がかりにして、脳内で行われている数に関する情報処理、つまり、数や量を理解して操る能力がどういったものかを明らかにできるのではないか、と彼らは考えているのだ。
Butterworthの場合、科学者としての好奇心が、やがては支援活動という行動に結びついた。「原因を突き止めようとするだけでは不十分だと思ったのです」と彼は言う。この10年間、彼は算数障害が社会に認知されるよう、親や教師だけでなく、政治家、そして耳を傾けてくれるあらゆる人に向けた活動を行ってきた。そして今彼は、この障害について得た科学的な手がかりをもとに、算数障害の子どもたちを助ける方法を模索している。「助けることもできないのに、あなたには算数障害がありますよと言っても、意味はないでしょう」と彼は言う。
その数を見つけて
おしゃべりな9歳の少年Christopher(仮名)は、青いしわくちゃのトレーナーと白のポロシャツを着て、先生であるPatricia Babtieのそばに座っている。Babtieは、算数障害児の指導を専門とする教師で、大ロンドン行政区全域の子どもを対象に個別指導をしている。Christopherはちょうど、頑丈そうなノート型パソコンの画面上で、「Number Sense」というゲームを進めていた。このゲームは、数の感覚を磨くための教育用コンピューターゲームをいくつも詰め込んだソフトウェアで、Butterworthおよびその同僚で教育研究所(ロンドン)に所属するDiana Laurillardによって設計された。
Butterworthは、算数障害の治療法を開発することで、算数の基礎的能力の認知基盤について、現在対立している複数の理論を検証したいと考えた。彼は算数障害について、ほかの研究者が唱える「記憶や注意力、言語の障害に由来する」説には懐疑的で、実際は、基本的な数の感覚の欠損ではないかと考えている。もしそうなら、数の感覚を根本から育てることで、Christopherのような算数障害児を助けられるはずである。「こうした子どもでは、ほかの人よりもたくさんの練習が必要なのかもしれません」とButterworthは話す。
Christopherが通う学校のように「Number Sense」を使って指導をする所は、ほかにもロンドン市内に数校あり、もうじきキューバやシンガポールなどの国でもこのソフトが利用される予定だ。Christopherはまず、数直線(直線上に数を対応させて表示したもの)を使ったゲームから始めた。このゲームには、数の感覚に重要だと考えられている「空間表現」の1つを用いる。
「200と800の間には、どんな数があるかな?」とBabtieが尋ねたところ、Christopherは肩をすくめた。「じゃあ、200より大きくて800より小さい数を、どれでもいいから、この箱に入れてね。201はどうかな」と彼女は問いかけた。
Christopherは200を箱に入れたので、Babtieは彼に、200は含めないで、200より大きい数を入れるようにと念を押した。次に彼は210を選んだのだが、おそらく201と間違えたのだろう。Babtieによれば、算数障害の典型的な徴候の1つは、位取り記数法の理解、つまり数字の桁の把握が困難なことだという。「そうです、よくできました」と彼女はChristopherをほめた。
次のステップに進むと、コンピューターが「その数を見つけてクリックしてください」と、Christopherに話しかけてきた。今度は、数直線を拡大したり縮小したりして、前のゲームで選んだ数を探すのだ。Christopherはそれぞれの動作に合わせて、口でも逐一説明した(Babtieがそのように指導している)が、彼が210の位置を見つけるまで1分以上はかかったと思われる。
ちなみに彼のクラスメートはというと、すでに2桁の数どうしの掛け算を習っているところだ。
Christopherの学校には、彼以上に算数能力に問題のある子どもが何人かいる。クラスメートで9歳になる女の子は、50が100より大きいのか小さいのかがわからない、と話す。同じく9歳の男の子は、4個の丸を5個だと勘違いしてしまううえ、少ない数の足し算にいつも手の指を使う。これは算数障害のある人によくみられるやり方の1つだ。
「これで終わりにしましょう。続きはまた別の日にね」。もどかしい20分間が過ぎた後、BabtieはChristopherにそう言った。クラスメートたちが数年前に習った算数の練習をこの部屋でするよりも、教室に戻りたい。彼がそう思っていたのは明らかだ。
そこにいくつある?
