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SPICEの野外試験中止で注目される地球工学関連特許の問題

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120921

原文:Nature (2012-05-24) | doi: 10.1038/485429a | Cancelled project spurs debate over geoengineering patents

Daniel Cressey

英国のSPICE研究コンソーシアムが、特許問題から太陽光反射野外試験を中止に。

地球温暖化を食い止める技術は、気候変動に対する特効薬となりうるばかりでなく、温室効果ガスの排出量規制に苦悩する世界において、投資家にとっても大きな利益となる可能性がある。

しかし、こうした世界を変えるような技術を支える知的財産の所有権を個々の研究者や企業に認めるべきなのだろうか。成層圏粒子注入気候工学プロジェクト(SPICE)というジオエンジニアリング(地球工学)計画において、関係者数人が特許申請を行ったことに関して懸念が生じ、野外試験の中止が発表された。

SPICEは、英国政府から160万ポンド(約2億円)の助成を受けたプロジェクトで、反射性エアロゾルを成層圏に噴出することによって、地球を温暖化させる太陽光の一部を宇宙空間へ反射できるかどうかを調べようとしている。プロジェクトでは、長さ1kmのホースで上空に浮かぶ「大きな気球」に水を汲み上げ、そこから空中に散水するという試験的な送達システムで実験を行う予定だった(図参照)。

このプロジェクトに関しては、以前より、地球工学をよく思わない環境保護論者が反対運動を展開している1。しかし、今回の実験中止の理由は別にある、と プロジェクトリーダーでブリストル大学(英国)に所属する地球科学者Matthew Watsonは話す。SPICEの技術に関する特許申請をめぐって「著しい利益相反の可能性があること」をプロジェクトチームのメンバーが最近になって気付いたのだ。問題となっている特許を申請したのは、マン島を本拠として活躍するコンサルタントでSPICEを立ち上げたワークショップの顧問でもあったPeter Davidsonと、SPICE プロジェクトに参加しているケンブリッジ大学(英国)の工学者Hugh Huntだ。

英国の研究助成機関は、助成金の申請者や交付審査担当者に対して、研究に関連した利益相反の可能性の自己申告を義務付けている。DavidsonとHuntは、自分たちの特許申請はSPICEに対する助成金交付以前に問題なく行われており、特許申請が不適切だと意見されたことはなかったと話す。しかしWatsonによれば、現在、少なくとも1つの資金配分会議が、SPICEへの助成金を取り巻く状況と問題の特許に関する調査を行っているという。

Huntは、今回の混乱は、それぞれの立場の考え方の衝突によるものだと言う。「エンジニアリングプロジェクトが知的財産制度によって保護されるのは、全く普通のことです。ここで問題になっているのは、英国の気候科学研究コミュニティーが知的財産制度に不信感を抱いていることなのです。今では、その点が理解できるようになりましたが」とHunt。さらに、この特許で金もうけをするつもりはない、と彼は付け加えた。

SPICEの気候モデル研究やその他の技術開発研究は、これからも継続されるだろう。だが、今回の事件は、以前からガバナンスの構築が懸案となっていた地球工学にとって新たな打撃となった。すでに地球工学の分野におけるガイドラインについては、2010年、米国カリフォルニア州モンテレー近くのアシロマで研究者と政策立案者による会議が開かれたが、ほぼ失敗に終わっている2

この点に関しては、小規模なグループが作成した「オックスフォード原則」というものがあり、地球工学は「公共財として規制」されるべきだと定めている。オックスフォード原則の主著者は、地球工学技術の特許を認めれば、秘密主義がはびこり、本当に必要な開発が遅れ、「重大な悪影響」を生じる可能性がある、と警告している。

ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の気候科学者David Keithも同じ考えで、太陽放射の管理に関連した特許に対する法的規制を推進している。地球の気候を急激に変化させることができ、少数の人々によるコントロールの可能な技術は「きわめてやっかいだ」と彼は言う。しかし、原則として特許の付与には賛成している。実際彼も、大気中の二酸化炭素除去技術について特許申請している。

ミシガン大学アナーバー校(米国)で公共政策を研究するShobita Parthasarathyは、地球工学の分野で、知的財産に関する詳細なルールについて合意を得ることが喫緊の課題だと話す。Parthasarathyは、2010年に、この分野における特許申請件数が「急増」し、少数の特許権者が大量の技術を支配できるような包括的な文言が用いられている点を指摘している3。対策としては、米国での原子力関連特許の管理制度に似た、地球工学関連の特許を扱う独自の制度を設立することだ、と彼女は話す。この制度下では、特定の技術に関する特許が制限され、政府が一部の知的財産を支配することになる。「知的財産を否定することが解決法だとは思いません」とParthasarathyは言う。

「もう1つの方法は、特許保持者は特許権使用料を受け取れるが、特許技術の使用差し止めはできないという制度を創設することです」。こう話すのは、オックスフォード大学地球工学プログラム(英国)の研究者で、オックスフォード原則の制定に助力したTim Krugerだ。これなら、地球工学研究に対する経済的インセンティブを残しつつ、研究開発の進歩にもつながるだろう、と彼は話す。

一方、地球工学の倫理性を研究した社会科学者Holly Buckは、どのような形の地球工学関連の特許であっても、各企業にとっては「気候変動の継続」が既得権益になってしまう、と主張する。「ストレスを受けている気候から企業が利益を得ることを制度上認めるような条件設定をすること自体、理論的に誤っていると思います」。Buckは、こう語っている。

(翻訳:菊川 要)

参考文献

  1. Macnaghten, P. & Owen, R. Nature 479, 293 (2011).
  2. Tollefson, J. Nature 464, 656 (2010).
  3. Parthasarathy, S. et al. A Public Good? Geoengineering and Intellectual Property (Univ. Michigan, 2012); available at go.nature.com/scrl4g

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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