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生死のスイッチ

多細胞生物は、微生物感染に対する免疫を生まれ持っている。植物では、細胞受容体がエフェクター(植物の監視システムに侵入者の存在を知らせる微生物タンパク質)を認識したときに免疫反応が起こる1,2。免疫反応の活性化には、植物ホルモン「サリチル酸」が必要であり、このホルモンは微生物の攻撃を受けたときに産生される3。しかし、植物がサリチル酸をどのように検知するのか、また、サリチル酸がどのようにして植物の免疫機能を制御するのかについては、いまだ明らかにされていない。

このような中、Nature 6月14日号の228ページで、Fuたちは、モデル植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)において2種類のサリチル酸受容体を発見したことを報告し、サリチル酸が感染部位では細胞死を、非感染組織では細胞の生存および免疫の活性化をコントロールしている仕組みについて、興味深い説明を行った4

植物の感染部位では、多くの場合、エフェクターが引き起こす免疫(effector-triggered immunity; ETI)により、プログラム細胞死(PCD)が付随して起こる。PCDは、局所免疫反応だけでなく、植物体全体の免疫反応をも引き起こす。この防護機構は全身獲得抵抗性と呼ばれており、植物はこの機構により広汎な微生物からその身を長期的に守っている3

NPR1(nonexpresser of pathogenesis-related genes 1)と呼ばれるタンパク質は、核内で植物の防御遺伝子の発現を調節しているが、サリチル酸はNPR1の細胞質から核への輸送を制御することで、免疫反応を調節している5。サリチル酸に対する感受性を持たない変異植物体と、NPR1を欠失した植物体では、免疫的に類似した欠陥が見られることから、かつてはNPR1がサリチル酸受容体ではないかと考えられていた6。しかし、Fuたち4は、サリチル酸とNPR1との間には物理的相互作用を全く見いだせなかった。このことは、NPR1にはサリチル酸の受容体機能がないことを示唆している。

では、植物の局所的、全身的な免疫を活性化させる真のサリチル酸受容体は何なのだろうか。Fuたちは、以前の論文7で、NPR1が適切に機能するためには、細胞内のプロテアソームというタンパク質分解装置により、NPR1が分解される必要があることを明らかにしている。このことからFuたちは、NPR1をプロテアソームと結びつけるアダプタータンパク質がサリチル酸受容体なのではないか、という仮説を立てた。NPRタンパク質ファミリーであるNPR3およびNPR4という2種類のタンパク質には、そうしたアダプタータンパク質に特徴的なタンパク質ドメイン構造が認められる。このことからFuたちは、この2種類のタンパク質がNPR1の分解を媒介するプロテアソームアダプタータンパク質なのではないかと考え、この想定を検証するための実験を行った。そして、野生型のシロイヌナズナでは、NPR1はプロテアソームに分解されるものの、NPR3とNPR4の遺伝子が共に働かない植物体では、その分解が起こらないことを示した。

さらにFuたちは、サリチル酸がNPR1とNPR3、またはNPR1とNPR4のタンパク質複合体形成に及ぼす影響についてin vitroのタンパク質間相互作用試験により検討を行った。すると意外なことに、サリチル酸はNPR1とNPR3との相互作用を促進するのに対し、NPR1とNPR4との複合体形成を阻害することがわかった。つまり、NPR3およびNPR4は共にサリチル酸の受容体タンパク質のようなのだが、サリチル酸とこれら2つのアダプタータンパク質との相互作用は、NPR1との相互作用に関して相反する影響を及ぼすらしい。また、サリチル酸とNPR3およびNPR4との結合親和性を検討したところ、NPR3と比べてNPR4のほうが大きいこともわかった。そして、NPR3は、サリチル酸存在下でのみNPR1の分解を媒介するのに対し、NPR4は、サリチル酸非存在下でのみNPR1の分解を媒介しているのだ。

このように、シロイヌナズナにはNPR3およびNPR4という2種類のサリチル酸受容体が存在し、これらのタンパク質のサリチル酸に対する親和性は異なっていた。さらにこれらのタンパク質は、NPR1の分解に関して異なる役割を担っていることが明らかになった。

では、NPR3とNPR4が媒介するNPR1の分解には、生物学的にどのような重要性があるのだろうか。Fuたちは、NPR3とNPR4の遺伝子を共に欠く植物体では、細菌感染に対する局所的PCDおよび局所的ETI反応が、共に損なわれていることを発見した。変異植物体ではNPR1が分解されない(NPR3とNPR4がないため)ので、PCDが障害される。つまりこれまでの知見とあわせると、野生型(正常)の植物体では、NPR1がPCDを抑制していることが示唆される。なお、感染が起きた際、サリチル酸濃度は感染部位で最も高くなっているため8、Fuたちは、感染部位ではサリチル酸は低親和性の受容体であるNPR3と結合し、NPR1の分解および感染細胞のPCD、そしてETIの抑制解除を媒介すると考えている(図1)。

