タコにもレム睡眠に似た睡眠段階があることを解明!
–– 今回、タコの睡眠を研究対象とされたのはなぜでしょう?
清水 まず、私たちの研究室のボスであるサム・ライター(Sam Reiter)先生が、前職のマックス・プランク研究所(ドイツ)のときにトカゲの睡眠を研究していたという経緯があります。ライター先生は、2019年にOISTで自分のラボを持つに当たり、海洋無脊椎動物である頭足類を研究対象にしようと決めていました。タコは頭足類の1種で、OIST周辺の海で容易に採集することができます。これまでに、タコが比較的高等な脳を持つこと、睡眠様の行動が観察されることなどが報告されていましたが、電気生理学や解剖学を用いた包括的な解析は行われていませんでした。そこで、これらの手法でタコの睡眠を研究してみようということになり、大学院生のアディティ・ポフレ(Aditi Pophale)さんがフィールドワークでいろいろなタコを採集するところから始めることになりました。
–– 中でも「ソデフリダコ」を解析対象にした理由は?
真野 アディティさんが採集してきた数種類のタコを飼育し、睡眠の様子を観察するとともに、サイズ、餌の量、ストレス耐性などの「実験動物としての扱いやすさ」を検討しました。すると、その中にいたソデフリダコ(Octopus laqueus)に「日中に眠り、夜活動する」「睡眠中は体表が白くなるが定期的にごく短時間だけ皮膚表面に模様が現れる」という興味深い現象が見られると分かりました。
ソデフリダコは沖縄の固有種で、日本人の研究者によって2005年に報告されました1。小さい個体だと、外套部が約3 cm、体長は伸びたときで約10 cmと、研究室で飼うのにちょうど良いサイズで、あまり動かず、餌は1日に小型のカニ1匹で十分です。夜行性なので昼間に研究室で睡眠を観察し、動画を撮るにも好都合でした。睡眠中に目の動きなどを観察するのも容易です。このようなソデフリダコは、冬の夜、干潮時に潮だまりを探すと、すぐに10匹、20匹と採れます。ただし、採れるのは12〜4月くらいまでなので、実験は冬に限定されました。人工繁殖はできていません。
–– どのような状態が「タコの睡眠」といえるのか、ご説明ください。
清水 私たちのタコの飼育環境は、人工的に12時間光を照らし、12時間暗くするというものです。この状態だと、ソデフリダコは昼間の12時間はほぼ眠っていました。興味深いことに、睡眠中は「ほぼ動かず、体表が白い約45分」と、「呼吸が早くなって全身の筋肉が痙攣するように動き、体表に模様と突起が現れる1分」が繰り返されていました。後者で見られる皮膚模様にはさまざまなパターンがあり、その順番はランダムに現れていました。私たちは、前者を「静的睡眠(quiet sleep:QS)」、後者を「動的睡眠(active sleep:AS)」と呼び、特にASに着目した実験と解析を行うことにしました。
真野 哺乳類、例えばマウスの実験で「これらを満たせば睡眠と呼べる」との共通認識が得られている評価ポイントが4つあります。具体的には、1)ほとんど動かなくなる、2)可逆的に意識が戻る、3)刺激への応答の閾値が上がる、4)睡眠量が恒常的な制御下にある、というものです。4)は分かりにくいかもしれませんが、「何日も眠らないと、その分、その後に通常より長く眠り続ける」といったように恒常性が維持されることを意味します。今回、私たちも、同じ4つの評価ポイントを使いました。
–– 具体的に、どのような実験と解析を進められたのでしょう?
真野 タコの脳に電極を刺して脳波を測定する電気生理学的な解析、脳波が計測された脳領域についての解剖学的な検討、前述の睡眠量の測定や断眠などの行動実験、光の照射時間を変えて概日リズムを検討する実験、AS中と覚醒時の体表模様変化をAIにより比較する解析などを行いました。これらによって明らかにしたいポイントは主に3つありました。「ASも本当に睡眠と呼んでよいのか」「ASも睡眠だとして、哺乳類の浅い眠り(レム睡眠)と相同性があるかどうか」「ASと体表に現れる模様に、どのような関連があるのか」です。
清水 脳波測定による電気生理学的な解析は、私が担当しました。タコの脳には皮質や海馬などはありませんが、体の割に大きな脳を持っています。「軟体動物」の名に表されるようにタコの体は非常に柔らかいのですが、それでも脳は薄い軟骨様組織で覆われています。そこで、生きたタコの頭に小さな穴を開け、脳の一部を露出させ、そこから多点電極(Neuropixels)を挿して脳波を調べました。このような操作をされても、タコは通常の睡眠と同様の睡眠行動を取りました。
真野 解剖学的な検討は、私が担当しました。脳波測定に用いた電極には蛍光色素が塗布してあり、電極が挿入されていた脳部位を脳波測定後に顕微鏡下で同定することできます。脳波測定と模様観察を終えたタコの脳全体を透明化し、光シート顕微鏡を使って脳全体を3次元でスキャンしてみました。こうすることで、 1細胞レベルと極めて高い解像度で観察できるのです。その結果、清水さんが特定した「AS中に1〜10Hzの周波成分を示す部位」はvertical lobe(VL)、「AS中に1〜40Hzの周波成分を示す部位」はsuperior frontal lobe(sFL)という領域であると分かりました。VLとsFLは、学習や記憶などの機能を担うとされていた領域です2。
そしてAIによる画像解析では、AS中と覚醒時の体表模様変化の比較を行いました。覚醒中とAS中の皮膚模様のパターンを動画に撮り、向きをそろえた上でディープラーニングを使って画像分類を行ったところ、AS中には「覚醒中に見られた模様の一部」が出ていると分かりました。
–– 一連の結果から、ASについてどのような知見を導き出せたのでしょうか?
