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曲がり角に立つインフォームド・コンセントのあり方

2012年5月下旬、個人向けに遺伝子検査サービスを提供している23andMe社(米国カリフォルニア州マウテンビュー)は、まもなく同社の第1号の特許が認められると誇らしげに発表した。23andMe社は、数千人の顧客のデータを利用してパーキンソン病の研究を行い、疾患のリスクに関与していてその進行の予測に利用できる可能性のある塩基配列の特許を出願していたのだ。23andMe社の共同設立者Anne Wojcickiは、同社の特許はパーキンソン病の研究を、「学術研究の成果を発表するだけの世界から、疾患を予防し、治療し、治癒させ、生命に大きな影響を及ぼす世界へと」進ませるのに役立つだろう、とブログで語った。

しかし、一部の顧客は、この特許に関し不快感を示した。その1人、Holly Dunsworthは、23andMe社の発表から2日後にコメントを送り、「私たちが利用規約に同意し、その一部を研究へ利用することに同意したことは、遺伝子の特許を取るための利用にも同意したことになるのでしょうか? 私たちのデータがそうした研究に利用されることは、どこに記されていたのでしょうか? 私には、そのような文言はどこにも見つけられないのですが」と尋ねた。

だが、利用規約にも同意書にも、確かにその文言はある。公正を期するために言えば、利用規約は読みにくい文書であり、ソフトウェアをインストールするときに表示されたら、たいていの人はすぐにクリックして読み飛ばしてしまうたぐいのものだ。けれども同意書には、研究利用の危険と便益を明示するために、簡潔かつ慎重な言葉遣いでこう書かれている。「23andMe社が、直接または間接的に本研究の成果に基づく知的財産を開発し、および/または製品やサービスを商品化した場合、あなたはいかなる補償も受けることができません」。また同意書は、独立の審査委員会により承認もされている。

この事例は、ヒトに関する研究が抱える大きな問題を露呈している。それは、一般市民である研究協力者からインフォー ムド・コンセント(十分な説明を受けたうえでの同意)を得るに当たり、説明が不十分であることが少なくないという問題だ(コラム「行間を読む」を参照)。研究協力者の保護制度は、過去の論争を受けて何とか体裁を整えたようなもので、個人情報の保護は常に難しい。特に、生物医学研究者が、これまで以上に多くの人々について多くの情報を収集するようになった「ビッグデータ」の時代に突入した今、問題はさらに大きくなっている。現在行われている研究の多くが遺伝子データを収集しており、研究者がこうしたデータから情報を得る手段も増えている。米国では、カリフォルニア州など複数の州で、研究者、法執行者、民間企業による個人のDNAの利用範囲を制限する法律の制定が検討されている。

研究コーディネーターが同意書を起草する時点では、将来、データがどのように利用されるかを予測することはできないし、データの保護はずっと続くと保証することもできない。研究データの利用法につき、協力する市民の意思がもっと反映されるようにする必要があると主張する人は多く、そのような制度を制定する取り組みが始まっている。その一方で、研究者はしばしば、協力者の保護のために追加される煩雑な手続きにうんざりしている。そうした手続きの中には、実際には協力者の利益につながらないものもあるのだ。結果的に、さまざまな意見や手続きの寄せ集めから混乱とリスクが生じ、人々が研究に協力するのを妨げることになった。

患者支援団体Genetic Alliance(米国ワシントンD.C.)の会長であるSharon Terryは、こう語る。「研究者たちは今後何度も、 『どうして昔のようなやり方に戻ってはいけないのだろう?』と言うことでしょう。つまり、人々が『世の中の役に立つなら』と言って検体を提供してくれて、後は研究者が好きなように利用できる、というやり方です。一昔前なら、それでよかったのかもしれませんが、今日も通用するとは思えません」。

インフォームド・コンセントの概念は、ニュルンベルク綱領(第二次世界大戦中にナチスの医師たちが非人道的な人体実験を行っていたことを受けて1947年に提示された研究倫理綱領)で最初に明文化された。しかし近年、インフォームド・コンセントをめぐる不祥事が続き、ヒトに関する研究が支持を得にくくなっている。例えば2004年には、英国で大きなスキャンダルが起きた。1980年代後半から1990年代中頃にかけて、医師や研究者が親の同意を得ずに幼児や小児を含む患者の臓器や組織を切除して保管していたことが、明らかになったのだ。その結果、新しい法律が定められ、このような収集を行うためには患者の明確な同意が必要とされることになった。

