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体内時計に効く薬

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多くの国では、春が近づくと時計の針を1時間進めて夏時間に変える。翌朝は、いつもより早く起きなければならない。しかし、体内時計はまだ1時間先に進んでいないため、強い眠気に襲われる。このような睡眠パターンの小さな乱れは、実は、疲労やある種の心疾患を起こりやすくする1。概日(昼-夜)リズムを刻む体内時計は、睡眠パターンのみならず、日の出や日没などの周期的な環境変化に対応する多くの生物過程についても制御している。それゆえ、体内時計の突然の変化は、体全体に悪い影響を与えてしまうわけだ。Nature 2012年5月3日号で、Soltたち262ページ)とChoたち3123ページ)は、マウスの実験で、概日時計が代謝を調節する分子機構を明らかにするとともに、この時計の構成要素を標的とする薬剤が、肥満や糖尿病のような疾患の治療に使用できる可能性を提示した。

1990年代後半、培養繊維芽細胞を使って生体リズムに関する知見が得られ4、細胞生理における概日時計の広範囲にわたる役割が、明らかになった。そして、マウス組織における遺伝子発現の少なくとも10%に、概日振動が観察された5(概日振動とは、生体内の分子ネットワークに見られる日周リズム)。分子レベルでみたときの概日時計は、共にタンパク質である活性化因子と抑制因子が、相互に影響し合う形のフィードバック・ループである。具体的には、活性化因子は抑制因子の発現を誘導し、その抑制因子は活性化因子の発現を抑制する。そして、このフィードバック・ループが、24時間単位で周期的に繰り返されている。

核内受容体ファミリータンパク質に属するREV-ERB-αは、概日時計の抑制因子の1つであり6、活性化因子の遺伝子発現の調節に加え7、肝臓での脂質や胆汁酸の産生調節8,9、脂肪細胞の形成調節10を行う。ほとんどの核内受容体は、特異的なステロイドホルモンが結合することによって誘導・活性化されるが、REV-ERB-αの場合、ヘム(酸素結合分子)が結合する11,12。そして、REV-ERB-αはヘム合成を調節している13。これらの知見から、REV-ERB-αと結合してその機能を調節するような合成化合物への関心が、高まっているわけだ。

ところが、REV-ERB-αを欠損したマウスでは、概日行動リズムに目立った異常は認められず7、それもあって、REV-ERB-αが概日時計に対してどのような役割を担っているのかは、謎のままであった。しかし、培養細胞の研究14によると、非常に近縁なタンパク質にREV-ERB-βという分子があって、これがREV-ERB-α欠損の埋め合わせをするらしく、このことがREV-ERB-α欠損マウスで比較的小さな異常しか認められない理由と思われる。

そこでChoたち3は、これら2つのREV-ERBタンパク質が概日リズムに与える機能を理解するために、この2つの抑制因子がマウス肝臓で支配下に置いているゲノム領域を同定した。その結果、概日時計のコア要素であるタンパク質だけでなく、さまざまな代謝経路に関与するタンパク質についても、それらの遺伝子の調節領域に両方のタンパク質が結合することが明らかになった。つまりREV-ERBは、概日時計そのものを超えた場面においても、概日振動を制御していると思われる。ただし、それが、脳などの他の臓器まで及んでいるのかどうかはまだわからず、さらなる研究が必要だ。

それはともかく、REV-ERB-α欠損マウスは、死亡率が上昇することが示されていた7。そこで、REV-ERB-α、β両方の欠損マウスを得るために、Choたちは、Cre/lox組み換えとして知られる遺伝子工学技術を用いて、成体期に両方の遺伝子の欠失を同時に誘導できるマウス系統を作製した。なお、マウスの概日リズム機能不全を調べるために、回転輪での走行リズムをモニターした。その結果、二重変異マウスの走行リズムは、対照マウスと著しく異なり、走行周期がきわめて短くなっていた。さらに二重変異マウスは、光に対する応答も変化していた。

さらにChoのチームは、二重変異マウスとその対照である同腹仔マウスにおいて、いくつかの代謝パラメーターを比較した。すると、変異マウスでは、脂質であるトリグリセリドやグルコースの血中濃度が上昇しており、その一方で、遊離脂肪酸レベルや呼吸交換比(呼気二酸化炭素と吸入酸素の相対比)は低下していた。このような代謝の変化は、変異マウスにおいて脂肪組織からのエネルギー産生が増加している事実と一致する。

