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更年期の女性の脳で起きている変化

Credit: Illustration by María Corte

アリゾナ大学(米国トゥーソン)の神経病理学者Naomi Ranceが閉経と脳についての研究を始めた1990年代、この分野には彼女以外ほとんど研究者がいなかった。そして彼女は、自分自身が驚くような発見をした。死後脳を調べたところ、閉経後の女性では視床下部のニューロンの大きさが約2倍になっていることが明らかになったのだ1。「閉経の前後でこれほど大きな変化が起きているのですから、重要な意味があるはずだと確信しました」とRance。

けれども当時は、この発見に興味を示す研究者はほとんどいなかった。Ranceは独力で研究を進め、問題のニューロンが何をしているかを丹念に解き明かしてきた。そして解明に挑む中で、更年期症状とほぼ同義語になっている「ホットフラッシュ」の研究にラットを用いる方法を編み出した。ホットフラッシュは顔の火照りやのぼせのことで、閉経への移行期にある女性の約80%が経験する。この症状には視床下部が関与していると考えられている。Ranceは、ラットの尾のわずかな温度変化を追跡することで、これをホットフラッシュの指標とした。

それから30年、Ranceの発見を基礎にしたアステラス製薬(東京都)の治療薬フェゾリネタント(fezolinetant)が米国食品医薬品局(FDA)の審査を受け、2023年5月12日に承認された。フェゾリネタントは、ホットフラッシュの原因を治療する初の非ホルモン療法という点で、画期的な薬である(性自認が女性である人の全員が閉経を経験するわけではなく、閉経を経験する人の全員が女性の性自認を持つとは限らないが、この記事では閉経を経験する人を「女性」と表現する)。

Ranceをはじめとするこの分野の研究者にとって、フェゾリネタントがここまでたどり着いたことは、更年期症状の原因と影響に関する研究がついに本格的に始まったことを意味している。今後数年で、閉経を迎えた女性は全世界で10億人を突破すると予想されている。それにもかかわらず、多くの女性はいまだに閉経に関連した症状の治療を受けにくい状況にあり、そうした症状への最善の対処法に関する研究も遅れている。けれども今、そんな状況が徐々に変わろうとしている。動物モデルが改良され、既存の治療法の効果についての文献もそろってきたことで、問題を解決するためにより多くの研究者がこの分野に参入してきているのだ。

研究者は、閉経および閉経までの移行期(閉経周辺期)が閉経後の人生における脳の健康状態を左右すること、そして、アルツハイマー病などの神経変性疾患のリスクと相関している可能性さえあることを認識し始めている。

フェゾリネタントや開発中の類似薬は、閉経の捉え方が変わってきたことを示している。かつては女性の生殖器官に起こる変化として捉えられていた閉経が、神経学的な原因と影響という観点から捉えられるようになってきたのだ。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)で女性のメンタルヘルスと加齢について研究しているHadine Joffeは、「閉経は卵巣機能の変化によって起こると考えられてきました。脳が閉経を支配しているという捉え方は、これとは別の概念です」と言う。

緩やかに停止に至る

閉経は月経が12カ月以上連続して停止することと定義され、通常は45〜55歳に起こる。しかし、閉経に関連した卵巣機能の停止が一夜にして起こることはめったにない。多くの女性は、卵巣機能のぎくしゃくした低下を数年にわたって経験し、その間、エストロゲンやプロゲステロンといった重要な性ホルモンの産生は不安定化する。マイアミ大学(米国フロリダ州)で生殖と神経学の研究をしているAmi Ravalは、「短期間にがくんと低下するのではなく、長い長い時間をかけて低下してゆくのです」と言う。「卵巣はゆっくりと、『そろそろ私たちの生理機能を停止するよ』というシグナルを送っているのです」。

つまり、それまで予測可能なパターンで増減を繰り返していたホルモンの産生が、数年にわたって不安定化してしまうのだ。アリゾナ大学の神経生物学者Roberta Brintonは、閉経周辺期には、それまでエストロゲンのシグナルに従っていた脳回路が混乱してしまうことがあると言う。

エストロゲンは脳を刺激してグルコースの取り込みとエネルギーの産生を促すなど、脳のために多くの仕事をしている。閉経への移行が完了すれば、ニューロンはエストロゲンの不在に慣れてゆく。けれども閉経周辺期には、ある週にエストロゲンの濃度が急降下したかと思えば、翌週には急上昇したりする。結果として脳細胞は周期的にエストロゲン不足に見舞われるものの、エストロゲンのない状態に適応するための経路ができてくるほどには不足状態が持続しないため、この期間はニューロンがうまく働かなくなってしまうとBrintonは言う。

