Author interview

情状酌量を行う際の脳の活動領域を特定

山田 真希子

2012年3月27日掲載

裁判員として量刑の判断を求められたとき、被告人を罰したい気持ちと同情の両方がある場合、脳はどのように働くのだろうか。山田たちは、殺人事件に関する模擬裁判を行い、情状酌量という複雑な判断が求められた際の脳の活動領域を世界で初めて報告した。Nature Communications に掲載された今回の研究成果や今後の展開について語る。

―― このような研究を行うようになったきっかけは。

山田氏

山田氏: もともと、放射線医学総合研究所(以下、放医研)に来る前から、ヒトの心と脳との関係に興味を持っていました。大学院やポスドクでは、脳損傷や精神疾患の患者さんの共感能力や社会性と、脳の構造や機能との関係について研究していましたね。例えば、特定の脳領域を損傷すると、言葉がうまく話せなくなったり、うつや無感情などの精神的な変化が生じたりすることもあります。このように、脳の損傷部位や、精神疾患の脳構造異常、健常者の脳機能と、社会性に関わる認知機能の関連性などを調べていたのです。

放医研に来た2009年当時は、日本ではまもなく裁判員制度が施行されるという時期で、世間の関心も高まっていたこともあり、一般の人が同情と責任追及とをどうバランスを取って量刑判断を下すのかについて脳科学的視点から客観的に検証することにしました。

それまで、被告人に対して量刑判断を下すときには、脳の扁桃体の活動が関係することがわかっていました。扁桃体は、不快な情動と関連する部位で、社会規範に違反した非道徳的な人に対しては扁桃体が反応し、扁桃体の活動が高まるほど、その人に重い罰を与える傾向があることが明らかになっています。しかしながら、被告人の不遇な境遇に同情して減刑したいと考える場合の情状酌量に関する脳の研究は、ありませんでしたから。

―― これを証明するための実験方法を考えるのは大変だったのでは。

図1:量刑判断と同情評定の実験の具体例 | 拡大する

山田氏: 今回の実験では、脳の血流中の酸素消費量の変化で活動領域を見るfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて、法学のバックグラウンドのない26人の一般の被験者に、自分が裁判員になったつもりで、殺人を犯した人の量刑を決定してもらいました。

最初に、「包丁で妻を刺して殺害した。」という殺人内容と、殺害に至った背景を読んでもらいます。背景には、「介護疲れと生活苦から殺害に及んだ。」など同情できそうなものと、「不倫相手と結婚するために殺害に及んだ。」など同情できそうにないものを用意しました。そのような背景を踏まえたうえで、量刑をどれくらいにするかということを、懲役20年を基準に、それより重いか軽いかということで決めてもらいました。さらに、どのくらい同情したかも評定してもらったのです。被験者さんに本気になって考えてもらうために、現実味のあるシナリオを作るのは苦労しましたね。

今回使ったシナリオは、もともとは最高裁が提供している判例集を参考に作成したものですが、どの程度同情が喚起されるかについては、予備アンケートで事前に調査していました。その調査結果を集計し、妥当性のある32のシナリオを作り上げるまでに、半年以上もかかったのです。これは大変な作業でした。臨場感を加えるために、犯罪者の(架空の)顔写真を設定する、などといった工夫もしました(図1)。

図2:fMRIで撮影した被験者の脳の断面図(側面から撮影)
同情的背景を読んでいるときと非同情的背景を読んでいるときの状態を測定し、その差分が大きい領域を黄色い部分として表す。黄色い部分が同情的背景を読んでいるときに活発化している部分。
図3:fMRIで撮像した被験者の脳の断面図(側面から撮影)

このようなシナリオを使って実験を行った結果、被験者は、被告人の殺人の背景が同情的なものである場合には減刑する傾向があり、一方で背景が非同情的なものである場合には厳罰を課す傾向があることが明らかになりました。なお、同情が大きいものであればあるほど、減刑は大きいという傾向も得られました。 そして、殺人に至った背景を読んでいるときの被験者の脳活動を観察すると、同情的な背景の時には、内側前頭前皮質と楔前(けつぜん)部という部位が活発になり(図2)、これらの部位は量刑を下げるほど活動が高くなる領域であることも判明しました(図3)。内側前頭前皮質と楔前部は、他者理解や道徳的葛藤、認知制御にかかわる領域です。つまり、情状酌量を行う際の脳では、犯罪に対する不快感と被告人に対する同情が混在するために生じる道徳的葛藤と、量刑判断という認知制御が行われていることが推測されたのです。

また、量刑を下げるほど脳の中央部の線条体の活動が高くなることも明らかになりました。この部位はチャリティー行為を行うときに活動が高まることが知られていますので、情状酌量には人助けという意味合いもあるのかもしれませんね。

