Editorial

反GM運動の一部は、地球規模の野蛮な行為

Rothamsted Research社は、英国ハートフォードシャー州に事務棟と試験圃場を構え、世界で最も長い歴史の農業研究所を誇っている。ここで、アブラムシの警報フェロモンを発する遺伝子組み換えコムギ(GMコムギ)について、実際にアブラムシがたかるのが減るかどうかなど、その有用性を調べる実験準備が進められてきた。

しかし、ここの科学者は、GMコムギの成長を心待ちにするどころではなくなった。GM作物に抗議する環境保護団体が、2012年5月27日に試験区を破壊すると予告してきたからだ。その組織は「小麦粉を取り戻せ(Take the Flour Back)」というすごい名前を付けており、一般市民の共感を得ていると思い込んでいるのは間違いない。GM作物の評判は、英国とヨーロッパ大陸のかなりの地域で、1990年代後半に痛手を受けてから回復していない。ドイツでは抗議団体によるGM作物の破壊が日常的に起こっており、実験する科学者はいなくなってしまった。

Rothamsted社の科学者は、実験の内容と実施理由を説明するメディアキャンペーンを実施し、一般市民の支持を得ようとしてきた。抗議団体が研究施設の「除染」計画を発表した後は、反対派との話し合いも試みてきた。その中で、何年にもわたる研究成果が永遠に失われるという、まさに取り返しのつかない事態となる前に、除染方針を再考するよう要請した。特に、この研究が環境保護をめざしたものであること、GM作物が順調に成長すれば、環境を破壊する殺虫剤の使用量が減ることを科学者は説明した。

抗議活動は、目に見える形で影響を与えている。2012年、ドイツの大手化学会社BASFは、遺伝子導入植物事業の拠点を反対の多いヨーロッパから米国に移転させる方針を発表した。

全世界の農民がGM作物を意欲的に導入しているのに、ヨーロッパの農民だけが、例外はあるものの、導入のチャンスを逃している。北米では、除草剤耐性セイヨウアブラナが導入されて、除草剤の使用量と耕耘の頻度が減少した。耕耘の減少で土砂流出が減るという副産物も得られた。害虫に抵抗性を示すGMワタの導入によっても、農薬の使用量は減っている。

しかし、ヨーロッパではGM作物は敵視され続けている。それには明白な理由があって、GM主導型のビジネスモデルでは、食料全体が大手農薬会社の手に委ねられてしまう危険性があることだ。この点への不安はもっともである。ところが、その不安感が、GM技術が人間の健康に影響を及ぼすことへの懸念と、巧妙に結びつけられているのだ。健康への影響という話は、一般市民には受け入れられやすいが、実際には、現実味の乏しい主張でしかない。

世界人口は70億人に達し、なお増加を続けている。抗議団体は地球環境を守っていると主張するだろうが、いい加減な根拠に基づいて作物の遺伝子組み換えを拒否することで、逆に環境が脅かされている。2100年には90億人を超える世界の人々に食料を供給するためには、今後、食料生産の方法を変える必要がある。昔の方法や有機農法では無理だし、遺伝子組み換えだけでも不十分だ。しかし、組み換え技術は非常に有効な手段となる可能性があり、感情やイデオロギーで反対するのは賢明ではない。

筋金入りの反対論者には、いくら論を尽くしても、納得させるのは難しい。動物実験の科学的価値を守るよういくら要請しても、動物権利擁護運動の過激派の信念は全く揺らがなかった。ただし、動物権利擁護運動と同様、GM抗議団体がいくら大量にRothamsted社に押しかけたとしても、一般市民の真の支持が得られるかどうかは別の話だ。

GM作物は、農薬、除草剤、肥料などの使用量を著しく減らし、気候条件が極端に変化してもそれに対する抵抗性を高める可能性を秘めている。この技術が初期段階にあるのは事実であり、この技術に対する懸念の一部、例えばGM材料が栽培地の環境中に漏出するおそれなどについては、注意すべきである。しかし、Rothamsted社の実験で未解決の課題が解明される前に、実験自体を破壊するという行為は、英国の片隅の蛮行では済まされない。これはまさに地球規模の無謀行為と言わざるを得ない。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120829

原文

Misplaced protest
  • Nature (2012-05-10) | DOI: 10.1038/485147b