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「塩基配列解読技術」特集

Nature Biotechnology 30, 11 doi: 10.1038/nbt.2430

約7年前に次世代型の塩基配列解読装置が初上市されて以来、高処理能DNA塩基配列解読法は、生物学研究の様相を大きく変えてきた。今月号では、基礎・臨床橋渡し研究、計算生物学、ヒト遺伝学、後生学などの分野の先駆者諸氏の協力を得て、それぞれの分野で塩基配列解読がもたらした大変動を総説し、なかでも、変貌を続ける生物学研究の新しい側面を活用するための指針を示す。 近年、さまざまな塩基配列解読システムの性能が飛躍的に向上した。現在、発売されている「メインフレーム」の塩基配列解読システムは、5日間の稼働で6,000億塩基対もの配列を解読することができ、「パーソナル」タイプの装置でも、数時間で10~100億塩基対が解読される。ほかにも、読み取り長など各種の性能指標に優れた装置があり、過去から現在に至るまでの企業間の特許訴訟[Patents, p. 1054]に鑑みても、ハード面での競争が今後も続くと考えられる[News Feature, p. 1023]。

塩基配列解読装置の性能向上をめざした研究が行われているが、これは、応用範囲が拡大していることへの対応という意味合いもある。ShendureとAidenは、高処理能塩基配列解読の応用例を総説し、その技術が数多くの生物学的アッセイのための汎用読み取り技術としての役割を果たしている点に触れている[Review, p. 1084]。そうしたアッセイの一種に関するHe、SongとYiの総説は、ゲノム全体にわたる一塩基分解能での修飾ヌクレオチド(5‐ヒドロキシメチルシトシンなど)の地図作成を論じている[Review, p. 1107]。また、塩基配列からのタンパク質構造の予測をはじめとする長年の課題に対する取り組みの進展も塩基配列データに触発されており、この点をMarks、HopfとSander が論じている[Perspective, p. 1072]。

購入するシステムを選定することや、塩基配列解読対象を内部処理と外注処理に仕分けすることは、研究機関にとって頭痛の種であるが、多くの機関がこの問題の解決に取り組んでいる。米国ニューヨークでは、いくつかの大学の医療センターが、非営利パートナーシップによる協働こそが塩基配列解読の応用例の活用を推進するための最善の方法であると判断している[Profile, p. 1021]。

高処理能塩基配列解読が生物学の基礎研究を変容させていることは明白であるが、最近の報道を賑わせているのは臨床領域での応用例である。当初は一般消費者に対するゲノムデータの直接提供に関与していた企業の多くが、事業の軸足を臨床施設に対するサービス提供に移し、臨床検査改善修正法(CLIA)の認定取得をめざしている[News Feature, p. 1027]。塩基配列解読技術は、腫瘍学、希少遺伝性疾患の診断、微生物病原体の同定と追跡観察の各分野を急速に変えつつある[News and Views Feature, p. 1068]。これに対し、TopolとHarperの論文では、近い将来の最も重要な機会と考えられるものが示されている。この論文では、全ゲノム関連解析(GWAS)が、疾患形質の原因となる遺伝子変異体よりも薬物反応に及ぼす影響の大きな変異体の同定に有効であったと論じられている[Review, p. 1117]。腫瘍壊死因子α(TNFα)受容体阻害剤、ペグインターフェロンα、抗血小板薬クロピドグレルなどの超大型医薬品の患者に対する有効性を確実に高める目的で、薬物代謝遺伝子の変異体以外にも、マーカーがすでに利用可能な状態になっているが、そうしたマーカーを臨床実務に導入することをめざした研究はほとんど行われていない。

医療機関でのゲノム塩基配列解読の利用に重要なことは、特に、タンパク質がコードされていない領域(ヒトゲノムの約97%にあたる)の配列変異に関して、ヒトの遺伝子型と表現型との関係を詳細に解明することである。KellisとWardは、非コードDNAの機能のアノテーションに関する最近の進展と非コードDNA領域での配列変異の影響を解釈する方法を総説している[Review, p. 1095]。2012年にENCODEコンソーシアムが行ったヒトゲノムの約80%に相当する部分に関する機能的アノテーションは、この分野の画期的成果であろう。この研究成果は、新しい高精度分子診断法[News and Views, p. 1064]やプロテオミクスなどそれ以外のオミクス研究[News and Views, p. 1065]にとって大きな意味を持っている。その反面、臨床的意味が不明な遺伝子変異体が大量に存在することや塩基配列解読システム自体の必然的誤差が難問として横たわっており、その解決が求められていることも明らかである[Editorial, p. 1009]。そのため、検査結果の検証、品質管理情報、熟達度試験標準を改善するための作業がすでに進められており、米国疾病管理予防センターが組織した作業部会のメンバーがこの点を説明している[Correspondence, p. 1033]。

新しい塩基配列解読技術の利用成果の統合は容易でなく、なかでも難しいのがデータ解析である。10人の専門家が、データ解析の諸課題とともに、遺伝子変異体の読み出しと組み立てを前進させるために必要な飛躍的進歩のいくつかを論じている[Q&A, p. 1081]。データ解析とデータ可視化の統合は、解析に時間を要する場合や解析方法を繰り返し精緻化する必要がある場合に特に有益である。塩基配列解析過程の構築に用いられる主要なソフトウェアツールであるGalaxyがこのパラダイムをサポートするようになった[Correspondence, p. 1036]。しかし、たとえどんなに高度な解析方法であっても、実験計画の欠陥を補うことはできない。そのため、2012年に入ってKnightがまとめ役となり、メタゲノミクスの一流研究者が、メタゲノミクス研究で生物学的反復を推進することの必要性を概説した。この提案は、DNA塩基配列解読技術の高処理能化と低コスト化によって実現可能になっている(Nat. Biotechnol.30, 513-520, 2012)。

塩基配列解読技術は、成熟に伴って今後さまざまな研究分野に深く根ざしていく可能性がある。例えば、免疫学者は、塩基配列解読でT細胞とB細胞の追跡観察が行われるという見通しに大いに期待しており、最近では、塩基配列解読とプロテオミクスを組み合わせた技術が開発されて、ヒト血清中を循環する抗体が直接クローン化されるようになっている[Correspondence, p. 1039]。犯罪科学捜査では、高処理能塩基配列解読法による検査が、多くの点で従来の方法よりも優れていることがわかっているが、従来法と既存設備の定着状況、研修コストのために新技術の導入は進んでいない[Feature, p. 1047]。

ギガ塩基対ものDNA塩基配列解読が低コストで容易に実現されることで、科学的活動や生物医学研究が根本から変化していることに疑いの余地はない。まさに「お楽しみはこれから」である。

Nature Biotechnologyでは、ライフテクノロジーズ社の協賛により、全稿を今後6か月間インターネット上で無料公開いたします。

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