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細胞が外部に及ぼす力を三次元で可視化

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110530

原文:Nature (2011-02-17) | doi: 10.1038/470340a | Push It, Pull It

Pascal Hersen & Benoit Ladoux

移動する細胞は、環境に対して機械的な力を及ぼし、またそこからの力も受けている。今回、2つの技術を組み合わせることによって、こうした細胞と環境との相互作用のようすを詳しく調べることが可能になった。観測・測定の結果、細胞の「押し引き機構」によって、水平面内だけでなく鉛直方向にも力が及んでいることが初めて明らかになった。

メカノバイオロジー(機械生物学)は、生きている細胞が環境の機械的・物理的な刺激を感知し、それに反応する仕組みを解明しようとする新しい研究分野である。水滴のような受動的なものとは対照的に、生きている細胞は、移動しながら環境に力を及ぼして、能動的に環境を探索している1。そうした力は、細胞の変形といった物理的・機械的な事象を引き起こすだけでなく、細胞–環境間の接着シグナル伝達や細胞骨格の再編成のような細胞内の過程をも誘発する。このような文脈の中で、機械的な力が、細胞の移動、がんの進行、幹細胞の分化など、多くの生物機能において主要な役割を果たしていることが示されている1-3

しかし、こうした力が空間と時間の中でどのような特性を示すのか、これまで正確には記述されてこなかった。今回、Delanoe-AyariらがPhysical Review Lettersに発表した顕微鏡技術は、まさにそれを明らかにする手段である4

図1:細胞接着に関与する機械的な力
a. 牽引力顕微鏡技術の古典的な表現。蛍光ビーズ(灰色の点)を変形可能な基質の中に埋め込み、その上に細胞を置く。細胞が基質に及ぼす力によって、蛍光ビーズが移動する(青い矢印)。これに基づいて、接線方向の牽引力(紫色の矢印)を求める。

b. Delanoe-Ayariらは、上の技術を拡張して、細胞が柔らかい基質に及ぼす牽引力を3次元で正確に決定できるようにした4。彼らは、細胞–基質間相互作用が「押し引き機構」により調節されていることを発見した。細胞は、核の下の部分では基質を真下に押し、外縁部では細胞の中心に向かって斜め上に引っ張っている。紫色の細い矢印は、斜めに引っ張る力を接線成分と垂直成分に分解したもの。

c. 硬い基質の上に置いた細胞は薄く広がるため、細胞のアクチン細胞骨格(緑色の細い線)の張力により、核が大きくひずむ可能性がある。 | 拡大する

1980年代初頭のHarrisらの重要な研究により、外力を受けてたわむことができる二次元の基質上に細胞を置くと、細胞がこれに力を及ぼして変形させることが実証された5。それ以来、細胞の牽引力(粘着摩擦力)による弾性基質の変形をマッピングするため、さまざまな技術が開発されてきた1。こうした顕微鏡技術は、分子レベルから多細胞レベルまで、細胞–基質間相互作用の調節過程についての理解を深めた6-8。しかし、つい最近まで、この技術は水平面内の力の計算にしか用いられていなかったため、細胞内の力に関係する生体要素は、大半が二次元表面と平行な方向にあると仮定されることになってしまった。つまり、基質に対して垂直な方向の要素は、無視できるほど小さいと仮定されていた(図1a)。

ところが近年、細胞は環境の三次元的な形状を探索し、それに反応する際も、すべての次元で活動していることがわかってきた9,10。Delanoe-Ayariらは、基質に接着する細胞が生成する三次元の力のパターンを正確にマッピングする方法を考案した4。その手法は、基本的にはDemboとWangが開発した牽引力顕微鏡技術の拡張版で11、細胞から力を受ける基質の弾性特性と、その表面付近に埋め込んだ蛍光ビーズの動きから、基質の変形と細胞の牽引力を測定する。この手法を、ビーズの動きを三次元的に追跡する技術12と組み合わせることで、今回、細胞の牽引力の空間的・時間的な分布を、三次元すべてで正確に決定することができたわけだ。

具体的に述べよう。著者らは、力学的特性を容易に制御できる柔らかいゲル基質の上に、土の中に生息するアメーバ状の粘菌キイロタマホコリカビDictyostelium discoideumの細胞を置いて、この手法で観察・測定した。驚いたことに、蛍光ビーズはゲルの内部にランダムに分布していたにもかかわらず、光の焦点をゲルの上面に合わせて観察すると、ちょうど細胞がいる場所に、蛍光シグナルの「ブラックホール」が現れた。これは、細胞が蛍光ビーズをゲルの内部に押し込んだため、顕微鏡の焦点からはずれて見えなくなったことを意味する。実際、基質から細胞を取り除くと、蛍光ビーズは平衡位置に戻って、再び蛍光シグナルが現れた。

