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複雑な心臓はこうして作られる

機能を止めずに発生中の臓器を作り変えることは、住人を退去させずに建築物を建て替えるのと同じくらい難しい作業にちがいない。しかし生命は、当然のごとくそれをやってのける。では、構造上単純な胚の心臓は、どのようにして複雑で強力な成体の心臓へと変わっていくのだろうか。簡単に思いつくのは、単純に多くの細胞が均等に増殖して、心臓がゆっくり着実に大きくなっていくというモデルであろう。しかし実態はもっと複雑で、特定の小規模な細胞集団が多くの仕事を担っているらしい。Nature 4月26日号の479ページでは、GuptaとPoss1が、巧妙な方法を用いてゼブラフィッシュの心臓の成長パターンを追跡し、ごく一部の細胞が、心臓の形を大きく変化させることを明らかにした。

心臓の機能は「心室」および「心房」という小部屋の大きさに依存しており、これらが連続的に動いて、全身に血液を送り出している。心臓の発生過程において、各小部屋は、生命体および循環器系の成長に伴う作業負荷の増大に、うまく対応しなければならない。つまり、時間とともに容積と筋肉量を増やし、機能を増強させる必要がある2

GuptaとPoss1は、ゼブラフィッシュの心臓の発生過程において、多くの心臓細胞の成長をひとつひとつ追跡した。この研究は旧式のクローン分析3で行うこともできた。それは、単一細胞を早期段階で標識し、その標識を持つ子孫細胞の数と分布を後の段階で調べる方法だ。多くの個別細胞についてこの実験を繰り返せば、最終的には、初期の心臓の細胞がどんなふうに心臓の経時的成長に寄与するかが明らかになる。ただ、この「1回1細胞」という方法は有効だが効率が悪い。

図1:細胞の虹
GuptaとPoss1は、ゼブラフィッシュの心臓の発生過程において個々の細胞の子孫を追跡するために、さまざまな色の蛍光タンパク質で細胞に標識を付けた。心臓を高倍率で観察することにより、ある1つの始原細胞に由来する細胞系譜(写真上部の緑色)がほかの細胞系譜の上に広がっていく様子が確認された。スケールバーは100μm。

V. GUPTA, DUKE UNIV. MED. CENTER

そのじれったさを解決するため、GuptaとPoss1は、最近開発された「ブレインボウ」という技術を利用して、複数の細胞を同時に標識した。この方法は最初、脳の複雑なネットワークにある特定ニューロンの相互接続の分析に利用されたものだ4。ブレインボウ法では、蛍光タンパク質の遺伝子組み換えで得られるさまざまな色を使って、ひとつひとつの細胞に印をつける(図1)。GuptaとPoss1はこれを使い、鮮やかに彩られたモザイク状の心臓を作り出した。それにより、ゼブラフィッシュの心室にある個別の細胞20個以上を、同時に追跡することができた。

図2:成長する心臓の細胞系譜の追跡
さまざまな細胞の子孫を同時に追跡する多色戦略により、GuptaとPoss1は、ゼブラフィッシュの心臓の細胞増殖パターンを明らかにした。
a. ゼブラフィッシュ胚の心室(心臓が持つ小部屋の1つ)の断面には、薄い外壁と内部の筋肉の網目構造が認められる。 それぞれの色は異なる細胞系譜を表す。
b. 仔魚(成長期の魚)の心室の表面は、さまざまな細胞系譜の不規則な寄せ集めになっている。
c. 成魚の心室の表面は厚い皮質層に覆われている。その皮質層は、筋肉の網目構造に由来する少数の始祖細胞の増殖によって形成される。