閉経前には、特徴的な更年期症状が多く現れる。その代表格がホットフラッシュで、他には、月経不順、不安、高血圧、集中力を損なう「ブレインフォグ(脳の霧)」などが知られている。「『これらの症状が閉経前に出るはずはないから、まだ症状を訴えるべき時期ではない』と思っている人もいます」とJoffeは言う。「けれども実際には、閉経前は、ある意味、最も更年期症状が出やすい時期なのです」。

閉経前は、閉経への移行を和らげるための治療法を用いた介入のカギとなる時期でもある。こうした介入には、閉経後に加速するように見える加齢性疾患の進行を遅らせる効果もあるかもしれない。Ravalや他の研究者たちは、閉経への移行期が、閉経後にアルツハイマー病や脳卒中などのリスクを上昇させる下地を作っているのかもしれないと考えている。

更年期に明確な始まりと終わりがないことは、その研究を困難にしている。ミシガン州立大学(米国グランドラピッズ)の人口科学者であるStacey Missmerは、「ホルモン補充療法などの治療法の大規模臨床試験ではしばしば、閉経後、時には最後の月経から何年も経過しているような女性に焦点を合わせてきました」と言う。「更年期症状がすぐに消える女性もいれば、何年も、何十年も続く女性もいます。このことが閉経後の健康と関連があるのかどうかは不明です」。

その一方で、治療法の選択肢が少ないため、ハーブサプリのようなエビデンスのない治療法にすがる女性もいる。モナッシュ大学(オーストラリア・メルボルン)の内分泌学者Susan Davisは、「女性たちは、これまでのように自分の役割を果たしたいのにそれができず、歯がゆさに苦しんでいます。それなのに誰も彼女たちを助ける方法を知らないのです」と言う。

高まる注目

今、こうした問題に正面から取り組もうとする機運が高まっている。女性健康研究会(Society for Womenʼs Health Research、米国ワシントンD.C.)の会長であるKathryn Schubertは、閉経について語ることはこれまでタブー視されていたと言う。閉経は、加齢と女性のリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)という、長年、見て見ぬふりをされてきた2つのテーマが重なるところにあるからだ。けれども近年、閉経を巡るタブーは緩和されつつある。加齢と女性のリプロダクティブ・ヘルスについての議論が盛んになるにつれ、女性たちは更年期に経験する症状について積極的に発言するようになってきた。

製薬会社や消費者健康企業もまた、閉経への意識を高め、この分野の市場規模を拡大することを狙っている。ヒト以外の霊長類の閉経について研究しているエモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)の行動科学者のVasiliki Michopoulosらは2023年、スーパーボウル(アメリカンフットボールのシーズン最大の試合)をテレビ観戦していたときに、ホットフラッシュについてのCMが入ったことにあぜんとしたという。スポンサーはアステラス製薬だった。「その途端、研究チームのチャットは大騒ぎになりました。私も『本当に?』『スーパーボウルで?』と言いました」。

研究者たちは、世間の注目が研究助成につながることを期待している。この分野には長期的な助成プログラムがないことが多く、先行きの読めない資金調達環境が生じていて、研究者の研究意欲をそいでいた。バック加齢研究所(Bach Institute for Research on Aging、米国カリフォルニア州ノバート)の神経科学者Jennifer Garrisonによると、彼女は2018年に、ある慈善家から「生殖機能の老化に関する研究を助成したい」と持ち掛けられたが、助成先を見つけるのに苦労したという。「助成先がなかなか見つからなかったのは、この分野に興味深い問題がなかったからではありません。生殖機能の老化は、私が想像する限り、最も魅力的な問題の1つです」と彼女は言う。「ただ、それまで助成が行われていなかったため、研究する人がいなかったのです」。

注目の高まりとともに、研究方法も改良されつつある。ヒトのように自然に閉経する動物は、他には数種のクジラしか知られていない(2015年6月号「シャチの狩りでは閉経後の雌がリーダーに」参照)。ほとんどの種は死ぬまで生殖能力を維持している。ワイルコーネル医科大学(米国ニューヨーク州イサカ)の神経科学者Teresa Milnerは、「閉経はヒト特有のものです。だからこそ研究が難しいのです」と言う。

この問題に対処するため、研究者たちは卵巣を外科的に摘出した動物を調べてきた。その後、卵巣が産生する2大ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンを、量を調節しながら動物に投与することで、閉経への移行を模倣していた。卵巣にはこの2種類の他にテストステロンなどのホルモンも少量存在しているのだが、Joffeによると、これらを投与することはほとんどないという。