Butterworthは現在69歳で、学術研究の世界と一般社会の両方をまたいで活動している。彼は、人文系の英国立学術組織である英国アカデミー(British Academy)の会員であり、不明瞭な発話や言語障害の研究で高く評価され、多年にわたって英国メディアに登場してきた。例えば、元米国大統領ロナルド・レーガンがアルツハイマー病と診断される10年前の1984年に、彼はSunday Timesの記事でレーガンについて「発話パターンにアルツハイマー病の兆候がみられる」とすでに述べていた。
彼の研究人生を大きく変えたのは、1980年代の終わり頃に出会った1人の脳卒中患者だった。その患者(研究上の仮名はCG)は59歳のイタリア出身の女性で、かつてホテルマネージャーを務めていた。言語性IQ検査では平均値前後の成績で、記憶力もよかった。ところが、Butterworthの同僚のイタリア人が数を数えるよう指示すると、彼女は「(イタリア語で)1、2、3、4……私の算数は4で止まっています」と話したという1。
CGのような、当時「計算不能症」といわれた人が、神経学者によって症例報告されるようになったのは、20世紀初頭からだ(それ以前は報告されなかっただけかもしれない)。しかしそれでも、「計算能力に影響を及ぼす特定の脳領域があるなんて、思いもしませんでした」とButterworthは振り返る。彼がCGの脳スキャン画像を撮って調べたところ、両耳の真上にある頭頂葉と呼ばれる脳領域に病変部が見つかったのだ。
その後Butterworthは、逆パターンの障害のある患者にも出会った。その男性患者は、神経変性疾患のために発話能力や言語、知識の多くを失っていたにもかかわらず、複雑な計算をすることができた。当時、計算能力は、一般的知能を支える脳内ネットワークによるものと考えられていたが、このことがあってButterworthは、さらに特殊化した脳内ネットワークにも依存していることを強く確信した。
算数障害では、こうした脳内ネットワークが、遺伝的な原因や脳発生の予測できない変化のために損なわれている、とButterworthは主張する。現に、Butterworthにとって天啓とも言うべき患者の1人であるMoorcraftは、この障害がありながらも、さまざまな分野におけるすばらしい能力を有している。
Butterworthは同僚らと、8歳から9歳の子ども31人の検査も行った。算数の成績はクラス内で最下位レベルでも、ほかの教科の成績は悪くない子どもたちである。算数障害の子どもは、健常および識字障害の子どもと比較すると、ほぼすべての算数課題が苦手だったが、読解力や記憶力、IQの検査では平均的な成績であった1。
この研究でButterworthは、算数障害の発生は、数の把握に根本的問題があるためであって、それ以外の認知能力の問題ではないことを確信した。ただし、そうした数の把握の問題がどういうものなのか、それを正確に突き止めるのは容易ではない。
数の感覚の進化的な起源は、ヒトの認知能力のほぼすべてと同様に古く、数億万年前とまではいかなくても、数千万年前くらいにはさかのぼるとみられている。チンパンジーやサルだけでなく、ニワトリのヒナ、サンショウウオ、さらにはミツバチにも、並行する2つの数量表現システムが存在することが、研究から示されている。
1つ目は「概数感覚」と呼ばれるもので、木の実やスクリーン上に現れた点を見た瞬間に、どちらが多いかを識別するのに必要だ。サルでの研究からは、頭頂葉の特定領域にある一部の神経細胞の活動が、数量の増加に応じて増大することが明らかになっている2。
2つ目は進化的に古くからある「計数システム」で、ヒトをはじめ多くの動物が、4以下の小さい数を簡単かつ正確に認識できるのはこのおかげだ。霊長類の研究から、これと同じ領域(「頭頂間溝」と呼ばれる)にある個々の神経細胞が、特定の数量に同調していることが示唆されている。つまり、サルが数にかかわる課題を行っているとき、ある神経細胞は「1」の数に、別の神経細胞は「2」に呼応して活動が上昇するのである3。
概数感覚のシステムの重要性は、数量を概算して識別するのが苦手な人では算数の成績が悪いことからもわかる4。また、算数障害者は小さい数の認識が苦手なことも、いくつかの研究からわかっており、この認識能力も基礎的な計算能力に必要だと考えられている5。さらに、算数障害者の脳スキャン像解析を、基礎的な算数能力のある小児や大人のそれと比較した研究からは、障害者の頭頂間溝があまり活動していないこと6や、脳のほかの領域との連結があまり見られないこと7が示されている。
だがButterworthは、こうした報告は算数障害の特徴である「低い算数能力」の原因を示すものではなく、結果だと見なしている。数の感覚には、別の認知能力がもっと重要なのだと彼は主張し、この別の能力に「数量性の符号化(numerosity coding)」と名付けた。つまり、物にはそれと正確に対応する数量があることや、加えたり取り去ったりすると数量が変化することを理解する能力である。
