Author interview

麻疹

竹田 誠氏

掲載

麻疹は麻疹ウイルス(MeV)によるヒト感染症である。有効な麻疹ワクチンが導入されるまでは、ほぼ全ての小児に麻疹の罹患経験があった。麻疹の症状は発熱および丘疹性皮疹で、咳嗽、鼻感冒および/または結膜炎を伴う。MeVによって免疫抑制が引き起こされるだけでなく、肺炎、胃腸炎、失明、麻疹封入体脳炎および亜急性硬化性全脳炎のような麻疹の重度の後遺症が残る。… 続き

―― 今回のPrimer「Measles(麻疹)」について、最大のインパクトはどこにあるとお考えでしょうか?

麻疹は伝染力が強く、致死率が高い感染症の一つです。効果的なワクチンがあるにもかかわらず、世界的には今なお主要な小児の死亡原因となっています。そのため、麻疹排除に向けた活動が国際規模で行われています。研究レベルでは、麻疹ウイルスが感染者の生体内で2種類の受容体を使い分ける点、感染者に強い免疫抑制を引き起こす点などが注目され、その分子解明が進められています。

こうした状況を鑑み、本Primerでは、「世界保健機関(WHO)が掲げる麻疹排除の国際目標とワクチン施策の概要」、「700以上の実験室で構成されている世界麻疹風疹実験室ネットワークによるウイルスの分子疫学的解析の現状」、「免疫細胞上の受容体(2000年に発見)、上皮細胞上の受容体(2011年に発見)の機能的意義」、「麻疹ウイルスが引き起こす免疫抑制のメカニズムと病態への関与」などについてまとめて解説しています。

―― 本Primerは、臨床医にとって、麻疹の診断、治療、予防等にどのように役立ちますか?

まず、麻疹の世界的現状についての正確な情報が得られます。たとえば、途上国では致死率が5%以上になることも珍しくない一方で、世界的には適切なワクチン施策により、この十数年で約80%の麻疹患者を減らすことに成功したことが説明されています。さらに、麻疹の血清診断やウイルス検出による診断がどのようになされているか、検査環境の恵まれていない途上国のために臨床検体の採取にどのような工夫がなされているか、といったことも解説されています。一方で、麻疹の伝染力はきわめて高いものの、ワクチン接種によって集団免疫を90〜95%に維持できれば、その集団から麻疹を排除できることなどにも触れています。

日本においては、ワクチン施策の強化などが功を奏し、2015年に麻疹排除が達成されました。2015年の麻疹患者報告数は、輸入例などによるわずか35症例です。つまり、若い臨床医が麻疹を診療する機会は大きく減ったといえます。こうした状況において本Primerは、若手臨床医が麻疹の重要性、国際的情勢、患者減少に至った経緯などを勉強するためにも大いに役立つと思います。臨床像や、そのような症状が発生する分子メカニズムについても解説されており、ライフサイエンスの研究者にとっても、非常に興味深い内容になっています。

―― 麻疹領域において、残された謎はありますか?

本Primerで解説されているように、すでに麻疹についての多くの謎が解明されています。残された謎といえるのは、際立って高い伝染力の分子機序、頻度は低いながらも認められる中枢神経合併症への麻疹ウイルスの寄与についてのメカニズムでしょうか。

―― ご研究への思いや、若手臨床医・研究者に向けたアドバイスをお伺いできますか?

私は短い間ですが小児科医の臨床医を経験したのちに、ウイルス研究者になりました。研究者になって約20年になりますが、研究は楽しいと思う毎日を過ごしています。ウイルスは比較的単純な遺伝子情報しかもたず、麻疹ウイルスにもわずか8種類のタンパク質しかありません。ウイルスが粒子として存在している間は休止状態ですが、宿主となる細胞や個体に感染するやいなや、実に多様な現象を引き起こします。現在はウイルスの遺伝子操作も容易になり、感染現象のメカニズムをウイルス核酸1塩基のレベルで検証できます。得られた知見は、感染症対策やワクチン開発、国際貢献に実感をもって活かせます。私は、こうした点に大きな魅力を感じています。

一方で、新興再興ウイルス感染症の出現は後を絶たちません。また、ウイルスの研究手法が多様化しているにもかかわらず、ウイルスの研究者数は減少傾向にあり、感染症対策や医学教育にも影響が出ているように思います。若い方々には、積極的にこの分野に参入して、活躍いただきたいと考えます。臨床であれ、研究であれ、皆さんの力を人のために役立てて下さい。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Nature Reviews Disease Primers 掲載論文

麻疹

Measles

Nature Reviews Disease Primers 2 Article number: 16049 (2016) doi:10.1038/nrdp.2016.49

Author Profile

竹田 誠

国立感染症研究所 ウイルス第三部 部長
発熱発疹性ウイルス、呼吸器感染症ウイルスを中心に研究しています。

1992年3月 信州大学医学部医学科卒業
1992年6月 信州大学医学部小児科学教室入局
1993年10月 市立岡谷病院小児科勤務
1995年5月 東京大学医科学研究所入所
1998年4月 国立感染症研究所エイズ研究センター研究員
2000年9月 米国ノースウェスタン大学ハワードヒューズ医学研究所博士研究員
2003年9月 九州大学大学院医学研究院ウイルス学助手、講師、助教授を経て、後に准教授
2009年7月 国立感染症研究所ウイルス第三部部長、現在に至る。

国立感染症研究所 ウイルス第三部

竹田 誠氏

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