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英国式新PhD教育

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120728

原文:Nature (2012-04-05) | doi: 10.1038/484020a | PhDs leave the ivory tower

Daniel Cressey

英国では大学に博士トレーニングセンターを設置し、将来の研究室運営や学術機関以外でのキャリアに備えた教育が行われている。

バチカン・ローマ教皇庁執務室「署名の間」の壁面を飾るラファエロ作「アテナイの学堂」。古今の哲学者が一堂に会するこの絵は、知の多様性を象徴している。

Apic/Hulton Archive/Getty Images

“PhD”という3文字が自分の肩書きを飾る日を夢見て、わずかな報酬で長時間にわたって研究室で働く、科学の世界の「船こぎ奴隷」。つい最近まで、博士課程の学生はそんなふうに風刺されていた。

しかし、そうした状況は変わった。多くの研究者は、博士課程修了後、キャリアのすべてを実験に捧げているわけではない。研究助成機関や文部当局もこうした状況を認識し、研究に関する技能のほか、人脈作りのような科学的要素以外の技能の習得をめざした教育を実施している。この新たな理念が最も徹底して展開されている国の1つが英国だ。英国では、指導教官の庇護の下で研鑽を積むシステムにとらわれない博士課程の学生が増えてきている。1人の教官の研究グループで個別に研究指導を受けるのではなく、博士トレーニングセンター(DTC)での集団教育が行われるようになってきているのだ。DTCとは、大学内に設置されたハブ組織で、化学合成や核分裂といった非常に特殊な分野に焦点を当てている。英国の標準的な博士課程が3年間であるのに対して、DTC課程は4年間。その間、正式な講義が行われ、実験経験も積むことができる。

英国の物理科学研究の主たる助成機関である工学・物理科学研究会議(EPSRC)は、これまでに50か所以上もDTCを設立している。その大部分は2009年に開設された。2012年には、EPSRCがDTCを通じて学生に交付した資金額が、研究助成金による資金交付を初めて上回った(グラフ参照)。一部の大学教官は、このようなDTC経由の資金提供により、挑戦的な難しい研究が博士課程で行われなくなり、シニア研究者に熱心な助手がつかなくなることを心配している。これに対して、研究者の教育養成の改善を推進する政府出資組織Vitae(英国ケンブリッジ)は2012年3月にロンドンで会議を開催し、代議員がDTCモデルについて積極的な評価結果を示した。

「研究の世界は変化したのです。今も変化していますし、これからも変化し続けるでしょう。DTCの設立は、こうした変化に対する対応法の1つだと考えています」。こう話すのは、EPSRCのアソシエートディレクターNeil Vinerだ。そのほかの英国の研究助成機関もEPSRCの例にならっており、海外のいくつかの研究助成機関も似た制度の導入を検討しているか、すでに導入作業に入っている。

インペリアルカレッジ・ロンドン(英国)の化学生物学研究所DTC副所長Rudiger Woscholskiは、ほかの研究室や産業界との連携に際し、DTCの学生のほうが、伝統的な博士課程の学生よりもはるかに多くの知識を身につけていると話す。また、ケンブリッジ大学のケンブリッジ解析センター(英国)の共同ディレクターArieh Iserlesは、4年間のDTC制度のほうが、ポスドク研究に取り組むための準備が十分に整うと付言する。

英国内の研究会議、例えば、バイオテクノロジー・生物科学研究会議(BBSRC)でもこれと似た制度が導入されている。BBSRCは、博士教育養成パートナーシップを主催し、そのパートナーとなった機関は助成金を得て、4年間にわたる学生の集団指導を行う。このパートナーシップではDTCのようなトレーニングセンターは設置されていないが、組織化された博士課程の教育環境を構築することを目的としている。BBSRCのイノベーション・技能担当ディレクターを務めるCelia Caulcottは、こうした研究会議では、別の資金提供ルートも確保されていると指摘する。Caulcottによれば、従来どおり研究に集中的に取り組むことを通じて博士号の取得をめざすこともできるし、パートナーシップに参加しない大学もその研究収入に基づく包括的助成金によって博士課程を維持することができるというのだ。

諸外国は、英国での博士課程改革の行方を注視している。欧州大学協会(ベルギー・ブリュッセル)の研究・イノベーション担当上級プログラムマネージャーのLidia Borrell-Damianは、博士教育養成プログラムの制度化や産業界との連携強化へ向けた動きがヨーロッパ全体で起こっていると話す。例えば、ドイツは、大学や研究機関による監督を強化し、幅広い職種に対応できる研究者の養成をめざしたモデルに基づいた博士課程改革に着手した(Nature 2011年4月21日号276ページ参照)。また、英国は、学内の教官と学外の研究者による共同指導など、博士課程改革の数多くの画期的な取り組みで世界をリードしているとBorrell-Damianは話す。

「今後は、ヨーロッパのほとんどすべての大学が、幅広い指導教育プログラムの大学院や博士課程を併設するようになるでしょう。この流れを止めることはできません」。Borrell-Damianはこう 結んだ。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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