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進化した脳制御型ロボットアーム

ロボットアームを使って、「Cathy」は15年ぶりにボトルを持ち上げることができた。

braingate2.org

Nature 5月17日号掲載の論文によると、四肢麻痺の2人の被験者が、自分の脳の活動だけを用いてロボットアームを動かし、目標物までアームを伸ばして、しっかりつかむことができたという1

CathyとBob(共に仮名)は、脳卒中で脳幹が損傷して四肢麻痺が残り、話すこともできない。神経外科医は、彼らの大脳の運動皮質に、動かしたいという思考と関連するニューロンのシグナルを記録できるよう、髪の毛ほどの細さの電極を約100本含む微小な記録装置を埋め込んだ。15年前に脳卒中を起こしたCathyは2005年に、2006年に脳卒中を起こしたBobは試験の5か月前に、この装置の埋め込み手術を受けた。

2011年4月の試験では、Cathyは自分の思念でロボットアームを操り、コーヒー入りのボトルをつかんで口元まで持ち上げることができた。彼女は無事にコーヒーを飲むと、にっこり笑った。「その笑顔を忘れることはないでしょう」。論文の共著者の1人で、ブラウン大学(米国ロードアイランド州プロビデンス)のLeigh Hochbergはこう話す。

この研究は、ブラウン脳科学研究所(プロビデンス)の所長John Donoghueが率いるBrainGate2臨床試験の一環である。研究チームは2006年、別の2人の被験者が自分の思考でコンピューター画面上のカーソルを動かすのに成功したことを報告している2。「こうした二次元の動きから、物に手を伸ばしてつかみ、それを動かすといった三次元空間での動きへ進化したことは、非常に大きな一歩です」とDonoghueは言う。

思念の力

この研究の難しい点は、被験者に埋め込まれた装置が拾い上げた神経シグナルを解読し、それらのシグナルをデジタルコマンドに変換して、ロボットアームに被験者の意図したとおりの動きを実行させることだ。動きが複雑になるほど、シグナル解読作業の難度は増す。

研究チームは、2種類のロボットアームを使っている。1つは義肢として使うために米軍と共同で開発しているDEKAアームシステムで、もう1つはドイツ航空宇宙センター(DLR)が外部補助装置として開発しているロボットアームだ。

今回の研究では、2人の被験者は、30秒以内にアームを伸ばしてスポンジ製ボールをつかむ課題を課せられた。その結果、BobはDEKAアームを使って、制限時間の62%の時間で標的をつかむことができた。Cathyの場合、DEKAアームの使用で46%の成功率、DLR製アームを使うと21%の成功率だったが、コーヒー入りのボトルを持ち上げて口元まで持っていく試技においては、6回のうち4回成功した。

この結果に、研究界は大いに盛り上がっている。何年間も四肢が麻痺している人でも、こうした補助装置により、他人とコミュニケーションをとったり自力で作業を行ったりできるのだ。レスター大学(英国)のRodrigo Quian Quiroga(今回の研究には参加していない)は、麻痺を起こしてからこれほど長時間経った後でも、「体をこう動かしたい」という思考を読み取れたことに驚嘆したという。「先行きは非常に明るいですよ」とQuirogaは喜ぶ。

しかしDonoghueは、まだ先は長いと強調する。「現状のアームの動きはまだまだ遅くて不正確です。シグナル解読のアルゴリズムを改善する必要があります」。

研究チームは今、装置埋め込み手術の安全性を調べるために、被験者を募集している。これまで7人が手術を受けたが、深刻な副作用は現れていない。研究チームは、脳卒中や筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患、もしくは脊髄の損傷による四肢麻痺の患者を合計15人集めたいと考えている。

また、現在、患者の頭蓋にはコードを付ける必要があるが、研究チームは、将来的にはワイヤレスにしたいと考えており、そうしたシステムを開発中だという。ロボットアームを使わず、解読した脳のシグナルを患者自身の筋肉に直接伝えて四肢を動かせるようにすることが、研究者たちの夢なのだ。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120803

原文

Mind-controlled robot arms show promise

参考文献

  1. Hochberg, L. R, et al. Nature 485, 372–375 (2012).
  2. Hochberg, L. R, et al. Nature 442, 164–171 (2006).