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脳を進化させたのはレプリカ遺伝子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120705

原文:Nature (2012-05-03) | doi: 10.1038/nature.2012.10584 | Human brain shaped by duplicate genes

Ewen Callaway

ある遺伝子の複数のコピーが、脳の情報処理能力を向上させたのかもしれない。

Justyna Pszczolka/Alamy

ヒトは二足歩行を行い、体毛の大部分を失っている点で、ほかの霊長類と異なっている。なかでも最も大きな違いは、言語、芸術、科学など、文明の象徴を生み出す能力のある脳を持っていることだ。先頃、Cellオンライン版に発表された2つの研究1,2により、何百万年も前に起こったDNAの重複エラーが、複雑なヒト脳の進化にきわめて重要な役割を担っている可能性が示唆された。

DNAをコピーする酵素は、染色体に遺伝子の余分なコピーを挿入することがある。そのようなレプリカ遺伝子はヒトゲノムの約5%を占めると見積もられている。しかし、この余分な新しい遺伝子は元の遺伝子とほとんど同一であるため、見落とされてしまう傾向がある。

ワシントン大学(米国シアトル)の遺伝学者であり、発表された2つの研究のうちの1つを率いたEvan Eichlerは、これまでの研究からヒトにはSRGAP2遺伝子が4コピーあることを発見しており、今回、この遺伝子に注目した。

Eichlerらは、SRGAP2の重複によって生じた3つの遺伝子は、元の遺伝子とともに1番染色体にあるが、オリジナルの正確なコピーではないと報告している。3つの重複遺伝子すべてが、元の遺伝子のどこか一部を欠失しているのだ。しかしながら、少なくとも重複遺伝子の1つ(SRGAP2C)は機能するタンパク質を作ると考えられる。また、検討した各個人のヒトゲノム(2000人以上)にSRGAP2Cが存在することも判明し、SRGAP2Cの重要性が強く示唆された。

Eichlerらによれば、SRGAP2Cはおよそ240万年前に出現したという。この頃にアフリカで頭蓋骨の小さいアウストラロピテクス類から脳容量のより大きいHomo属の種が進化した。そして同じ頃の化石から、石器が見られるようになった。これら古代の人類はやがてHomo erectusになる。Homo erectusはおよそ180万年前にアフリカを出た最初のヒトの祖先である。

脳機能の向上

2つ目の研究2では、SRGAP2Cの出現が、より大きくなった脳の機能を向上させた可能性を示唆している。

スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の神経生物学者Franck Polleuxが率いる研究チームは、SRGAP2Cタンパク質は元のタンパク質の機能を阻害する、つまり、ヒトにおいて先祖のSRGAP2遺伝子を効果的に「ノックアウト」することを発見した。さらに、研究チームは、発生中のマウスのニューロンにおいてヒト型のSRGAP2Cを発現させてみた。その結果、マウスの脳容量は増加しなかったが、そのニューロンは樹状突起スパインと呼ばれる脳細胞構造の密度が高く、隣接するニューロンとの接続が増加した。「ニューロン間の接続の総数が増加しているなら、ネットワークの情報処理能力も向上しているでしょう。つまり、コンピューターのプロセッサーの数を増やすようなものなのです」とPolleuxは言う。

またマウスでは、ヒト型SRGAP2C遺伝子は発生中の脳でのニューロンの移動速度も増加させた。Polleuxらは、この形質が、ヒト祖先の大きくなった脳においてニューロンの長距離移動に役立ったのかもしれないと推測している。

しかし、テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国ダラス)の神経科学者Genevieve Konopkaは、「脳の進化において1つの遺伝子の役割を重要視することについては、慎重でなければなりません」と言う。それでもKonopkaは、この2つの論文が、SRGAP2の重複がヒトの認知に影響を与えたことを示すよい例であると考えている。

一方、コロラド大学(米国デンバー)の進化遺伝学者James Sikelaは、SRGAP2の重複はヒトの脳を形作った多数の遺伝学的変化の1つであろうと付け足す。Sikelaらは、ヒトに特有の多数の重複遺伝子を同定している3。そして、その多くが脳に発現しているのだ。「ヒトをヒトたらしめた遺伝子を見つけることは、困難かもしれません。しかし、現在、これを探求するための手段も材料も豊富にあるのです」とSikelaは語る。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. Dennis, M. Y. et al. Cell http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2012.03.033 (2012).
  2. Charrier, C. et al. Cell http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2012.03.034 (2012).
  3. Fortna, A. et al. PLoS Biology 2, e207 (2004).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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