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70万年前のウマのゲノムを解読

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131030

原文:Nature (2013-07-04) | doi: 10.1038/nature12263 | Towards a million-year-old genome

Craig D. Millar & David M. Lambert

約70万年前のウマの骨が永久凍土から回収され、そこからゲノムが解読された。 その他の時代のウマのゲノムも解読され、それらを通して、ウマの進化史の概要が明らかになった。 一方、DNAの残存期間についても興味深い事実がもたらされ、100万年前の試料からでもDNAが回収可能らしいことが分かった。

古代DNAの分野ではいろいろな記録の更新が続いている。古代のDNAとゲノムのおかげで、進化の過程を垣間見ることができるようになり、歴史がこれまで考えられていた以上に複雑であることがわかってきた。

1980年代の進化生物学者Allan Wilsonによる研究1以降、古代DNAの研究は大きく3種類の問題を取り扱うようになっている。第一は連続的に保存された標本による分子的変化速度の推定、第二は特定の進化的仮説の検証、そして第三は遺伝的多様性と個体群サイズ(集団の大きさ)の経時変化の推定だ。今回、約70万年前に生きていたウマの全ゲノム配列が解明され、その論文2で、Ludovic Orlandoらが第二、第三の問題に取り組んでいる。このゲノムの年代は、これまでで最も古い約8万年前の「デニソワ人」3より、約10倍古い。

70万年前のウマのゲノム

この更新世中期のウマのゲノムは、北極の永久凍土(カナダ・シスルクリーク)から出土した骨の断片から得られた。比較のため研究チームは、更新世後期のウマ(約4万3000年前)およびモウコノウマ(Equus ferus przewalskii)のゲノム配列も解読した。モウコノウマは真に野生のウマ属としては唯一の残存種と考えられており、今回の新しいデータは、モウコノウマが家畜ウマの最も近い現存近縁種であることを示している。また、研究チームは5品種の家畜ウマ(Equus ferus caballus)とロバ(Equus asinus)のゲノム配列も解読した。

図1:ウマの起源
Orlandoらによる系統樹の再構成2 は、現代のロバ、家畜ウマ類、モウコノウマのゲノム、そして約4万3000年前(更新世後期)および70万年前(更新世中期)のウマの骨から得られたゲノムに基づいている。この分析により、全ウマ属種の最終共通祖先の年代は、約400万~450万年前と推定された。

次に、こうしたデータを使って、複数の進化に関するパラメーターや個体群(集団)に関するパラメーターについて、推定・評価してみた。というのは、1950年代の研究4以来、ウマは、進化生物学や古生物学の教科書的事例とされてきたからだ。進化パラメーターを評価した結果、ウマ属の最終共通祖先の年代が、400万~450万年前と算出された(図1)。これは従来の推定値のほぼ2倍の古さだ。

続いて研究チームは、過去200万年の間、特に気候変動が大きかった年代に、ウマ集団(個体群)の大きさが、たびたび変化したことを明らかにした。また、興味深いことに、モウコノウマは、かなりの遺伝的多様性を維持してきたことが明らかになった。この特徴は、モウコノウマの今後の保護対策に重要と考えられる。さらに研究チームは、正の選択を受けてきたゲノム領域が家畜ウマにあることを発見した。その一部は家畜化の遺伝学的特徴である可能性がある。

DNAはいつまで解析可能か

今回の研究の重要性は、単にウマ類の進化というテーマにとどまらない。DNAの残存期間、つまりDNAが解析可能な状態をどこまで維持できるかについて、具体的な証拠が示されたのだ。DNAは生物の死後速やかに短い断片へと分解されていく。そのため、今回の研究が行われるまでは、これほど古い標本からゲノムを回収するのは不可能だと考える専門家が多かった5,6

図2:極寒の残存
DNA の分解速度は環境条件によって異なる。このグラフは、30塩基対(bp)と100 塩基対のDNA断片について、その推定半減期を温度の関数として示している7。ネアンデルタール人(N)10、マンモス(M)11、およびカナダ・シスルクリークで発見されたウマの化石(H)2 のゲノムの回収に用いられた材料の推定年代と温度が示されている。

生物の死後、DNAの分解はまず、その生物自身が持つ体内の酵素によって進められ、その後すぐに、微生物の酵素によってさらに分解が進む。生物を守る正常な防御機構が、死によって停止してしまうからだ。もちろん分解過程は、酸素や水の存在、また、微生物、pH、温度などの環境条件の影響を受ける。一般に、環境が低温であるほど、DNAの分解速度は低くなる(図2)。

今回の研究チームの成功は、骨が置かれていた場所が極端な低温であったこと、そしてそのような環境で骨が保存されていたおかげであることは間違いない。ただ、それだけでなく、1分子塩基配列解読技術など、第二世代の塩基配列解読法の貢献も大きかった。さらに、DNAの回収技術やDNA配列解読ライブラリーの寄与も大きかった。同一試料から、血液中に存在するものも含めて、73種類のタンパク質の配列が解読された。このことは、塩基配列解読以外の方法も、かなり古いサンプルの研究において、広く適用可能であることを示している。

では、動物のDNAはいったいどれくらい残存するものなのだろうか。最近の研究でDNAの絶対的残存限度がモデル化されており、それによると、極低温の環境であれば100万年以上前のDNAが回収できる可能性があるという7。興味深いことに、今回の研究チームが回収したウマのゲノムの年代は、その残存限度モデルとよく一致しており(図2)、環境条件が整えば、数百万年前のものでも完全なゲノムを回収できる可能性を示している。

もっと身近な期待もある。今回の研究は、更新世中期のさまざまな標本から、DNAが回収できるのではないかという希望を抱かせてくれた。特に興味深いのが、ヒトの祖先種8、例えばハイデルベルク人やホモエレクトゥス9などの遺伝物質であろう。そのようなゲノム情報が手に入り、デニソワ人3やネアンデルタール人10のゲノムと比較できるようになれば、今回の研究のように、ヒトやヒト族祖先の進化について、間違いなく多くの謎が解明されることであろう。

(翻訳:小林盛方)

Craig D. Millar は、オークランド大学生物科学系大学院アラン・ウィルソン分子生態・進化センター(ニュージーランド)に所属。David M. Lambert は、グリフィス大学環境未来センター(オーストラリア)に所属。

参考文献

  1. Higuchi, R. B., Bowman, B., Freiberger, M., Ryder, O. A. & Wilson, A. C. Nature 312, 282–284 (1984).
  2. Orlando, L. et al. Nature 499, 74–78 (2013).
  3. Meyer, M. et al. Science 338, 222–226 (2012).
  4. Simpson, G. G. The Meaning of Evolution (Yale Univ. Press, 1949).
  5. Lindahl, T. Nature 362, 709–715 (1993).
  6. Pääbo, S. et al. Annu. Rev. Genet. 38, 645–679 (2004).
  7. Allentoft, M. E. et al. Proc. R. Soc. B 279, 4724–4733 (2012).
  8. Wood, B. & Collard, M. Science 284, 65–71 (1999).
  9. Rightmire, G. P. Evol. Anthropol. 6, 218–227 (1998).
  10. Green, R. E. et al. Science 328, 710–722 (2010).
  11. Miller, W. et al. Nature 456, 387–390 (2008).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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