逆向きの骨代謝経路を発見! 骨形成に寄与
–– 骨代謝のシグナル伝達について、創薬につながり得る成果を上げられました
本間: そのように期待されることが多いのですが、薬につなげるにはこれまでとは違った難しさがあると思っています。私が所属する薬剤部では、さまざまな診療科と連携しながら、がん、認知症、生活習慣病などの慢性疾患の治療標的研究を進めています。骨代謝異常も、その1つです。例えば、閉経後の女性に多い骨粗しょう症は、骨折をきっかけに全身の機能低下を招くことが少なくありません。
–– まず、骨代謝について簡単にご説明ください。
本間: 骨は、一見、何の変化もないように見えますが、絶えず、古くなった部分が破壊・吸収され、空いたスペースに新しい骨が作られています。このサイクルにおいて、破壊・吸収と新生のバランスが維持されることで、骨の健康が保たれます。骨粗しょう症は、骨の破壊・吸収に新生が追い付かないために骨がスカスカになってもろくなり、変形したり折れたりといったリスクが高まる病気です。
骨代謝に関わる細胞は3種類あります。破骨細胞、骨芽細胞、骨細胞です。破骨細胞は古くなった骨を壊して吸収する細胞で、血球系の前駆細胞から分化して供給されます。小さな破骨前駆細胞には核が1つしかないのですが、分化する過程で多核化し、サイズも大きくなります。骨芽細胞は間葉系の前駆細胞から分化供給されます。骨芽細胞の役割としては、コラーゲンなどの骨基質を分泌して破骨細胞により破壊・吸収されて空いた場所を埋めることや、コラーゲン線維の石灰化(リン酸カルシウムの結晶化を促す機能を持つ小胞を放出する)、また一部の骨芽細胞は、骨基質内に侵入し、そこで骨細胞に分化することなどが分かっています。骨細胞は、樹状細胞のように四方八方に突起を伸ばし、互いに結び付いて網のような構造を作ります。3種の細胞の中で最も数が多く、石灰化への関与、物理的なストレスの感知との関連などが示唆されています。
–– 3種の細胞はどのような情報系で制御されるのですか?
本間: 重要視されているのは、RANKL(Receptor Activator of NF-κB Ligand)が、その受容体であるRANKに結合することで伝わるシグナル系です。RANKLは骨芽細胞と骨細胞の表面に、RANKは破骨前駆細胞表面に発現しています。1998年のRANKL発見当時から、骨芽細胞と破骨前駆細胞の共培養により、破骨前駆細胞から破骨細胞への分化成熟が誘導されることは知られており、「破骨前駆細胞に対して、骨芽細胞がRANKLシグナルを出す」というのが定説となりました1。
ところが2011年に、興味深い報告が、当時、東京医科歯科大学におられた高柳広先生とアーカンソー医科大学(米国)のチャールズ・オブライエン(Charles A. O’Brien)先生により同時期になされました。骨芽細胞のRANKLは、骨細胞に分化した後も発現し続けますが、高柳先生らは、骨細胞のRANKLだけを選択的にノックアウトしたマウスでは、破骨細胞の数が大幅に減ることを突き止めたのです2。骨芽細胞のRANKLはそのままなので、破骨細胞への分化や成熟には影響ないはずです。つまり、破骨前駆細胞にRANKLを供給しているのは定説の骨芽細胞ではなく、骨細胞だと解釈するしかない内容でした。
–– 今回の研究にも影響したのでしょうか?
本間: はい、影響を大いに受けています。骨芽細胞のRANKLの機能とシグナル伝達を正確に突き止めたいと考えました。研究を始めるに当たり、従来のRANKLからRANKへのシグナル伝達とは逆方向のシグナル系、つまりRANKからRANKLに伝わる系があるのではないかと仮説を立てました。破骨細胞由来のRANKがリガンド分子となり、骨芽細胞表面のRANKLが受容しているのではないかと仮定したのです。というのは、RANKLが属する腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor;TNF)スーパーファミリーと、RANKが属するTNF受容体スーパーファミリーの中には、受容体からリガンドへと逆方向にシグナルが伝わる例が知られていたからです。
一般的なTNFファミリーのリガンドと受容体は、細胞膜貫通型タンパク質です。RANKLを含めリガンドは、円錐に似た形の細胞外ドメインに、膜貫通部位と比較的小さな細胞内ドメインが付いた格好をしていて、これが3つ集まる(ホモ3量体になる)ことで機能できるようになります。RANKなど受容体の方は、細長い細胞外ドメインを持った分子で、やはりホモ3量体で機能します。膜に埋まった状態で3量体の隙間にリガンドが結合すると、細胞内部にシグナルを伝える仕組みになっています。
–– 具体的にどのような実験をしたのですか?