一方、フランス国立保健医学研究所(INSERM、パリ)で数の認識を研究している認知神経科学者Stanislas Dehaeneは、Butterworthの考えに異を唱える。彼によると、「数の感覚」はさまざまな認知的特性によって支えられているもので、概算や小さい数の感覚は、重要ではあるが、大きい数を正確に把握するためには十分ではないという。また彼は、ヒトは言語のおかげで2つの数量システムを統合できているのであり、11437と11436を直観的に区別できる能力は言語によっていると話す。Butterworthの言う「数量性の符号化」の概念は、数の感覚の重要な一部ではあるかもしれない。しかし、この感覚はほかの動物や、かなり幼い子どもにもあるのかなど、明らかにすべきことがたくさんある、とDehaene。
Butterworthのお気に入りの論文の中に、「6は多いことを意味しない:未就学児は数を表す言葉それぞれを個別のものとしてとらえている」8というタイトルのものがある。この論文で、ミシガン大学(米国アナーバー)の発達心理学者Barbara Sarnecka(現所属:カリフォルニア大学アーバイン校)とSusan Gelmanは、2を超えた数をまだ数えられない幼児でも、ペニー硬貨が6枚入った容器にさらに硬貨を加えた場合に、たとえその仕組みを正確に話せなくても、中の硬貨数が変化したことを理解できることを示した。もし、「数量性の符号化」が不可欠なものであれば、MoorcraftやChristopherのような算数障害者は、すべての数を大小の順に並べたり操作したりするのが難しいと予想される。「Number Sense」ゲームがこの算数の能力を磨くことで、自分の考える仮説の裏付けに役立ってくれるものとButterworthは期待している。
3か月後のChristopherは、以前より数直線のゲームがうまくなったようで、Babtieが「もっとゆっくり、それぞれの動作を説明して」と頼むほどすばやくできるようになっていた。Babtieによれば、算数障害の子どもは、話しながらやったほうが速く学習できる傾向があるのだという。また彼女は、Christopherの「算数に対する不安」も徐々に消えつつあると考えている。こうした不安は、算数障害のある小児や大人に広く見られる特徴の1つだ。
Christopherは、テトリスに似た「Numberbonds」というコンピューターゲームに取りかかった。このゲームでは、ゆっくりと下に落ちてくるさまざまな長さの棒を列にぴったりおさめるために、それぞれに相補的な長さのブロックを選ぶよう指示される。このゲームは空間的な関係を重視するが、一部の算数障害者にはそれが難しい。Christopherも、最初はブロックの動きが速すぎてイライラしていた。しかし、すぐにコツを覚えた彼は、Babtieが本日はもう終わりと言うと、「もう10分やらせて」とせがんでいた。
「Number Sense」ゲームは、数量の認知の基本能力や算数障害で共通して損なわれている能力(数量の正確な操作)を育てようとするもので、「Numberbonds」には見た目もおしゃれなiPhone版もある。例えば「Dots to Track」というゲームでは、画面上のアラビア数字と点でできた模様(サイコロの面にあるような点模様)とを対応させるのだが、子どもが間違ったアラビア数字を入れる(頻繁に起こる)と、ゲームソフトは「点の数を操作してアラビア数字に合わせて」と指示する、といった工夫が凝らされている。
Babtieは、夏休み前、Christopherやほかの生徒たちが自宅でこのゲームをやらず、秋に学校に戻ってきたときには下手になっていて、これまでの指導がむだになるのではないかと心配していた。しかし、学校が始まった10月初旬、Christopherは自分から「950から9000までの数直線でやってみる!……やってもいい?」と、宣言したのだ。彼は最初こそ悪戦苦闘していたが、すぐにゲームを理解し、4桁の数字の位置を次々と指し、正解するたびに顔を輝かせた。
ほかの生徒たちの進歩は彼よりもゆっくりだったが、その理由を特定するのは簡単なことではない。算数障害者には、識字障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラム障害もよく見られ、これらの関係を解きほぐすのは難しいだろうとBabtieは話す。9か月前には手の指を使って数えていた9歳児は、9と10の区別にはまだ手こずっているものの、6未満の数なら扱えるまでになっていた。重要なのは、適切な訓練や注意を教師や親から受けることで、それによって算数障害児は成長できるのだとBabtieは言う。また彼女は、コンピューターゲームはあくまで個人指導の補助であって、人による指導に取って代わるものではないと強調する。
コンピューターを使ったほかの介入法による小規模な研究から、ゲームが役に立つ可能性が暗示されている。しかしButterworthは、「Number Sense」が算数障害児の算数能力の改善に本当に効果があると言うためには、このゲームの対照評価を行う必要があると考えている。
