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COVID-19を発症しにくくする遺伝的バリアント

SARS-CoV-2の検査。感染していても無症状のことがよくある。 Credit: Sean Gallup/Getty

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染しても、少なくとも20%の人には症状が現れない。このたび、感染したときに発症しにくくする遺伝的バリアントが特定された。このバリアントを持っている人の免疫細胞は、風邪を引き起こす「季節性」コロナウイルスに感染した際に、SARS-CoV-2に対する免疫応答能を同時に獲得できる可能性がある。この研究論文の共著者であるカリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の免疫遺伝学者Jill Hollenbachは、この事前に獲得した免疫のおかげで、SARS-CoV-2に感染したときに免疫系は迷うことなく病原体を速やかに見つけ出して攻撃できるのだと説明する。論文はNature 2023年7月19日号に掲載された1

ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)の小児免疫学者Jean-Laurent Casanovaは、この研究は「拍手喝采に値する」と評価する。関連は「それほど強くはない」が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との「関連がこれまでに報告されている頻度の高い遺伝的バリアントの中では、最も強い関連を示している」と、Casanovaは話す。

幸運な人たち

遺伝的要因とCOVID-19のリスクとの関連を探る多くの研究は、重症例や死亡例に焦点を合わせてきた。こうした研究ももちろん重要だが、SARS-CoV-2に感染した人のほとんどは軽症だとHollenbachは指摘する。

研究チームは無症状の感染者と関連する遺伝的要因を検出するために、米国骨髄バンクのドナーのデータベースを利用した。ヒト白血球抗原(HLA)遺伝子のデータが利用できる3万人近くの参加者をこの研究に登録し、SARS-CoV-2の検査結果が陽性になったときに症状の有無を報告してもらった。HLAとは、体内のほぼ全ての細胞の表面に発現している免疫系タンパク質をコードしている遺伝子であり、HLAタンパク質は、侵入してきた病原体の断片を免疫系に提示し、T細胞と呼ばれる免疫細胞がすぐさま病原体を攻撃できるように刺激する。

15カ月の研究期間中に陽性と判定された1400人以上の参加者のうち、136人には症状が現れなかった。そのような無症候性感染とHLA遺伝子のバリアントとの関連を調べたところ、研究参加者の約10%が保有しているHLAバリアントと、無症候性感染との間に関連があることが分かった。このバリアントを2コピー持っている幸運な人たちは、1つも持っていない人に比べて、無症状のままで経過する確率が8倍高かった。「効果の大きさに唖然としてしまいました」とHollenbachは話す。

主要な解析は白人と自認している参加者を対象に行われた。他の民族集団や人種では、解析に必要な数の参加者が集まらなかったからだ。この関連はアフリカ系の参加者にも認められたが、アジア系やヒスパニック系の参加者ではあまり明確ではなかったという。

免疫細胞は記憶している

この防御バリアントがどのような仕組みで発症の予防に役立っているかを理解するために、HollenbachらはHLAタンパク質とT細胞の相互作用に注目した。研究チームは、このHLAバリアントを持つ人々からパンデミック前に採取していたT細胞を入手した。このT細胞はSARS-CoV-2に出合ったことがないので、その「記憶」を持っていないはずだ。それにもかかわらず、HLAタンパク質がSARS-CoV-2の「スパイク」タンパク質の断片をT細胞に提示すると、このT細胞はすぐに攻撃を開始した。

提示された断片は、季節性コロナウイルスのスパイクタンパク質の断片によく似ていることが分かった。両者の類似性のために、風邪のコロナウイルスに出合ったことのあるT細胞は感染を経験していないT細胞よりも、SARS-CoV-2に対する免疫応答を速やかに起こすことができるのかもしれない。

今回関連が見つかったHLAバリアントは他のバリアントと比較して、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の断片を季節性コロナウイルスの断片に似た形で提示する能力に優れていて、より強い抗ウイルス応答を引き起こすことができるのではないかと科学者たちは考えている。

フレデリック国立がん研究所(米国メリーランド州)の免疫遺伝学者Mary Carringtonは、今回の発見は、このHLAバリアントが感染しても発症しない確率を上げていることを示す「決定的な証拠」だと話す。この研究結果は、発症を予防するCOVID-19ワクチンの開発に拍車を掛けるかもしれないとCarringtonは言う。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2023.231014

原文

Had COVID but no symptoms? You might have this genetic mutation
  • Nature (2023-07-19) | DOI: 10.1038/d41586-023-02318-w
  • Max Kozlov

参考文献

  1. Augusto, D. G. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-023-06331-x (2023).