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抗体を利用してがんに対する免疫応答を目覚めさせる

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120912

原文:Nature (2012-06-07) | doi: 10.1038/486016a | Antibody alarm call rouses immune response to cancer

Erika Check Hayden

がんは、生体に本来備わっている防御機構を回避する術を持っている。この回避機構を阻害する抗体を用いた治療により、これまでの免疫療法を上回る治療効果が得られた。

がん免疫療法は近年大きな発展が見られており、今回、新しい免疫療法が異なる3種類のがんに対して有効であったとの報告がなされた。このがん免疫療法は、生体に本来備わっている防御機構を機能させ、腫瘍細胞を攻撃させるという治療法だ。

ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の腫瘍学者であるSuzanne Topalianたちの研究チームにより行われた第Ⅰ相臨床試験において、3種の進行がん(皮膚がん、腎がんおよび肺がん)患者236例中49例で、腫瘍の消失あるいは退縮が見られたのだ。これまでのがん免疫療法では、これほど高い奏功率(治療により、がんの縮小が見られた割合)が得られたことはなく、この結果は、2012年6月2日に発表された (S. L. Topalian et al. N. Engl. J. Med. http://dx.doi.org/10.1056/NEJMoa1200690; 2012)。

「奏功率が非常に高く、がん免疫療法の分野に変化をもたらす結果だと思います」と、UCLAジョンソン総合がんセンター(米国)のがん研究者Antoni Ribasは言う。彼も現在、この治療の臨床試験を行っている。

最新のがん免疫療法は、T細胞を再活性化させるというコンセプトの治療法である。T細胞は、「異質な」細胞を感知する。その「異質な」細胞に直接結合して破壊することもあれば、ほかの免疫細胞を動員し、その細胞を攻撃することもある。しかし、腫瘍細胞は、この免疫応答を巧みに回避している。腫瘍細胞の表面に存在するタンパク質の中には、T細胞の「programmed cell death 1」(PD-1)という受容体に結合して、T細胞を静止状態に陥らせるものがあるのだ。

生体防御を目覚めさせる
腫瘍細胞は、PD-1 などのT 細胞表面に存在するタンパク質に結合することで、生体の免疫応答を抑制する。この結合を阻害する抗体療法は、免疫応答を再活性化させる。

Topalianたちの研究チームの免疫療法は、腫瘍細胞がT細胞表面のPD-1に結合するのを阻害し、T細胞を再活性化させる。これにより、T細胞はがんへの攻撃を指揮できるようになる(「生体防御を目覚めさせる」を参照)。

この抗体は、ブリストル・マイヤーズスクイブ社(米国ニュージャージー州プリンストン)が開発した。この最新の臨床試験では、1年以上経過観察が可能であった患者の31例中20例で1年以上治療効果が持続した。進行がん患者において、治療に対する持続性の反応が得られるのは珍しいことである。

過去1世紀にわたり、この種の免疫療法は、がん治療に効果を示す可能性があると考えられてきた。しかし、有望な結果が得られるようになったのは、つい最近のことだ。2010年、米国食品医薬品局(FDA)により、シプリューセル-T(商品名:プロベンジ、デンドリオン社〈米国ワシントン州シアトル〉)が承認された。シプリューセル-Tは、患者自身の免疫細胞に前立腺腫瘍を攻撃させることを目的としたもので、患者から採取した免疫細胞に、前立腺特異的抗原などを加えて培養し作製されるワクチンである。さらに2011年、同じくFDAにより承認された黒色腫(メラノーマ)の治療薬であるイピリムマブ(商品名:Yervoy、ブリストル・マイヤーズスクイブ社)は、T細胞表面に発現している細胞傷害性Tリンパ球関連抗原4(cytotoxic T-lymphocyte antigen 4; CTLA-4)を薬剤標的とする。CTLA-4は、PD-1と同様に、腫瘍細胞がT細胞の攻撃から逃れるために利用する分子である。ただ、PD-1に結合する分子は腫瘍細胞にしか発現していないのに対し、CTLA-4と結合する分子は体内のほかの細胞(正常細胞)表面にも発現している。

シプリューセル-Tやイピリムマブが有効なのは、比較的少数の患者に限定されるようだ。例えば、イピリムマブの承認につながった臨床試験で有効性が認められたのは、黒色腫患者の11%である。また、シプリューセル-Tの奏効率は、10%を下回ると推定されている。しかし、これらの治療法とは対照的に、抗PD-1抗体療法の奏効率は、肺がん患者で18%、黒色腫患者で28%、腎がん患者で27%だったのだ。「奏効率10%という壁を打ち破れるのであれば、非常に重要な、かつ臨床的に意義のある治療法になっていくでしょう」と、Ribasは言う。

さらに、抗PD-1抗体療法は、毎年ほかのどのがんよりも多くの人が死亡している肺がんに対しても有効だったということも飛躍的な進歩だ、とスローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク)の腫瘍学者Jedd Wolchokは言う。彼も現在、PD-1の阻害を狙った治療の臨床試験を行っている。

なお、Wolchokは「がん治療に携わる医師は、免疫療法が、日々の診療で目にするありふれた疾患ともかかわっていることを必ず知っておかなければならない」と言う。免疫系を活性化させると、致命的な自己免疫応答が引き起こされることがあるためだ。どのような免疫療法でも、安全性は大きな懸案事項となる。実際、抗PD-1抗体の臨床試験でも、3例の患者(被験者の1%)で肺の炎症が引き起こされ、死亡した。さらに、全体の11%で重篤な副作用が認められた。

「今回の試験で認められた重要な有害事象を回避でき、より多くの患者が恩恵を受けることができるのであれば、このような免疫療法はがん治療に大変革をもたらすことができるでしょう」と、ジェネンテック社(米国カリフォルニア州サウスサンフランシスコ)の研究腫瘍学部長であるIra Mellmanは言う。

ジェネンテック社などの研究者は、現在、PD-1リガンド(PD-1L:腫瘍細胞表面に発現しているPD-1に結合する分子)を標的とした治療の臨床試験を行っている。PD-1Lを標的とすれば、副作用が低減される可能性があると、Mellmanは予測している。腫瘍細胞そのものを標的することで、T細胞は自己免疫反応を抑制する分子と自由に結合できるからだ。

PD-1を阻害する薬剤に反応しやすいがん、反応しにくいがんがあるのかは、今のところ明らかではない。最近の臨床試験の多くでは、抗PD-1抗体療法の結腸がんに対する効果は認められていない。しかし、過去の臨床試験では、抗PD-1抗体療法が有効であった患者が1例いた。その患者は治療から4年経っても経過良好である、とTopalianは言う。このため、この治療に反応する人を予測するバイオマーカーの同定が優先事項であると、Topalianは付け加える。「現段階では、この薬剤の持つポテンシャルの一部を見ているにすぎないと、心から思っています」

(翻訳:三谷祐貴子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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