Dehaeneは2009年に、自らのチームが開発した「Number Race」というゲームによって、算数障害の幼稚園児15人で、2つの数のうち大きいほうを区別する能力が向上したこと、だが、計算や計数の能力には効果がなかったことを報告している9。
一方、スイスのチームは2011年に、宇宙船を数直線上に置くゲームが、8〜10歳の算数障害児に計算能力を持たせるのに役立ったことを報告している。この研究では、数を並べる課題に取り組んでいる子どもの脳をfMRIスキャナーでも調べた。すると、訓練の1か月後には、頭頂間溝の活動が上昇し、頭頂葉のほかの部分での神経活動が低下していた。これは、子どもたちの計算能力の向上に伴って、数に応答する脳領域を含む変化が見られたことを物語っている10。
Butterworthは、Christopherをはじめとする生徒たちが「Number Sense」で訓練しているときに、彼らの脳をモニターして、頭頂葉が本当に変化しているかどうかを調べたいと考えている。しかし、これまでいくつもの資金提供機関に研究助成金を申請してきたが、すべて断られてしまった。
算数障害も、ほかの学習障害と同じように社会の生産性を損なっている。ある報告の算定では、計算能力の低さは、英国に年間24億ポンド(約3300億円)の損失をもたらしているというが、そのほとんどは賃金損失であるため、寄せられる関心も資金も少ないのが現状だ。例えば米国では、国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)が算数障害の研究に拠出した額は、2000〜2011年の間でわずか200万ドル(約1億9000万円)だった。一方で識字障害に対しては、1億700万ドル(約102億円)以上が費やされた。
Butterworthの研究チームは、訓練用ソフトウェアの評価を来年に予定している。現在、その作業に協力するキューバ神経科学センターと教育科学大学(ハバナ)の研究者らによって、中国やシンガポールなどの国々にもこのゲームが配布されている。「キューバでは、大きな見返りもないのに、この研究に資金を出してくれているのです。本当にありがたいことです」とButterworthは話し、キューバの教育制度の懐の深さを称賛している。
Butterworthは名誉教授となって形式上は現役を引退してはいるが、なおも数の感覚の神経発生的な起源の研究を続けている。最近では、魚のグッピーにも、ヒトと同様に、概数システムや正確に数をつかむシステムがあること11や、算数障害の大人が、基礎的算数能力のある人々に比べて時刻をすんなり言えること12を報告している。
もし「Number Sense」で算数障害が改善できるなら、基礎的算数能力の認知的な基盤についての議論で、このゲームは強い味方になってくれるだろう。Butterworthはそう期待している。
しかし、その議論で最も厳しい対立相手となるだろうDehaeneは、コンピューターゲームを議論の解決策にしようとは思っていない。彼の「Number Race」ゲームとその後継である「Number Catcher」には、多数の算数スキルが組み込まれているので、たとえゲームで障害が改善されても、数の感覚に最も必要なスキルがどれなのか、あるいは算数障害で最も損なわれているのがどのスキルなのか、特定することはできないと考えている。「子どもたちの興味は、アイデアの詰まったバラエティーに富む『おもしろいゲーム』をやることにあるのです。ゲームは、分析的な研究手法にはそぐわないことがすぐわかりました」と彼は話す。
Butterworthも、結局は子どもたちを助けることが強い動機なのだと話す。研究を続けていく中で、「子どもたちが、算数が苦手なことでひどく悩み、辛い思いをしていることを知って心が痛みました。彼らは毎日学校に行き、毎日算数の授業を受けます。そして、クラスの皆ができるのに自分にはできない現実を、毎日見せつけられるのです」と彼は話す。
Moorcraftには彼らの気持ちがわかる。彼は時おり算数障害児と会うが、そのとき彼は子どもたちに、自分もテーブルの下で指を使って計算しており、そのことを恥ずかしいと思う必要は全くないと励ます。そして、彼自身はやったことはないけれど、ゲームで訓練をすれば速く計算できるようになるという話もする。
Moorcraftは、Butterworthの指導を受けているポスドクの1人と一緒に、算数障害に関する本をもうじき書き上げるところだ。「序の部分はもう書き終えました。でも、章の番号が正しく並んでいるか心配です」。
翻訳:船田晶子
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2013.130416
原文
Number games- Nature (2012-01-10) | DOI: 10.1038/493150a
- Ewen Callaway
- Ewen Callawayは、ネイチャー(ロンドン)の編集者。
参考文献
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