Editorial

名誉毀損の訴えから率直・誠実な意見表明を守る

Natureは、2011年3月24日号の社説で、英国在住の読者に対して、イングランドとウェールズの名誉毀損法改革案への支持を訴える嘆願書を、英国の国会議員宛てに送るよう呼びかけた。それが実り、ついに、2012年5月9日の女王演説の中に、名誉毀損法に関して、必要性が高く、理にかなった改正点をほぼ網羅した法案が入った(女王演説には、英国議会がこの1年間に取り組まなければならない課題が列挙される)。

この大きな成果に対して、英国在住のNature読者は称賛されてよい。名誉毀損法改革案は党派を超えて幅広い支持を得ており、今後、事態が順調に推移すれば、早ければ今秋に採決される見込みだ。なお今回の改革案は、英国在住のNature読者だけでなく、人権団体のアムネスティ・インターナショナルやグローバル・ウィットネス、またインターネットコミュニティーのMumsnetなど、多数の人々と組織による見事で確固とした運動があったからこそ達成されたといえる。

ロンドンに本拠を置く慈善団体Sense about Scienceなど、いくつかの科学団体もこの運動に協力した。名誉毀損法の改革が必要であることを示すため、さまざまな実例が出されたが、その多くは、率直・誠実な学術的批評として見解を表明したのに、名誉毀損訴訟に巻き込まれそうになってしまった科学者のケースだった。Natureは、このキャンペーンを正式に支援した。なお、2012年5月17日号の校了時点で、エジプト人研究者Mohamed El Naschieの本誌に対する名誉毀損訴訟の判決は下っていない。

改革法案は、研究者や科学団体が抱いている懸念に、正面から取り組んでいる。第一に、査読付き学術雑誌に掲載された意見表明文書に対して、学術雑誌の編集者と1人以上の独立した立場の専門家による審査を経ていることを条件として、「制限的免責特権」の抗弁が認められる(抗弁とは、民事訴訟で原告請求の棄却につながる別の主張をすること)。この法的保護は、当初の出版物にとどまらず、公正で正確な原著の写しや抜粋を出版する者にも及ぶ。

第二に、「公正な論評」の抗弁が認められる。これも、名誉毀損の申し立てに対する既存の抗弁の1つで、公の利益にかかわる事柄についての公正な論評であるかぎり、名誉毀損に問われない。今回の改革法案では、この抗弁の適用範囲が科学活動の諸側面にまで拡大される。新法案では、公の利益にかかわると判断される記者会見や学会において、きわめて重要な意見表明を含む報告を保護するうえで、この抗弁が役立つことになる。この「率直で誠実な意見表明の保護」という仕組みは、学術会議議事録の詳細を出版する者にも適用される。

新法案には、このほかにもいろいろな改革が定められている。その1つは、責任あるジャーナリズムに基づく抗弁(専門家の間では「レイノルズ・ディフェンス」として知られている)の正式化だ。これは、記者や出版社が、例えば、事実関係の確認を行って、相手方に正当な弁明権を与えたことを立証できれば、名誉毀損の申し立てに対する抗弁になるというもので、そうなると、今度は訴訟の原告側が、名誉が大きく傷ついたことを立証する責任を負うことになるのだ。

ただし、実際の法廷では、ほとんどの場合、原告側ではなく、被告側が、名誉毀損訴訟における立証責任を負うという状況は、依然として変わらないだろう。被告は、名誉毀損に当たると主張されている意見表明について、どうしてもその真実性を立証しなければならず、たとえ強力な武器を数多く持っていたとしても、厳しい戦いとなる可能性は高い。

それでも、世界の科学者は、英国において名誉毀損法が改正されることになったことを、祝福すべきであろう。科学的な事柄に関するジャーナリズムは、あまりにも長い間、脅威にさらされ、抑圧されてきたからだ。Natureの2011年3月24日号に掲載された社説には、こう記されている。「Natureでは、その法的リスクゆえに、核心的使命の達成を妨げられることが、あまりにも多かった」。改革はまだ正式には実現していないが、その見通しについて、楽観視してかまわないと思う。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120828

原文

Honest opinions
  • Nature (2012-05-17) | DOI: 10.1038/485280a