本間: ポイントは2つあります。1つは、破骨細胞の成熟過程で、どのようにRANKを分泌するのか、もう1つは、RANKが骨芽細胞のRANKLと結合すると骨形成が誘導されるのか、という点です。実験にはマウスを用いました。
前者については、培養条件下で破骨前駆細胞を破骨細胞に分化させ、その過程で細胞外に分泌された物質を回収・分画し、RANKが含まれているかどうかを免疫学的手法(ELISA法)により調べました。その結果、破骨前駆細胞ではRANKはほとんど分泌されず、多核化が始まる培養約48時間後以降に分泌量が大幅に増えることが分かりました。分泌物を電子顕微鏡で観察したところ、RANKが含まれる分画は膜小胞であると分かりました。これらの膜小胞を分解して質量分析し、確かにRANK分子が含まれることも確認しました。
後者については、細胞レベルと個体レベルの実験を段階的に行いました。まず、マウス由来の骨芽細胞に、破骨細胞由来の膜小胞を加え、継時的な変化を観察しました。その際、リン酸カルシウム沈着を検出する発色試薬を用い、骨形成の有無が肉眼で分かるように工夫しました。すると、膜小胞を加えた骨芽細胞では発色が強くなりました。そこで、検証のために膜小胞に「RANKをマスクする処理」を加えて同様の実験を行ったところ、リン酸カルシウムの沈着は大幅に抑制されました。さらに、RANKL遺伝子をノックアウトしたマウスの骨芽細胞を使って同様の実験をしたところ、こちらはリン酸カルシウム沈着の増加が全く見られませんでした。
次に、マウスの頭蓋骨の一部に穴を開けたモデルを使い、個体レベルの検証を行いました。穴はゼラチンで覆い、その際に「RANKを含む膜小胞」か「RANKをマスクした膜小胞」を入れ込んでおき、ゼラチン部分に骨形成が見られるかを観察しました。結果、前者は約4週間後に新生骨で穴が塞がりましたが、後者は骨が新生せず穴が塞がりませんでした。これらの一連の結果から、確かにRANKが作用して骨形成を誘導していると結論付けました3。
–– RANKからRANKLに向かって、どのように情報伝達したといえるのでしょうか?
本間: 免疫学的手法(イムノブロット)により、破骨細胞由来の膜小胞で刺激した骨芽細胞内で活性化しているシグナル伝達経路を解析してみました。その結果、RANKと結合したRANKLの下流ではインスリンシグナル伝達系とよく似た経路(PI3K-Akt-mTORC1経路)が活性化されており、最終的に活性化されたRunx2という転写因子が骨芽細胞分化を直接的に制御していると分かりました。
さらに、一連のシグナル伝達において、RANKLタンパク質中のどのドメインが重要なのかについても調べました。当たりをつけるためにRANKLのアミノ酸配列を検討し、プロリンが豊富に存在するモチーフ(プロリンリッチ・モチーフ)をその候補としました。モチーフ内のプロリン残基にアミノ酸変異を導入したマウスを作ったところ、この変異マウスでは骨の破壊・吸収は正常なものの、引き続いて起こるはずの骨形成が十分ではありませんでした。これらの結果は、RANKからRANKLという、これまでとは逆方向のシグナル伝達系が存在することと、RANKLに骨吸収・破壊と骨形成を共に媒介する共役機能(カップリング)があることを強く示したといえます3。
–– 画期的な骨粗しょう症の新薬につながりそうですね。
本間: 私たちも創薬への応用を想定しています。今回の研究でも締めくくりとして「RANKLに結合し、RANKの代わりにRANKL下流のシグナル伝達系を活性化する抗体(改変抗体)」を作製し、骨粗しょう症モデルマウスで薬理効果を評価しました3。モデルマウスに、骨粗しょう症治療にも使われる一般的なRANKL中和抗体と類似の抗体を投与すると、骨の吸収・破壊が抑制されて骨量は増えるのですが、同時に骨芽細胞による骨形成も抑制され、骨代謝回転が停滞してしまいます。この現象はヒトでも見られ、「投薬で骨量は増えたが、新生すべき骨ができず思わぬ部分が逆に骨折しやすくなる」といった事態につながりかねません。今回、モデルマウスに私たちの改変抗体を投与したところ、骨の吸収・破壊の抑制は中和抗体と同程度なものの、骨形成は抑制されないと分かりました。
この結果についての学会などでの反応は大きく、皆さん興味をお持ちなのだと分かりました。現在は、より効果の強い改変抗体作りを進めており、どこかの段階で製薬企業と協働できればと考えています。薬になれば、骨粗しょう症のみならず、がんの骨転移、リウマチによる関節破壊に苦しむ患者さんにとっても福音になると思います。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
本間 雅(ほんま・まさし)
東京大学医学部附属病院 薬剤部 講師
1997年東京大学薬学部卒業後、同大学院に進み修士課程修了。1999年から2005年まで三共株式会社(現・第一三共株式会社)にて創薬研究に従事。2005年に東京大学医学部附属病院薬剤部助教、同薬理動態学寄附講座特任准教授を経て、2017年より現職。慢性疾患の発症・進行機序の理解を通じて、最適な治療法・予防法の確立を目指した研究を進めている。
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190119
参考文献
- Yasuda, H. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95, 3597–3602 (1998).
- Nakashima, T. et al. Nature Medicine 17, 1231–1234 (2011).
- Ikebuchi, Y. et al. Nature 561, 195–200 (2018).