また、2010年には、米国アリゾナ州で、先住民ハバスパイの人々がアリゾナ州立大学(フェニックス)から70万ドル(約5500万円)の和解金を勝ち取った。ハバスパイの人々は、自分たちの部族で糖尿病の発生率が高い理由を明らかにするための研究に、血液サンプルを提供したと思っていた。だが、サンプルは、精神疾患の研究と集団遺伝学研究にも利用されてしまった。そのうえ、集団遺伝学研究から、ハバスパイが信じているルーツが疑わしいものとなってしまったのだ。アリゾナ州立大学の運営理事会は、和解にあたって、「犯した過ちを正したい」と言った。

これらの事例は、研究に協力しようとする市民が事前に知らされておくべき事柄について、研究者と市民の認識に隔たりがあることを示している。

インフォームド・コンセントをめぐる近年の問題の多くは、ゲノム解析の急発展に起因する。数十年前には、保管された組織から研究者が得られる情報は多くはなかった。しかし、今日の研究者は、組織の提供者を特定できるだけでなく、多くの疾患について罹患しやすいかどうかまで知ることができる。研究者は、技術的対応や法的対応により遺伝子データを保護しようとしているが、どちらのアプローチにも弱点がある。

技術的にはまず、データを保管する前に、提供者の氏名や完全な健康記録など、身元の特定につながるすべての情報を取り除かれる。だが、それだけでは不十分だ。2008年には遺伝学者たちが、身元が特定されているわずかな遺伝情報を参照することができれば、集積された匿名データの中から個人を特定するのは容易であることを示した(N. Homer et al. PLoS Genet 4, e1000167; 2008)。さらには、研究のために収集された情報(例えば、協力者に特有の民族的背景、居住地、医学的要因などに関するデータ)を利用して、公的なデータベースの中から個人を特定したり、DNAから外見を予測したりすることも可能になるかもしれない。

法的な対応による保護にも弱点がある。デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の社会心理学者Jane Costelloは、2004年に、Great Smoky Mountains Studyという研究の患者記録の秘密を守るために、裁判所に出頭しなければならなかった。開始から20年になるこの研究は、思春期に研究に登録した対象集団の感情や行動に関する問題を調べるというものである。この協力者の1人の女性が、性的虐待で訴えられている祖父に不利な証言をしたため、祖父の弁護人が彼女の証人としての信用を傷つけるような情報が得られることを期待して、彼女についての研究記録を提出させようとしたのである。

研究記録の提出は、Costelloの研究者としての信用にかかわる大問題だった。「私は1400人以上の人々の面接を行うた びに、『あなたの個人データは間違いなく安全です』と繰り返してきました。それなのに今や、法廷で『個人データが保護されない場合もあります』と言われてしまう立場になったのです」とCostelloは言う。2004年8月にCostelloが出廷してから、患者記録は封印されたままである。主な理由は、裁判官が、この記録により祖父の容疑が晴れることはないと考えたからである。この決定は、患者の保護については明確な判断を示さなかった。

よりよいインフォームド・コンセントを求めて

1つの解決法は、遺伝子情報とサンプル提供者の身元に関する情報を分離することである。例えば、ヴァンダービルト大学医療センター(米国テネシー州ナッシュビル)のBioVUデータバンクには、病院で治療を受けた患者のDNAサンプルが2012年6月11日の時点で14万3939人分登録されている。このDNAサンプルは、Synthetic Derivative(SD)という別のデータベースの健康記録と関連付けられている。SDのデータは、匿名化され、ごちゃ混ぜにされて、(作成者が言うところによれば)データから患者を特定できないようになっている。例えば、サンプルを採取した日付は変更され、一部の記録はランダムに廃棄されるため、この病院で治療を受けたことがあるというだけでは、その人の情報がデータベースに入っていると確定できないというのだ。このデータを利用する研究者たちでさえ、自分が誰のデータを使っているのか知ることはできない。2014年には、このデータバンクに20万人分ものデータが登録されることになり、遺伝子情報と健康記録を結びつけたデータバンクとしては世界最大級のものとなる予定である。

インフォームド・コンセントについて、BioVUは、ほかの多くの研究プログラム とは異なるアプローチを採用している。患者は、研究に協力することを選択するのではなく、研究から離脱することを選択する機会を与えられるのだ。患者は毎年、治療を受けることに同意する書類に署名することを求められるが、この書類には囲み欄があり、ここにチェックを入れると、自分のDNAサンプルをデータベースから外すことを選択できる。こうしたやり方により、BioVUがほかの研究プロジェクトよりずっと多くのサンプルを、はるかに安価に収集することが可能になった。