近年、助成機関は研究者に対して、このモデルからの脱却を促している。1つの選択肢は、老化するメスのマウスを使うことだ。もっと巧妙な選択肢としては、マウスを4-ビニルシクロヘキセンジエポキシドで処理する方法がある。これはゴムタイヤの製造などの工業過程で使用される物質で、卵巣の一次卵胞を死滅させ、更年期に似たエストロゲン分泌の揺らぎを誘発することができる。

より良い治療法

Milnerは、このようなモデルを利用して、更年期症状のより良い治療法を開発したいと考えている。現時点では、閉経前から減少し始めるエストロゲンを補充し、時にプロゲステロンも補充するという治療法が主な選択肢となっている。しかし、全ての人がホルモン補充療法(HRT:hormone replacement therapy)の適応となるわけではなく、血栓症のリスクがある人や乳がんの既往のある人は適応にならないとDavisは言う。

HRTについては、1人1人の女性にとって最適な投与量とタイミングを研究者が理解するのは、まだ先のことになりそうだ。2002年には、米国で実施されていた「女性の健康イニシアチブ(WHI:Womenʼs Health Initiative)」という大規模臨床試験において、閉経後にエストロゲンとプロゲステロンを投与されていた群が、対照群に比べて浸潤性乳がんのリスクが高いことが判明し、この群の試験が中止されている。2004年には、エストロゲンのみを投与されていた群で脳卒中の発生率が高いことが明らかになり、こちらの試験も中止された2。その後の論争により、多くの女性がHRTを中止することになった。

WHIの臨床試験に対しては、参加者に比較的高濃度の合成ホルモンを投与していたことや、参加者の多くが60歳以上で、閉経への移行からかなりの年月が経過していたことなどに、多くの懸念が寄せられた3。けれどもデータを解析したところ、浸潤性乳がんのリスクの増加はHRTを10年以上受けていた人に限られていた。また一部のデータは、経口錠剤ではなくパッチやゲルなどの局所エストロゲンを用いるようにすれば脳卒中のリスクを最小化できることを示唆していた4。研究者や臨床医はその後のHRTを巡る議論に忙殺され、他の治療法を模索する余地がほとんどなくなってしまったと、Missmerは言う。

エストロゲン受容体と結合したエストロゲンの一種、エストラジオール。結合後核内に移行し、特定遺伝子の発現を制御する。 Credit: vdvornyk/iStock/Getty

2002年以降も小規模な研究はいくつか行われていて、閉経への移行期の早い段階でHRTを実施すれば、ホットフラッシュを緩和できるだけでなく、心血管疾患の予防や骨の健康維持にも有益であることが示唆されている。WHIの臨床試験に参加した高齢の女性たちは、閉経周辺期から何年も経過していて、その身体はエストロゲンのない状態に適応していたとMilnerは言う。「エストロゲン受容体のほとんどがエストロゲンの働きを忘れてしまった頃に、エストロゲンを補充しようとしていたわけです」と彼女は言う。「HRTで更年期症状を治療できる期間は限られているのだと思います」。

現段階では、治療介入が有益な期間は明確に定義されておらず、閉経前にHRTを開始する場合にさえ、全ての症状を緩和できるわけではない。「HRTは完璧な治療法ではないのです」とGarrisonは言う。「この事実は、更年期にはエストロゲンの減少の他に何かが起きていることを示しています」。

Ranceは、その手掛かりをつかんだ最初の1人だ。彼女はラットを使った研究で、ニューロキニンBという分子が脳内の受容体に結合してこれを活性化させるとホットフラッシュのような変化が起こることを、2011年に立証した5。彼女の研究は、別の理由でニューロキニンBを研究していたインペリアルカレッジ・ロンドン(英国)の内分泌学者Waljit Dhilloの目に留まった。DhilloらはRanceの研究を臨床に移し、1日に7回以上ホットフラッシュがある女性に、ニューロキニンBの受容体への結合を阻害する化合物を投与すると、ホットフラッシュの頻度を減らせることを明らかにした6

その後、アステラス製薬の研究者らが、この化合物に似たフェゾリネタントも、閉経に関連した中等度から重度のホットフラッシュのある女性において、その頻度を減少させることを示した7。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)の神経内分泌学者で、ホットフラッシュの専門家であるStephanie Correaは、ホットフラッシュに悩む女性の多さを考えると、フェゾリネタントは更年期の女性の健康に大きな影響を与える可能性があると言う。