さらに、観察された三次元の力のパターンは、粘菌の細胞が「押し引き機構」によって柔らかい基質との相互作用を調節していることを明示していた。すなわち、粘菌細胞は、核の下の部分ではゲルを真下に押し、外縁部では細胞の中心に向かって斜め上に引っ張っているのだ(図1b)。全体の力はゼロになる理屈なので、垂直方向に引く力と押す力はちょうど釣り合っている。

Delanoe-Ayariらは、鉛直方向の力が存在しているだけでなく、その強さが水平面内の力と同程度であることも証明した4。これは、生物機能における細胞–基質間相互作用の役割を調べる際に、垂直方向の力も調べる必要があることを教えている。これまでの研究から、哺乳類の組織細胞も、粘菌とほとんど同じように環境を変形させることがわかっている13,14。このことと考え合わせると、著者らの今回の知見は、あらゆる種類の接着細胞において、三次元の力を考慮することが重要であることを示している。同時に、押す力と引く力の間の力学的な釣り合いについて、新しい明確な説明を与えたものと言える。

基質の弾性が、細胞の運命を決定することもある3。したがって、機械的な力が及ぼす細胞–環境間相互作用と遺伝子発現の関わりを理解することは、メカノバイオロジーの主要課題の1つなのだ。観察された力のパターンを見ると、細胞の核と細胞質部分との間の物理的結合について、疑問が生じる15。著者らは、核より柔らかい基質の上で細胞を培養しており、細胞が基質と接触するとき、基質の方が核よりも大きく変形するようになっている。では、細胞を硬い基質の上に置いたとき、押す力が核の変形を引き起こすのだろうか。細胞の運命を再プログラミングするかどうかも含めて、今後の研究課題だ。

哺乳類の組織細胞は、硬い基質の上ではより大きな力を及ぼし、基質の表面に大きく広がって、核をいっそう圧縮することが知られている(図1c)。それゆえ、基質の硬さが増すことで、水平面内の力が大きくなり、鉛直方向の力が相対的に小さくなる可能性がある。著者らの技術がさまざまな硬さの基質にどこまで適用できるかは、まだわからない。

細胞機能と機械的刺激との相互作用が完全に解明されるのは、ずっと先のことであろう。しかし、Delanoe-Ayarらは、細胞の牽引力(粘着摩擦力)が、水平面内だけでなく鉛直方向でも重要であり、全体の理解に不可欠であることを明確に示したと言える。

(翻訳:三枝小夜子)

Pascal HersenとBenoit Ladouxは、パリ・ディドロ大学(フランス)およびCNRSの材料複雑系研究所とシンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所に所属。

参考文献

  1. Discher, D. E., Janmey, P. & Wang, Y.-L. Science 310, 1139-1143 (2005).
  2. Paszek, M. J. et al. Cancer Cell 8, 241-254 (2005).
  3. Engler, A. J., Sen, S., Sweeney, H. L. & Discher, D. E. Cell 126, 677-689 (2006).
  4. Delanoe-Ayari, H., Rieu, J. P. & Sano, M. Phys. Rev.Lett. 105, 248103 (2010).
  5. Harris, A. K., Wild, P. & Stopak, D. Science 208,177-179 (1980).
  6. Beningo, K. A. & Wang, Y.-L. Trends Cell Biol. 12,79-84 (2002).
  7. Balaban, N. Q. et al. Nature Cell Biol. 3, 466-472 (2001).
  8. Trepat, X. et al. Nature Phys. 5, 426-430 (2009).
  9. Vogel, V. & Sheetz, M. Nature Rev. Mol.Cell Biol. 7, 265-275 (2006).
  10. Ghibaudo, M. et al. Biophys.J. 97, 357-368 (2009).
  11. Dembo, M. & Wang, Y.-L. Biophys.J. 76, 2307-2316 (1999).
  12. Weeks, E. R., Crocker, J. C., Levitt, A. C., Schofield, A.& Weitz, D. A. Science 287, 627-631 (2000).
  13. Hur, S. S., Zhao, Y., Li, Y. S., Botvinick, E. & Chien, S. Cell. Mol.Bioeng. 2, 425-436 (2009).
  14. Maskarinec, S. A., Franck, C., Tirrell, D. A. & Ravichandran, G. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 22108-22113 (2009).
  15. Mazumder, A. & Shivashankar, G. V. J. R. Soc.Interface 7, S321-S330 (2010).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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