離脱の機会を与える方式を採用する研究プロジェクトは少ない。だが、デューク大学のゲノム政策アナリストMisha Angristは、この方式は、病気の人々の弱みにつけ込むものになるおそれがあると懸念している。「定期的に通院している人でも、弱みにつけ込まれる可能性があります。病院で、『未来の世代の、あなたのような人々を助けるために、研究の協力をお願いできますか?』と言われたら、無下に断る訳にはいかないと思いませんか」。

法的異議申し立てがなされたことで明らかになった弱点もある。テキサス州とミネソタ州の保健所の職員は、現在、新生児から採取された数百万点もの血液サンプルを破棄しているところである。このサンプルは、特定の遺伝性疾患のスクリーニングのために、離脱の機会を与える方式のインフォームド・コンセントを得て採取されたものだったが、サンプルが研究にも利用されることについて家族に十分な説明がなされていなかったからである。

これに対し、ヴァンダービルト大学当局と研究者は、ナッシュビルの人々がBioVUの存在を知り、その運営方法に安心してもらえるように、大規模な広報活動を行ってきたと反論している。彼らは、このプロジェクトについて定期的に地域の諮問委員会に意見を聞いている。実際、ヴァンダービルト大学のアプローチは、連邦法が要請する以上のことをしている。SDのデータは匿名化されているため、法的には、インフォームド・コンセントは現状では全く必要ないのである。(2011年7月、米国保健社会福祉省は、研究倫理規制の見直しの一環として、匿名化されたデータについては、インフォームド・コンセントは必要ないとする現行の規則を再考する可能性があることを示唆した。)

患者の身元に関するデータを疾患の重篤性にかかわりなく抹消することには欠点がある。データがごちゃ混ぜにされていると、研究者は、ある種の研究を行うことができなくなる。例えば、日付が変更されているので、インフルエンザ感染のタイミングについての研究は不可能だ。また、研究により、個々の疾患に関連した遺伝的リスクを持っていることが明らかになっても、患者に知らせることはできない。

すべてを開示する

研究協力者への結果の報告は、インフォームド・コンセントをめぐるもう1つのやっかいな問題である。患者が特定の疾患をきっかけに研究に協力した場合、それとは別の疾患の遺伝的素因について明らかになっても、医師がその情報をどうするべきか、明確な答えは出ていない。

例えば、英国の研究者は、遺伝子解析の結果を研究協力者に知らせることを禁じられている。しかし、米国の学会、例えば米国臨床遺伝学会(メリーランド州ベセスダ)は、医学的に重要なものなど、ある種の知見については協力者に知らせることを促すために、基準の制定に向けて動き出している。

また、ドイツ、オーストリア、スイス、スペインのように、そうした情報のフィードバックをすでに始めている国もある。一部の臨床的DNA解析プログラムは、患者が得られる情報について、その程度を選択して同意できるようにすることを検討している。それが実現すれば、患者は自分のデータを教えてもらうかどうか、さらには、どの程度まで教えてもらうかを決定できるようになる。

これこそまさに、ラドバウド大学ナイメーヘン医療センター(オランダ)の遺伝学者Han Brunnerが望んでいたものだった。彼は昨年、知的障害、視覚障害、聴覚障害などの疾患の遺伝的原因を探るために、500人の小児と成人のエクソーム(ゲノムのタンパク質コード領域のすべて)の塩基配列を決定するプロジェクトを開始した。Brunnerは、協力者に3つの選択肢を与えることを提案した。1つ目は、疾患への罹患しやすさについて研究者が予想できるすべてを知らされること、2つ目は、ゲノムを調べるきっかけとなった疾患と関係のある情報のみを知らされること、3つ目は、何の情報も知らされないことである。だが、倫理審査委員会は、Brunnerの提案を却下した。「実際問題として、同意をする人々が、初めにどんな結果になるのかをすべて予想することは不可能であり、私が言うような線引きをすることはできないというのが、彼らの言い分でした」と、Brunnerは言う。結局、研究協力者は全員、自分のゲノムの分析から明らかになった医学関連情報のすべてを知らされることに同意しなければならなくなった。おかげで、Brunnerは最近、発達障害のある子どもの家族に、大腸がんの遺伝的素因もあると知らせなければならなくなった。大人になってから罹患するかもしれない疾患のすべてを子どもに知らせるという考え方は、すべての研究者が支持している訳ではない。このケースについては、医師たちは早めにスクリーニングを受けるように勧めたという。「患者の家族は、この情報を好意的に受け止めてくれ、『私たちにとっては思いも寄らないことでしたが、役に立つ情報です』と言ってくれました」とBrunnerは言う。