―― 今回の成果のポイントは。

山田氏: やはり、裁判の中で行われる情状酌量が脳の中でどのようにして行われているのか、ということが今までわかっていなかったので、それを一般の人がどのように行っているのかを脳科学的手法を用いて客観的に明らかにできたことが、1つ大きな成果だと言えるでしょう。

内容については、上記に加え、同情と情状酌量のバランスには個人差があったことで、島皮質の活動と関係していることを発見したことは最大のポイントですね。同情をどの程度減刑に還元するかという「情状酌量傾向」は、まず単回帰モデルを用いて各個人で定量化しました(図4)。その各個人の「情状酌量傾向」は右島皮質の活動と相関することがわかりました(図5)。つまり、情状酌量傾向が高い人ほど、右島皮質の活動が高かったのです。

図4:被験者一人の例
(量刑判定) = b0 + b1*(同情評定) + (誤差)
量刑判断と同情評定の関係の強さは、負の係数(b1)で表される。この被験者の場合、b1=-0.83。各データは各犯罪ケース(全部で36)を表す。
図5:右島皮質と各個人の情状酌量傾向の関係
左の写真はfMRIで撮影した被験者の脳の断面図(正面から撮影)における右島皮質(写真の黄色い部分)の位置を示す。右のグラフは情状酌量傾向と右島皮質脳活動量の相関を示す。各データは各被験者のb1を表す。 | 拡大する

この個人差というのは、言い換えれば情け深さの程度ということになりますが、同情を感じたからといって、悪い事は悪いとあまり量刑を下げようとしない人もいれば、同情をすごく感じたので量刑を下げようという情け深い人もいました。このような個人差が、脳の中の島皮質の活動に反映されていたというのは、非常に興味深いことだと思います。島皮質は、身体内部から来る情報と、脳の中で行われる情動・認知処理を結びつけるとても重要な領域で、主観的体験の生成にかかわっていることが知られています。今回のような情動と認知が混じり合う複雑な判断には、身を持って感じることが鍵となっていて、その感じ方には個人差が大きかったのだろうと考えられます。

―― 今回は反響がとても大きかったのではないでしょうか。

山田氏: はい。この論文は3月末に発表されましたが、最近でも新聞社からの問い合わせがあります。特に海外での反響が大きかったですね。感情をどのようにして量刑判断に利用しているのかを定量化することは難しく、客観的データは存在していなかったため、脳の活動という観点から検証して得られた結果は、脳科学のみならず、哲学や、心理学、今後の法律制度を考える上で、非常に意義深いという声を聞きます。

今回は、オープンアクセスにしたために、科学的な知識がある人だけでなく一般の方々にも広く我々の論文を読んでもらうことができ、その反響も大きかったので、とてもよかったと思っています。

―― 今後の展開は。

山田氏: 今回は、fMRIを使って脳の活動領域というものを特定しましたが、我々の施設には幸いにしてPET(陽電子放射断層撮影装置)があります。今後はこれを使って、シナプス間の神経伝達物質であるセロトニンやドーパミンなどが、脳活動とどのように結びついているのかということまで調べることができるといいですね。脳機能と脳内分子を結びつけることで、未だ明らかにされていない心の機能や精神症状の脳内メカニズムを追求していこうと思っています。

聞き手 ネイチャー・リサーチ 編集部。

【コラム】科学への道を目指す高校生へのメッセージ

科学者にとって大切なものは何でしょうか。「考える力」、「理解力」、「創造力」、「探究心」、私は、これら3つの「力」と1つの「心」が大切だと思っています。

「考える力」と「理解力」、これらは、研究をスムーズに行うにあたって、必須の力です。高校生の皆さんは、授業でやっている数学や理科などの勉強が、具体的に将来どのように役立つのか、実感が湧かないと感じることもあるかもしれません。単純に大学受験という目的で勉強をされている方もいらっしゃるでしょう。でも、学生の頃に身につけた学力というものは非常に重要で、「考える力」と「理解力」の基盤を形成することに繋がります。

また、科学というのは、新しいことを創り出す学問であり、「創造力」と「探究心」が非常に大切になってきます。皆さんまだ若いですので、勉強以外のことで夢中になれるものも見つけてみてください。芸術、旅行、運動でもなんでもいいと思うのですが、どんな経験でも自分の見聞を深める手助けになります。若い頃に経験したことは、きっと、豊かな「創造力」と「探究心」を養うのに役立つと思います。

高校生という時期は、このような3つの「力」と1つの「心」の土台作りをする時期ではないかな、と思います。その土台が丈夫なほど、大人になったときに、その上に築きたいものを作ることができるでしょう。自分が今やっているさまざまなことが、将来の自分の役に立ちます。ぜひ、いろんなことにチャレンジしてみてください。

Nature Communications 掲載論文

Author Profile

山田 真希子

放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター
分子神経イメージング研究プログラム

山田氏

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