最初、ゼブラフィッシュの胚の心室は、壁の薄い小さな筋肉の風船にすぎなかった。それが、肉柱形成という変化によって質量を増し始める5,6。肉柱形成では、心室壁からひとつひとつの細胞が脱落し、それが内部で筋肉の網目構造を成長させるもとになる(図2a)。次に、胚が仔魚期(成長期)に進むにつれて、心室は表面積を拡大させる。GuptaとPoss1は、その拡大が、胚の壁に由来する一部の細胞の増殖によって進展することを明らかにした。そのとき、その細胞は、まだ厚くならない仔魚期の壁の中で組織片を作っている(図2b)。その組織片は、形と大きさが意外に雑多な集団であるため、壁の拡張作業において競争関係にあることが示唆される。

仔魚が成魚へと成長するにつれて、心室壁はかなり厚みを増していくが、その際の驚くべき仕組みが、今回明らかになった。それは仔魚の心室壁の肥厚によるのではなく、少数の始祖細胞が新たな筋肉層を形成し、それが増殖することによって心室壁が厚くなっていくのだ。この始祖細胞は、内部の肉柱筋から由来しているようで、心室壁から突き出て、心室全体を包み込む大きく厚い筋肉の被覆を成長させているらしい(図2c)。

新しい外側の層である「皮質筋」と元の内層は、成魚になっても心室壁の2つの層として存続する。さらに、この2つの層は、心室損傷後の再生に関与することもわかった。まず皮質層が損傷部位で働いて外壁を修復し、それから内層が修復を開始して内壁を再建するのだ。

以上、心室壁が肥厚する経緯、「クローン的に優勢な」少数の始祖細胞、内から外へという皮質筋の成り立ちは、いずれも予想外の新知見であり、臓器の再構築に関して新たな視点を提供する。「ごく少数の的確な増殖性を持つ細胞が、新しい臓器構造の構築を推進する能力を持っていて、その一方で、残りの細胞がおそらく臓器機能の維持に専念している」という考え方には説得力がある。クローン的に優勢な細胞がほかの臓器でも構造を変える働きを持っているのかどうか、きわめて興味深い。

ただし、今回の研究1は、心室での皮質筋の形成を制御する正確なメカニズムを説明するところまでは至っていない。特定の肉柱細胞を皮質層の原点たらしめるものは何なのだろうか。それは心臓の作業負荷の変化で発生する機械的な合図を感知することによって引き起こされているのだろうか。始祖細胞はどうやってあの心室壁を突き破り、何が心室の外側を短時間で覆うようにしているのだろうか。

皮質筋の研究が心臓の成長に関する新しい見方をもたらすのは間違いなく、再生医療にとっても重要な意味を持つと考えられる。これまでの研究7,8では、心臓の再生が細胞周期の操作によって引き起こされる可能性が明らかにされている。そのため、細胞周期のどの部分が皮質層の増殖的挙動をもたらすのか、また、そうした特性は脊椎動物種の間で保存されているのかどうか、特に興味深い。いずれにせよ、今回、ゼブラフィッシュの心室の成長に関して、予想もしなかったメカニズムが発見され、臓器の構造の根底に横たわる複雑性について、斬新な見方がもたらされたことは間違いない。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120716

原文

Heart under construction
  • Nature (2012-04-26) | DOI: 10.1038/484459a
  • Deborah Yelon
  • Deborah Yelonは、カリフォルニア大学サンディエゴ校生物科学部門(米国)の所属。

参考文献

  1. Gupta, V. & Poss, K. D. Nature 484, 479–484 (2012).
  2. Christoffels, V. M., Burch, J. B. & Moorman, A. F. Trends Cardiovasc. Med. 14, 301–307 (2004).
  3. Buckingham, M. E. & Meilhac, S. M. Dev. Cell 21, 394–409 (2011).
  4. Livet, J. et al. Nature 450, 56–62 (2007).
  5. Liu, J. et al. Development 137, 3867–3875 (2010).
  6. Peshkovsky, C., Totong, R. & Yelon, D. Dev. Dyn. 240, 446–456 (2011).
  7. Kikuchi, K. et al. Nature 464, 601–605 (2010).
  8. Jopling, C. et al. Nature 464, 606–609 (2010).