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転写因子ネットワークを再構築することで、別の機能を果たす細胞に転換!

鈴木 治和

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120724

切断すると2個体になるプラナリアやちぎれた足が生えるイモリなど、下等動物には、体のあちこちが再生するものがいる。哺乳類でも、線維芽細胞を特殊な薬剤で処理すると脂肪細胞様になることなどが知られるが、高等動物細胞の分化や脱分化のメカニズムには不明な点が多かった。理化学研究所オミックス基盤研究領域の鈴木治和プロジェクトディレクターは、細胞が特定の機能を発揮するために必要な転写因子とそのネットワークを体系的に抽出する技術を開発。細胞に「別の細胞の機能を果たすための転写ネットワーク」を移植することで、iPS細胞などの幹細胞を経ずに、機能を転換させることに成功した。

–– 今回の研究は、理化学研究所(以下、理研)においてどのような位置づけなのでしょうか?

鈴木: 理研では2000年以降、マウスcDNAのアノテーション(機能注釈)からスタートしたFANTOMプロジェクトを段階的に進めています。その後、ヒトcDNAを対象とするようになり、2009年に第4期(FANTOM4)を終了。現在は、第5期(FANTOM5)を展開しています。今回の研究は、FANTOM4から派生したといえるものです。遺伝子発現を制御する転写因子のいくつかを操作することで、「ある細胞」から脱分化を経ずに「別の機能を発揮する細胞」へと転換する普遍的な手法を開発し、実際の細胞を使って検証しました。

FANTOM プロジェクト

–– FANTOMプロジェクトについて、ご説明ください。

鈴木: 2000年頃までに、内外において、線虫、ショウジョウバエ、マウスをはじめとするさまざまなモデル生物のゲノム解読が終わり、2002年にはヒトゲノムプロジェクトも完了しました。その後、ゲノム研究は、得られた配列情報をネットワークや機能と結びつけるアノテーションの段階に進み、アメリカでは「エンコード計画」が始められました。理研では、マウスの各組織から網羅的に単離したRNAを完全長cDNAに変換したうえでクローン化し、配列決定とアノテーションを行う「マウスcDNA百科事典プロジェクト」が進行していたこともあり、そのデータを用いてFANTOMプロジェクトを進めることになったのです。

まずFANTOM1において、アノテーションのルール作りと効率的なアノテーションシステムを開発しました。それをもとに、FANTOM2では、6万以上に及ぶマウス完全長cDNAの機能注釈を行いました。続くFANTOM3では、完全長cDNAの解析数を10万個に増やした結果、全ゲノムの70%以上がRNAとして転写されていること、その大半がタンパク質をコードしないncRNA (non-coding RNA)であることを突き止めました1。ここまではゲノムにおける「要素の解析」でしたが、FANTOM4からは「システムの解析」へと舵を切り、転写因子のネットワーク解明をめざすことになりました。

–– FANTOM4では、どのようなことをされたのでしょう?

鈴木: ヒト白血病細胞由来の単芽球が単球という免疫細胞に分化する過程をモデルに、転写因子のネットワーク解析の手法を開発し、細胞が特定の機能を発揮するために重要な遺伝子を抽出できるようにしました2。単芽球は培養してもシャーレに張りつかないのですが、ある薬物を用いて刺激を与えると、扁平になって張りつくようになり、食作用を発揮しはじめます。増殖能については、未分化な単芽球にはあるものの、分化した単球にはありませんでした。私たちは、こうした分化過程における遺伝子発現の変化を、「どのRNAがどれだけ発現しているか」を定量的に調べるCAGE法によって網羅的に解析しました。どの遺伝子がどの転写因子で制御されるのかを洗い出したうえで、細胞が特定の機能を発揮するのに重要な転写因子をネットワークとして描き出したのです。

繊維芽細胞から単球を作る

–– その成果を受け、今回はどのような解析をされたのでしょう?

鈴木: 抽出した転写因子を導入することで、「ある細胞(スタート細胞)を「別の機能を持つ細胞(ターゲット細胞)」に転換できるのか検証しようというのが目的でした。具体的には、ヒトの線維芽細胞を単球に転換しようと試みました。線維芽細胞を選んだのは、扱いやすく培養も容易だからです。単球のほうは、FANTOM4で多くの知見が得られていたほか、細胞の系譜として線維芽細胞と大きく異なっていたことから使いました。全く系譜の異なる細胞にも変換できることを示したかったのです。

戦略としては3つの段階を考えました。第1段階は、ターゲット細胞の機能にリンクした転写因子の洗い出しです。第2段階は、その中で最も重要な上流の転写因子の選択です。ネットワークでは上流因子が下流因子を制御するので、複数の下流因子を制御する上流因子を特定できれば、「上流因子とその支配下の下流因子」の関係をサブネットワークと見なすことができます。第3段階は、選択した転写因子だけをスタート細胞に導入して強制発現させ、機能が本当に変換されるかを検証することです。

–– 具体的には、どのようなことをされたのですか?

