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卓上型X線ビーム光源が開発された

高速のレーザー様X線パルスを利用すれば、化学結合を探ることもできる(イラスト)。

T. POPMINTCHEV & B. BAXLEY/JILA/UNIV. COLORADO

円筒形の高圧チャンバー(容器)は、Margaret Murnaneの手のひらにおさまる小ささだ。けれども、この装置の一端からは、大型の粒子加速器が作り出す光に匹敵する高強度のX線ビームが出てくる。

共にコロラド大学と米国立標準技術 研究所(NIST)の合同研究機関である JILA(コロラド州ボールダー)の物理学者であるMurnaneとHenry Kapteynは、低エネルギーX線(軟X線)の超短レーザー様パルスを発生する卓上型X線光源を世界で初めて開発したと報告した。このタイプの光は、分子の構造やダイナミクスを調べるのに利用できるが、従来は、10億ドル規模の建設費を要する大型シンクロトロン施設や自由電子レーザー施設でしか作ることができなかった。当然、施設を利用するための競争は激しい。

しかし、彼らが Science 6月8日号で発表した報告によると(T. Popmintchev et al. Science 336,1287-1291; 2012)、この装置が安くなり、大学の研究室レベルの予算で購入できる日もそう遠くないかもしれない。「卓上型システムができたこと自体、信じがたいことなのです。3年前なら、大規模な施設でしかできないと言われていたことですから」とMurnaneは言う。

MurnaneとKapteynは夫婦でチームを組んでいて、ボールダーでKMLabs社という会社も経営している。同社はすでに、今回の装置とよく似た卓上型極紫外線光源を販売している。Murnaneは、未来の軟X線光源が100万ドル程度と比較的安価で小型なものとなり、材料科学や生物学で盛んに使われるようになることを期待する。こうしたX線ビームを材料科学に利用すれば、太陽電池中の電子の経路を追跡して、よりよい太陽電池材料へと結びつけられるかもしれない。また、化学の分野で利用すれば、光合成や触媒反応の超高速ダイナミクスを解明できるかもしれない。

カリフォルニア大学サンディエゴ校の物理学者Oleg Shpyrkoは、「この装置は研究者が長い間待ち望んできたものです」と言う。彼がアルゴンヌ国立研究所(イリノイ州)のシンクロトロンAdvanced Photon Sourceで実験するとき、申請の受理まで何か月も待たされることも少なくない。そして、いざ実験するとなると、学生たちを飛行機に乗せて米大陸を半分横断しなければならないのだ。

卓上型光源は「高次高調波発生」という技術を利用している。ある種の媒質にレーザー光を通すと、波長がより短く周波数のより高い光へと変換される。例えば、ルビーレーザーを水晶に照射すると、やや暗いものの、まだレーザー光線のようによく集光した紫外線のビームが出てくるのだ。

MurnaneとKapteynは、赤外線レーザーを光源とし、高圧のヘリウムガスを媒質とするシステムにより、高次高調波発生を限界まで推し進めた。赤外線レーザーが強い電場を作り、この電場がヘリウム原子から電子を引き剝がすと、電子は電場からエネルギーを吸収できるようになる。この電子がヘリウム原子に衝突して元に戻るとき、吸収したエネルギーを、より短い波長の光子として放出する。ただし、この光子を1個放出させるには5000個の赤外線光子をヘリウムガスに照射する必要がある。

このような系で発生する光の波長は、シンクロトロンが作り出す光と同じくらい短い。MurnaneとKapteynは、ヘリウムガスの圧力を高めることで、波長0.8nmの光を作り出すことができた(理論家は、これをすると発生するビームの集光が低下するかもしれないと考えていた)。この辺りの波長域には、磁石や超伝導に使われる元素が特性吸収帯を持っている。Kapteynによれば、この光を利用すると、例えば磁気ハードディスクの情報単位を構成するニッケル原子のスピン状態を識別できるという。

パルス速度については、卓上型光源はすでに大規模光源施設をしのいでいる。MurnaneとKapteynの装置が作り出す光のパルス幅は非常に短く、わずか2.5アト秒である(1アト秒は10-18秒)。これはシンクロトロンのピコ秒パルス(1ピコ秒は10-12秒)や自由電子レーザーのフェムト秒パルス(1フェムト秒は10-15秒)よりも短い。この時間幅は、化学結合が形成されたり切断されたりする時間より短い。マックス・プランク量子光学研究所(ドイツ・ガルヒンク)の物理学者で、超高速光源装置を販売するFemtolasers社の共同設立者であるFerenc Krauszは、「この時間幅の光源が利用できるようになれば、現時点では予想もできないような新しい問題と、取り組めるようになるはずです」と言う。

ただし、光の強度については、卓上型光源は大規模施設の光に比べてはるかに弱い。ラザフォード・アップルトン研究所(英国ディドコット)で超高速軟X線科学施設Artemisのリーダーを務める物理学者のEmma Springateは、その理由ゆえに、これら両方の技術を利用しているのだ。Artemisには、すでにKMLabs社の超高速極紫外線光源の1つが導入されており、彼らはこれをシンクロトロン光源と併用している。「シンクロトロンからは非常に鮮明な高解像度の静止画像が得られ、一方、超高速光源からは、わずかにぼやけてはいても動画像が得られるのです」とSpringateは言う。

卓上型X線光源が発売されるのはまだ数年は先のことだろうとMurnaneは言う。けれども彼女は、将来、この装置が電子顕微鏡と同じくらい普通の研究室 備品になることを願っている。Shpyrkoもその日を楽しみにしている。大型シンクロトロン光源施設で実験申請が受理されるのを待つのは、スペースシャトルの打ち上げを待つのとよく似ている、と彼は言う。「でも、自分の研究室に装置があれば、思いついた翌日に実験ができるのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120922

原文

Tabletop X-rays light up
  • Nature (2012-06-14) | DOI: 10.1038/486172a
  • Katherine Bourzac