Correaはまた、フェゾリネタントを投与してもホットフラッシュが完全にはなくならないという事実は、この薬に改良の余地があることを意味しており、そのためには体温調節機能についての理解を深める必要があると指摘する。その道程は平坦ではないかもしれない。「フェゾリネタントは、30年に及ぶ基礎科学研究に基づいて開発された薬です。次の一歩を踏み出せるのは、かなり先のことになるかもしれません」。Correa自身、ホットフラッシュを研究テーマにしていることについて、長年、助成機関や同僚の無理解と闘ってきた。「ホットフラッシュは命に関わる症状ではないので、大して重要ではないと思われているのです」とCorreaは言う。

多様な症状

ホットフラッシュは、単なる不便以上のものになることがある。ホットフラッシュは精神的につらく、日常生活の妨げになるだけでなく、更年期の女性の多くを悩ませる睡眠障害の主な原因でもあるからだ。Joffeは、途切れ途切れの睡眠は、高血圧や代謝の変化、不安などの更年期症状に影響を及ぼしているかもしれないと言う。エストロゲン濃度の低さが、ホットフラッシュとは無関係な夜間覚醒の原因になることを示唆する研究もある8

Brintonは、これはエストロゲンの減少が脳に及ぼす多くの影響の1つにすぎないと言う。彼女と共同研究者たちは、齧歯類9とヒト10の両方において、性ホルモン濃度の低下が脳の代謝と免疫状態に非常に大きな影響を及ぼすことを発見している。そのカギとなるのが、脳の主要な栄養源であるグルコースの取り込みを調節しているエストロゲンだ。Brintonらは、エストロゲン濃度が低下すると、最初に脳の代謝活動が急激に低下することを発見した。「飢餓反応は、『燃料が足りない。別の燃料が必要だ』というSOSなのです」。

それに呼応して、脳はグルコースではなく脂質を代謝するようになるとBrintonは言う。彼女はこの切り替えが炎症を引き起こし、炎症が更年期のブレインフォグの一因となり、閉経後の女性のアルツハイマー病やパーキンソン病のリスクを高めているのではないかと考えている。「この移行において特に重要なのが、閉経周辺期なのです」と彼女は言う。「閉経への移行がどのように進行するかによって、炎症によるリスクが高まるか、閉経後も健康に過ごせるかという違いが生じてくるのです」。Brintonと共同研究者たちは、動物モデルから得られた知見を拡大するため、更年期の女性の脳画像研究も行っている。これまでに得られた知見は、神経生物学的に不安定な時期が過ぎると、脳内のグルコース使用量が閉経後の『新常態』に落ち着き、記憶力や認知機能検査の成績が改善することを示している10

更年期と脳の健康との関係は、現在進行中の疫学研究によっても裏付けられるかもしれない。例えば、全米女性健康調査(SWAN:US Study of Womenʼs Health Across the Nation)では、42〜52歳の女性を対象に、通院、血液検査、骨密度画像などによって追跡調査を行い、閉経への移行の諸相を捉えようとしている。

Ranceは2022年に退職し、研究室を閉めた。けれども彼女は、この分野の人口密度を少しばかり高くすることに成功した。「皆さんが思うほどではないかもしれません」と彼女は言う。「基礎研究の余地はまだまだたくさんあります」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230824

原文

How menopause reshapes the brain
  • Nature (2023-05-04) | DOI: 10.1038/d41586-023-01474-3
  • Heidi Ledford
  • ロンドン在住のNatureの上級記者

参考文献

  1. Rance, N. E. & Young, W. S. III Endocrinology 128, 2239–2247 (1991).
  2. Manson, J. E. et al. JAMA 310, 1353–1368 (2013).
  3. Lobo, R. A. Nature Rev. Endocrinol. 13, 220–231 (2017).
  4. Renoux, C., Dell’Aniello, S., Garbe, E. & Suissa, S. BMJ 340, c2519 (2010).
  5. Dacks, P. A., Krajewski, S. J. & Rance, N. E. Endocrinology 152, 4894–4905 (2011).
  6. Prague, J. K. et al. Lancet 389, 1809–1820 (2017).
  7. Johnson, K. A. et al. J. Clin. Endocrinol. Metab. https://doi.org/10.1210/clinem/dgad058 (2023).
  8. Coburn, J. et al. J. Clin. Endocrinol. Metab. 107, e4144–e4153 (2022).
  9. Yin, F. et al. Neurobiol. Aging 36, 2282–2295 (2015).
  10. Mosconi, L. et al. Sci. Rep. 11, 10867 (2021).