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脳を透明化する革新的技術!

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130708

原文:Nature (2013-04-11) | doi: 10.1038/496151a | See-through brains clarify connections

Helen Shen

重要なタンパク質などを残して、脳組織を透明化する技術が開発された。この技術は、神経ネットワークの三次元可視化を可能にし、しかも、ホルマリン中に保存されているヒト組織にも適用できるので、脳内ネットワークの解明に大きく貢献するはずだ。

脳を丸ごと透明化する化学処理法が、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のKarl Deisseroth率いる研究グループによって開発された。この技術は、「コネクトミクス」という、非常に複雑な脳内配線の地図を作ることを目的とした研究分野に弾みをつけるものになるだろう。研究チームは「CLARITY」と名付けたこの手法を用いて、ニューロンの大規模ネットワークをかつてないほど容易かつ正確に可視化することに成功した。CLARITYを使えば、患者や健常者ドナーから提供を受け保管されていた脳も、新しい研究に役立てることができる。

CLARITYと蛍光標識とを利用して可視化された、無傷状態のマウス海馬のニューロン。

Credit: KWANGHUN CHUNG & KARL DEISSEROTH, HHMI/STANFORD UNIV.

「神経解剖学にとって、CLARITYはこの数十年で最も重要な進歩の1つといえるでしょう」と、この研究の一部に資金提供した国立精神健康研究所(米国メリーランド州ベセスダ)のディレクターThomas Inselは話す。組織の薄い切片であれば、既存の技術を用いて、ニューロンやニューロン結合を顕微鏡レベルの細かさで見ることができる。しかし、三次元データを得たい場合、こうした薄い切片の画像をもとに再構成しなければならない。例えば、長距離投射するニューロンの地図を作るには、何百枚、何千枚もの画像データを調整する必要があり、時間と労力がかかるうえ、間違いも起こりやすい。したがって、脳全体をきめ細かく解析することは事実上不可能であった。

これに対してCLARITYは、脳全体や脳組織の塊を光学的に透明化する。したがって、「全体像を見失うことなく神経系の微細構造を知ることができるのです」とDeisserothは言う。彼は現在、ヒトの脳を丸ごと透明化することに取り組んでいるところだ。

CLARITYでは、脳の透明化にSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)という界面活性剤を使用する。この薬品で、光の透過を妨げる脂質を剥ぎ取るのだ(Nature 2013年5月16日号332ページ、電子版4月10日掲載)。過去に、別の研究グループが脳の透明化を試みたことがある。しかし、脂質抽出過程で41%ものタンパク質が溶け出てしまい、ニューロンの種類を特定することが困難であった。

今回Deisserothのグループは、ヒドロゲルモノマー(アクリルアミドなど)とホルムアルデヒドと重合開始剤の3つを脳に注入することによって、この問題を解決した。ホルムアルデヒドは、タンパク質や核酸などの組織要素とヒドロゲルモノマーを結びつける役割を果たす。温めると、組織要素とつながったヒドロゲルモノマーが重合するので、組織全体にわたってヒドロゲルの網目構造が形成される。つまり、脳-ヒドロゲルハイブリッドができあがるわけだ。この手法で特筆すべき点は、ホルムアルデヒドを介してヒドロゲルモノマーと結合しない脂質を、抽出処理によって網目構造から除去できることにある。SDSを用いて脂質抽出処理を行ったところ、失われたタンパク質はたったの8%であった。

Deisserothらは、CLARITYをマウスの全脳に適用し、脳の外層部である大脳皮質から視床などの深部構造に至る広い領域で、蛍光標識したニューロンを観察した。また、現行の画像化法に用いられる薄い切片よりも桁違いに分厚いホルマリン漬け標本(厚さ0.5mm)を使って、ヒト剖検脳の神経線維を追跡した。

「素晴らしい研究です。これほどの成果は、この分野のどの手法を用いても得られませんでした。CLARITYを利用すれば、従来の手法によるデータを補完でき、それらを合わせると細胞レベルの詳細なデータが得られるでしょう」と話すのは、マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)の神経科学者であり米国立衛生研究所(NIH)のヒト・コネクトーム・プロジェクト(HCP;脳のニューロン通信網の地図作製を目的としたプロジェクト)の主任研究員を務めるVan Wedeenだ。彼は共同研究者とともに、1200人の健常参加者を対象に、核磁気共鳴画像法を用いて大規模ニューロン経路の地図を作製してきた。

一方で、「脂質除去処理で脳組織の基礎構造に変化や損傷が生じていないかどうか、テストを重ねて確認する必要があります」とマクリーン病院のハーバード脳組織リソースセンター(米国マサチューセッツ州ベルモント)のディレクターFrancine Benesは指摘する。それでも彼女たちは、CLARITYが健康な脳の配線や脳障害を明らかにし、また老化の研究においても新たな道を切り開くものだと予想している。

例えば、CLARITYを利用して、亡くなった人から提供を受け保管されている脳組織を調べれば、神経疾患を患った人と健康な人の脳回路を比較できるであろう。そうした研究は生きた人を対象に行うことができない。ほとんどのニューロン追跡法は遺伝子操作や色素注入を必要とするからだ。また、これまでは大きすぎて解析が困難であった多くのヒトの脳標本についても、CLARITYで再検討されることになるかもしれない。

CLARITYで形成されるヒドロゲル-組織ハイブリッドは、未処理の組織より化学的にしっかりと固定されているため安定だ。したがって、難病・希少病患者の脳標本も再利用可能な研究材料になるかもしれない、とDeisseroth。いろいろな研究者がやって来て脳を借り、研究が終わると返却しに来る、そんな「脳のライブラリー」が誕生するかもしれない。

(翻訳:藤野正美)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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