鈴木: 第1段階として行ったのは、次のことです。まず、線維芽細胞と単球細胞のそれぞれで発現している遺伝子を網羅的に解析し、単球と線維芽細胞において発現の有無や量を比較しました。そのうえで、単球として機能するために重要な転写因子をデータベースを用いて文献検索し、重要度のランク付けをしました。その結果、サブネットワークを構成する19の転写因子を特定することができました3

図1:単球で重要だと考えられる19個の転写因子の制御関係。
19因子は、4個の最も重要な転写因子によって制御されていた。

第2段階では、特定した19の転写因子を線維芽細胞にすべて導入するのはたいへんなので、この中でさらに重要なものを選択しました。19因子をひとつひとつ線維芽細胞で強制発現させ、残りの18の転写因子が発現してくるかどうかを調べたのです。その結果、特定の4因子を発現させれば、19の転写因子すべての発現をあげられることがわかりました3

最後の第3段階では、実際に4つの転写因子を線維芽細胞に導入して強制発現させ、本当に線維芽細胞から「単球の機能を果たす細胞」に転換するかどうかを確かめました。転写因子を導入して10〜14日培養し、蛍光顕微鏡で観察したところ、細長かった細胞の形状が丸くなり、黄緑の蛍光ビーズを貪食する様子が観察できました3。さらに、単球が持つもう1つの重要な機能である「サイトカインの分泌能」についても、遺伝子の発現量によって検証しました。単球はLPSという細菌の成分に刺激されると、炎症にかかわる生理活性物質(サイトカイン)を放出します。単球様になった細胞をLPSで刺激したところ、確かにサイトカインの遺伝子発現量が有意に増えることがわかりました3

図2:線維芽細胞と、そこから転換した単球様細胞の蛍光顕微鏡画像。
線維芽細胞では蛍光ビーズ(緑色)の貪食は見られなかったが、単球様細胞では多くのビーズが貪食されていた(赤は細胞膜、青は核)。

どんな細胞にも応用が可能

–– 線維芽細胞は単球に転換できたといえるのですか?

鈴木: 残念ながら、現段階では「完全な単球」になったとはいえません。機能的には単球とほぼ同じといえますが、遺伝子レベルで調べると完全ではなかったのです。単球様の細胞では、単球で特異的に発現する遺伝子の約50%が発現上昇しており、線維芽細胞に特異的な遺伝子の約60%が発現減少していました。

今回の成果のインパクトは、細胞を転換させるために重要な転写因子を系統的に見つける手法を確立できた点にあります。iPS細胞の開発によって、高等動物の細胞でも脱分化や分化の状態を操作できることが明らかになり、細胞の転換についても盛んに研究されるようになりましたが、「文献やデータベースで検索して選んだ転写因子を、とりあえず複数発現させてみる」といった手法がほとんどで、系統立っていませんでした。その点、私たちが開発した手法は、誰もが、どのような細胞にも応用できる普遍的なものです。

–– 医療や創薬に幅広く応用できそうですね。

鈴木: はい、そう期待しています。薬の効き目を試すスクリーニング用としては、今回、転換したレベルの細胞で十分かもしれません。完全な細胞に転換できれば、再生医療やがん治療に使うこともできますが、まだかなりの時間が必要でしょう。今後は、より完全な細胞に転換する技術を開発したいと思っています。そしていつか、生体ではありえない「1つで複数の細胞の機能を果たすスーパー細胞」が開発できるかもしれないと夢見ています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

鈴木 治和(すずき・はるかず)

独立行政法人理化学研究所 オミックス基盤研究領域 プロジェクトディレクター。1983年3月に京都大学薬学部卒業、1988年に薬学博士を取得。その後、シオノギ医科学研究所研究員を経て、1998年12月より理化学研究所ゲノム科学総合研究センター チームリーダー、2008年同オミックス基盤研究領域、副プロジェクトディレクターを経て2009年4月より現職。

鈴木 治和氏

参考文献

  1. Carninci et al. Science 309: 1559-1563 (2005)
  2. Suzuki et al. Nat. Genet. 41: 553-562 (2009)
  3. Suzuki et al. PLos One 7: e33474 (2012)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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