Choたちの研究3からは、REV-ERBが概日時計の主要な構成要素であることを示す別の証拠も得られており、REV-ERBが肝臓の代謝制御に関与していることも実証されている。REV-ERBの機能についてさらなる知見を得るためには、この変異マウスにおける酸化的代謝(細胞が有機化合物の酸化によってエネルギーを得る過程)や運動耐性について、解析を進める必要があるだろう。例えば、高脂肪食摂取期間などの動的条件下で、経時的に代謝指標をモニターすることなどである。

もう一方のSoltたちの研究チーム2は、培養ヒト細胞を用いて、核内ホルモン受容体ファミリー全体に対してハイスループット・スクリーニングを実施し、REV-ERB-αおよびREV-ERB-βを選択的に活性化する一群の関連分子を同定した。このうち、マウスでの研究に適した2つの化合物について、さらに研究を進めた。

Soltたちの研究チームは、培養細胞において、これらの化合物が概日振動を示す時計遺伝子発現の「振幅」を減少させることを見つけた。これらの化合物をマウスに投与すると、時計遺伝子の発現も抑制された。実際、化合物を投与されたマウスは、恒暗条件下では回転輪での走行リズムが変化したが、標準的な明暗条件下(12時間明期、12時間暗期)では変化しなかった。明暗条件下でマウスの行動に与える化合物活性が低下した原因については、さらなる検討が必要であるが、時計機構を回避する光への直接応答(「マスキング」として知られる効果)を反映している可能性がある。Soltたちのチームは、培養細胞でも実験を行い、マウスでのこれらの化合物の効果が他のタンパク質の調節ではなく、REV-ERBの活性化によるものであることを裏付けている。

Soltたちの研究チームは、これらの化合物が概日時計に影響を及ぼすだけでなく、肥満や高脂肪食摂取に伴うある種の代謝障害を抑制したと報告している。これらの化合物を投与したマウスは、通常は眠っている明期の食物摂取が減少するとともに、食餌性肥満への抵抗性や酸素消費の増加が見られた。さらに、このマウスは、肝臓、脂肪、筋肉での遺伝子発現プロファイルが変化していた。特に、代謝や脂肪酸の輸送に関与する酵素の発現が変化しており、酸化的代謝の上昇と脂質貯蔵の低下を示していた。また、ホルモンであるレプチンを欠損している遺伝学的肥満マウスの場合、代謝の変化も改善した。

このように、Choたち3とSoltたち2が報告した結果から、概日時計と代謝が密接に関係しており、両者をつなぐ因子として、REV-ERBが特別な役割を果たしていることが再確認された。また、これらの論文を見れば、核内受容体であるREV-ERBは、これまで考えられていた以上に、多くの時計構成要素の発現を抑制している可能性がある。

さらに、これらの研究から、代謝障害の治療を目的とした「時計に効く薬」、つまり体内時計を操作する薬剤を開発できる可能性がみえてくる。ただし、卵が先か鶏が先かという疑問は残る。なぜなら、REV-ERBの活性を標的とする化合物はすべて、代謝パラメーターに影響を与える可能性があるからだ。1つは、代謝標的の発現を調節して直接的に関与すること、もう1つは、概日時計に与える効果を介して間接的に関与することである。そのうえ、REV-ERBタンパク質の産生は周期的に振動するため、どんな薬剤の作用であっても、REV-ERBの発現による制限を免れることはできないであろう。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120824

原文

Time in a bottle
  • Nature (2012-05-03) | DOI: 10.1038/485045a
  • Joseph Bass
  • Joseph Bassはノースウェスタン大学ファインバーグ医学系大学院(米国シカゴ)。

参考文献

  1. Janszky, I. et al. Sleep Med. 13, 237–242 (2012).
  2. Solt, L. A. et al. Nature 485, 62–68 (2012).
  3. Cho, H. et al. Nature 485, 123–127 (2012).
  4. Balsalobre, A., Damiola, F. & Schibler, U. Cell 93, 929–937 (1998).
  5. Hughes, M. E. et al. PLoS Genet. 5, e1000442 (2009).
  6. Lazar, M. A., Hodin, R. A., Darling, D. S. & Chin, W. W. Mol. Cell. Biol. 9, 1128–1136 (1989).
  7. Preitner, N. et al. Cell 110, 251–260 (2002).
  8. Raspé, E. et al. J. Lipid Res. 43, 2172–2179 (2002).
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  10. Wang, J. & Lazar, M. A. Mol. Cell. Biol. 28, 2213–2220 (2008).
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  12. Yin, L. et al. Science 318, 1786–1789 (2007).
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  14. Liu, A. C. et al. PLoS Genet. 4, e1000023 (2008).