真野 以下の4点を明らかにできたと思います3。1)ASも睡眠と呼べる。つまりタコは二段階睡眠を行うこと。2)AS中には覚醒時と似たような脳波が現れること。3)電気生理学的に特徴付けられるASと、睡眠行動として特徴付けられるASが同期していること。4)AS中の体表の模様の中には、覚醒時に見られたものがあること、です。
これらの知見は、タコの二段階睡眠が、ヒトを含めた哺乳類の睡眠と類似していることを示唆しています。ヒトなどの哺乳類は、一晩の間に、深いノンレム睡眠と浅いレム睡眠の2種を繰り返しています。このうちレム睡眠では覚醒時に近い脳波が観察され、眼球が動きます。このときの脳は昼間に経験したことなどの情報を整理しており、夢を見るのはレム睡眠中だとされています。今回の結果から私たちは、「タコがAS中に昼間の出来事を追体験し、それが体表模様にも反映されるのではないか」という壮大な仮説を立てるに至りました。やや大袈裟ですが、AS中にタコも夢を見ている可能性も否定できないと考えています。
脳を持つ生物は必ず眠ります。繰り返しになりますが、タコと哺乳類は独立に進化したにもかかわらず、「ノンレム睡眠/レム睡眠」と「QS/AS」という類似性のある二段階睡眠に到達した点が非常に面白いと感じています。そこには、脳や睡眠の根本的な原理原則のようなものがあるのかもしれません。
–– 比較的短期間に素晴らしい成果を出せたカギは何だったのでしょう?
清水 解剖学、電気生理学、行動生物学、大規模データ解析など専門領域の異なる研究者がうまい具合にチームを組んで、それぞれの仕事をやり遂げたことが大きかったと思います。
真野 「ソデフリダコが採集できる冬にしか実験ができない」という制約が、私たちの尻を叩いたように思います。特に最後の年に当たる2021年から2022年にかけての冬の時期は、マウスを用いた研究ではあり得ない緊張感が漂いました。私も、専門の異なる研究者によるチームメンバーとの協働は楽しかったです。今は、清水さんが製薬企業に就職し、アディティさんが間もなく卒業するので、メンバーは入れ替わりますが、引き続きラボでは、行動や神経科学の実験を進めています。
–– 最後に、今後の展望について伺えますか?
真野 ASが哺乳類における夢のように、昼間の出来事の追体験をし、学習を進めているかどうかを明らかにするのが次の目標です。Natureに発表した論文3の考察でも言及したのですが、タコが昼間のサンゴ礁や岩陰で擬態の練習をしている可能性もあると考えています。哺乳類との類似性が見つかっても、その逆で、全く異なる現象だと分かっても、面白いと思っています。
清水 今は基礎研究から離れてしまいましたが、頭足類の神経科学がさらに発展していくことを願っています。また、今後もライターラボから革新的な研究結果が発表されることを楽しみにしています。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)
著者紹介
清水一道(しみず・かずみち)
沖縄科学技術大学院大学博士研究員(当時)
2006年、東京大学理学部生物化学科卒業、2011年、同大学院にて理学博士の学位を取得。2011年より米国国立衛生研究所博士研究員、2017年より東京大学定量生命科学研究所助教、2020年から2022年まで沖縄科学技術大学院大学博士研究員。
真野智之(まの・ともゆき)
日本学術振興会特別研究員(PD)
沖縄科学技術大学院大学博士研究員
2015年、東京大学理学部物理学科卒業。2021年、同大学院情報理工学系研究科にて情報理工学博士の学位を取得。2021年より現職。物理学とマウスの神経科学のバックグラウンドを生かし、先進的な技術を使ったタコ、イカの脳の機能、回路の研究に従事。
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240226
参考文献
- Kaneko, N., et al. Bull. Natl Sci. Mus. Series A, Zoology 31, 7–20 (2005).
- Young, J. Z. Biol Bull. 180, 200–208 (1991).
- Pophale, A., et al. Nature 619, 129–134 (2023).
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