これまでに行われた研究の多くは、患者に対し、特定の研究者や疾患と関係のある研究へのデータ利用に同意することを求めている。しかしこの方式では、研究者が別々の研究で収集したデータを集積して、別の研究に利用することができない。多くの研究者は、協力者が「幅広い同意」をすることにより、自由にデータを利用できることにすればよいと言う。しかし、科学者ではない人々の多くは、データの利用法には、研究協力者自身の意思が反映されるようにしなければならないと考えていると、この問題について患者の意見調査を行ったアルバータ大学(カナダ・カルガリー)の法律学者Tim Caulfield は言う。「研究界では、『幅広い同意』などを採用する必要性について、新しいコンセンサスが生まれています。けれども、法律界や一般市民にはまだ、そのような考え方はないのです」。

もう1つの解決策は、「徹底的に正直」と呼べそうなものである。米国のConsent to Researchというプロジェクトは、利用者が提供するゲノムデータと健康データを集積した大規模なデータベースを構築しようとするもので、Portable Legal Consentというシステムが採用されている。このシステムでは、誰でも自分自身の情報(例えば、個人向けの遺伝子検査サービスや、医療関係者を通じてオーダーされた検査の結果)をコンピューター画面上のフォームからアップロードすることができるが、その際、データから識別子を剝ぎ取るようになっている。これにより、多くの研究者が、広範にわたるガイドラインの下で、このデータを利用することができる。もちろん、データの提供者は、一般的な研究よりもはるかに厳格な同意プロセスを経る必要がある。 一方、研究協力者に対しては、Portable Legal Consentは、研究者が個人を特定できる可能性はあるが、プロジェクトの利用規約により、そのような行為は禁じられていると通知している。

このようなアプローチは、研究者が利用制限なしで貴重なデータにアクセスすることを可能にし、研究に役立てることができる。しかし、現在の協力者保護システムは、そのような率直な対話ができるだけの段階に達していないかもしれない、とデューク大学の審査委員会のメンバーでもあるAngristは言う。

Angristが所属する審査委員会で、大規模なバイオバンクを利用する研究計画の審査を行っていたとき、彼は、研究者が協力者に毎年電子メールを送ってサンプルがどのように利用されているかを説明し、時間と組織を提供してくれたことに謝意を表するようにしてはどうかと提案したことがあるという。しかし、投票の結果、審査委員会はAngristの提案を却下した。研究者が患者に電子メールを送ることは、健康記録のプライバシーを保証する米国の法律Health Insurance Portability and Accountability Act(HIPAA)との関係で問題になるのではないかという意見が、委員長から出たからだ。「HIPAAは市民を保護するための法律であるはずなのに、そのとき私が聞いたのは、皮肉にも、『我々は市民を保護するのに忙しくて、市民に話をする暇などない』という言葉でした」とAngristは言う。「研究機関は、自分たちの責任を軽減し、研究協力者が持てないものや関与できないことについて告知するために、インフォームド・コンセントを利用しているのです。まるで茶番です」。

しかし、研究者にとって患者のデータの価値が高まり、研究計画の進行や研究への資金提供に対する患者支援団体の影響力が高まるにつれて、このような「知らせる必要がない」という姿勢を続けることは不可能になるだろう、とTerryは指摘する。彼女は、研究者によるデータの利用方法に研究協力者の意思を反映させたり、これを追跡したりすることを可能にする技術がすぐに登場するだろうと考えている。こうしたアプローチは、データ利用の透明性とデータの管理を通じて患者の利益になるだけでなく、研究者にとっても、より豊富なデータへアクセスできるというメリットになる。「インフォームド・コンセントは、技術の力で、研究協力者が容易にカスタマイズできるところまで行かなければいけないと思います。しかしながら、私たちはまだ、そこには到達していません」とTerryは言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120926

原文

A broken contract
  • Nature (2012-06-21) | DOI: 10.1038/486312a
  • Erika Check Hayden
  • Erika Check Haydenは、米国カリフォルニア州サンフランシスコ在住のNatureの記者。