図1:植物細胞の生死に関するサリチル酸媒介性の制御
微生物に感染すると、植物ホルモンであるサリチル酸濃度が上昇するが、その濃度は感染部位で最も高く、感染部位から遠ざかるにつれて徐々に低くなっている。サリチル酸濃度が高い領域では、サリチル酸は結合親和性が低い受容体であるNPR3と結合することで、細胞死抑制因子であるNPR1の分解を媒介し(左側)、これによりプログラム細胞死(PCD)およびエフェクターが引き起こす局所的な免疫(ETI)が作動するようになることを、Fuたちは明らかにした4。しかし、感染部位から離れた細胞のサリチル酸濃度は、低親和性の受容体であるNPR3と結合できるほど高くないために、細胞死が遮断される。そのような細胞では、サリチル酸は高親和性の受容体であるNPR4と結合しており(右側)、これによりNPR1の分解が遮断され、細胞の生存と全身性の免疫関連遺伝子の発現が促される。

一方で、サリチル酸濃度は全身的にも上昇する。その濃度は感染部位から遠ざかるにつれて低くなっている8。感染領域から離れた細胞のサリチル酸濃度は、NPR3が媒介するNPR1の分解、すなわちPCDに必要な濃度に満たないようである。このような細胞では、サリチル酸は、より親和性の高い受容体であるNPR4に結合し、NPR4が媒介するNPR1の分解が阻害され、その結果、NPR1の蓄積、細胞の生存、そしてそれに続くサリチル酸依存性の遺伝子発現が促される、とFuたちは考えた(図1)。このモデルを裏付けるように、NPR1濃度はPCDを起こしている細胞で最も低く、PCD病変の周囲の細胞で最も高くなっていることが明らかにされた。

近年、PCDの制御がきかなくなった変異植物体がいくつか発見され9、植物がどのようにPCDを制御しているのかという問題が大きな研究テーマになっている中で、Fuたちの知見は、サリチル酸が免疫シグナルとして機能して植物の免疫で細胞の運命を決定付けていることを裏付ける強力な証拠をもたらした。異常なPCDと関連する植物タンパク質を研究すれば、それがNPR3やNPR4の機能に寄与しているのかどうかが明らかにされるはずだ。

サリチル酸は、主要な植物ホルモンの中で唯一、受容体が発見されていなかったものだ。このような中、Fuたちは、感染部位の局所的な細胞死と免疫を抑制解除する一方で、感染領域から離れた部位では全身性の免疫を抑制解除することによって、2種類のサリチル酸受容体が別個の防御戦略を制御していることを示した。このことから、オーキシンやジベレリン、ジャスモン酸など、ほかの植物ホルモンも生理学的プログラムの抑制を解除していることが推測される10

NPR3とNPR4は、結合親和性の差が植物の反応の異なる制御を媒介することが明らかにされた最初の植物ホルモン受容体だ。植物ホルモンの多くは植物の生活のさまざまな局面を調節しているため、ほかの植物ホルモン受容体もこれと似た機構を利用している可能性は十分にある。この発想と符合するように、最近、リガンドの親和性が異なるオーキシンホルモン結合タンパク質群が発見されており11、植物はオーキシンに関しても異なる感知手段を持っていることが示唆されている1

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120932

原文

A life or death switch
  • Nature (2012-06-14) | DOI: 10.1038/486198a
  • Andrea A. Gust & Thorsten Nürnberger
  • Andrea A. GustとThorsten Nürnbergerは、チュービンゲン大学植物生化学科植物分子生物学センターに所属。

参考文献

  1. Dodds, P. N. & Rathjen, J. P. Nature Rev. Genet. 11, 539–548 (2010).
  2. Jones, J. D. & Dangl, J. L. Nature 444, 323–329 (2006).
  3. Spoel, S. H. & Dong, X. Nature Rev. Immunol. 12, 89–100 (2012).
  4. Fu, Z. Q. et al. Nature 486, 228–232 (2012).
  5. Mou, Z., Fan, W. & Dong, X. Cell 113, 935–944 (2003).
  6. Cao, H., Glazebrook, J., Clarke, J. D., Volko, S. & Dong, X. Cell 88, 57–63 (1997).
  7. Spoel, S. H. et al. Cell 137, 860–872 (2009).
  8. Enyedi, A. J., Yalpani, N., Silverman, P. & Raskin, I. Proc. Natl Acad. Sci. USA 89, 2480–2484 (1992).
  9. Lam, E. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 5, 305–315 (2004).
  10. Robert-Seilaniantz, A., Grant, M. & Jones, J. D. Annu. Rev. Phytopathol. 49, 317–343 (2011).
  11. Calderón Villalobos, L. I. et al. Nature Chem. Biol. 8, 477–485 (2012).