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哺乳類間で感染する鳥インフルエンザウイルス

人間のインフルエンザのパンデミックは、動物のインフルエンザウイルスによって生じる。しかし、動物のウイルスがヒト間を高効率で伝播できるようになるために、どんな分子変化が必要なのか、まだよくわかっていない。高病原性のH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスは、16年以上にわたって家禽間を循環しているが、ヒトへの感染例はまれである。しかし、ヒトがH5N1鳥インフルエンザに感染して発症した場合、症状は格段に重篤になるため、ヒトでのH5N1パンデミックは公衆衛生に壊滅的な影響を与えるのではないかと危惧されている。ただし、ヒト間を高効率で伝播できるH5N1ウイルスはまだ出現しておらず、そのため、この種のウイルスはヒト間の伝播能力をもともと獲得できないのではないかと考える研究者もいる。

そのようななか、日本時間2012年5月3日付でNatureのウェブサイトに発表された論文で、今井正樹たち1はH5N1ウイルスが実際にヒトでのパンデミックを起こす可能性があることを明らかにした。この研究チームは、鳥インフルエンザウイルスがフェレット間で呼吸器飛沫(咳やくしゃみで飛び散る飛沫)によって感染できるようになるための複数の変異を突き止めた。なおフェレットは、ヒトでのインフルエンザ伝播の研究を進めるうえで、現時点で最良の動物モデルである。

今井たちが特に注目したのは、高病原性H5N1インフルエンザウイルスのHAタンパク質である。このタンパク質は、ウイルスが感染する細胞と結合して融合する過程にかかわっている。インフルエンザウイルスの型の名称(「H5N1」など)は、このHAの型と、ノイラミニダーゼ(NA)というインフルエンザ表面の糖タンパク質の型を併記する。H5N1のHAは、鳥の細胞表面にある受容体内のシアル酸(Siaα2,3)に選択的に結合するが、ヒト上気道の細胞の受容体にあるシアル酸はほとんどが別の型(Siaα2,6)で、ヒトインフルエンザウイルスはSiaα2,6を認識する。研究チームは、HA分子の受容体結合ドメインがある球状頭部領域にランダム変異を導入し、Siaα2,6への結合が増強された変異ウイルスを探した。次に、ウイルスゲノムを遺伝学的に操作できる「逆遺伝学」の手法を用いて、「ハイブリッドH5N1ウイルス」を作り出した。つまり、2009年にヒトでパンデミックを起こしたH1N1ウイルスのHA遺伝子を、変異を導入したH5 HAタンパク質の1つをコードする遺伝子で置き換えたウイルスである。

図1:哺乳類間で伝播能力を持つ鳥インフルエンザウイルスの赤血球凝集素
インフルエンザウイルスの赤血球凝集素(HA)タンパク質は、感染できる標的の細胞種を決定する。標的細胞上にある受容体のシアル酸(鳥類細胞と哺乳類細胞で種類が異なる)に結合するHA部位や、ウイルス−細胞融合を起こせるpHを決めるその他のタンパク質内にある領域を変異させることで、哺乳類から哺乳類へ伝播できる鳥HAタンパク質を持つウイルスが作り出された。
a. 今井たち1は、高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1のHAに生じた、フェレット間での飛沫感染能力を与える4つの変異(N158D、N224K、Q226L、T318I)を同定した。図の黄色の網がけ部分がHAの受容体結合部位。
b. Chenたち5も、フェレット間をある程度伝播できるH5N1 HAを持つウイルスを作り出したが、H5 HAに導入したのは3つの変異だった(Q196R、Q226L、G228S)。このハイブリッドの基本構造として使われたウイルスはすでに、今井たちが今回の研究の変異HAで見つけたのと同じN158D変異を含んでいた。
c. Sorrellたち7は、低病原性H9N2鳥ウイルス由来のHAタンパク質を使って、同様の伝播能力を達成した。Q226L変異はすでにこのウイルスに存在しており、フェレット感染実験の過程で、さらに2つの変異(T189A、H192R/HA2)が獲得された。HAタンパク質はこのアミノ酸残基の前面にある部位で開裂するので、H192R/HA2変異は図中に表示されていない。なお、それぞれの構造図の下にあるのがウイルスの正式名称と亜型。変異したアミノ酸残基は、赤色と青色の丸で表した。

研究チームは、このハイブリッドH5N1ウイルスをフェレットに感染させ、その後何回も感染を繰り返させた後、感染個体の上気道からウイルスを分離し、まだそのウイルスに接したことのない個体に感染させることで、フェレット間を高効率で伝播できるウイルスを手に入れた。研究チームが得たウイルスのフェレット間での飛沫感染能力には、HA内の4つの重要なアミノ酸の変化が関係していた(図1a)。それら4つの変異のうち3つ(N158D、N224K、Q226L)は、Siaα2,6に対する特異性に関与する。4つ目の変異(T318I)は、ウイルスが自身のエンベロープと標的の細胞膜を融合することで遺伝物質を感染細胞の細胞質内に放出できるようにHAが構造変化する際に、pH値を下げる効果を持つ。

これまでも、H5N1がフェレットで伝播する能力を獲得できるかどうかを確認しようとする試みは多数あった。2つの研究チームがH5N1とH3N2のハイブリッドウイルスを評価し2,3、もう1つの研究チームは、H2およびH3赤血球凝集素でSiaα2,6への結合を増すことが知られる変異をH5N1 HAに導入した4。しかし、いずれの方法でも呼吸器飛沫による伝播能力は付与されなかった。また別の研究チームは、H5N1ウイルスに3つのHA変異(Q196R、Q226L、G228S)を導入し、これにヒト季節性H3N2ウイルスのNAタンパク質を組み合わせることで、部分的な伝播能力を持たせることに成功した(図1b)。興味深いことに、フェレット間で伝播能力を示した2つのH5 HA1,5は(図1a,b)、似通った変異を含んでいる。1つはアミノ酸残基158〜160にあり、HA分子の球状頭部6N結合型糖鎖付加部位を除去する変異で、もう1つは残基221〜228にあり、受容体結合ドメインのループ構造6を変化させる変異である。

すでに別の研究グループが、低病原性鳥インフルエンザウイルスのHAおよびNAと、ヒト季節性H3N2ウイルス由来のその他の遺伝子を使って、フェレットでの伝播能力を持ったH9N2ハイブリッドウイルスを作り出している7。このハイブリッドのHAには、ヒトなどのSiaα2,6に結合できるようになるQ226L変異が含まれている7(図1c)。このH9N2ウイルスが伝播能力を獲得するのに要した10回の感染の間に、さらに2つのHA変異が蓄積した。その1つはHA1のアミノ酸残基189(受容体結合ドメインの近く)に、もう1つはHA2の残基192(膜融合ドメインの近く)に位置する変異で、それらに加えて、膜貫通ドメインにあたる位置にNA変異も1つ蓄積した。これらの研究を総合すると、Siaα2,6への結合能を高める変異1,5,7と、HA構造を安定化する変異1,7とが、インフルエンザウイルスの哺乳類間伝播能力に必要な機能をHAにもたらすらしいことを示している。

したがって、今回、今井たちが飛沫感染能力のあるH5N1ウイルスを作り出したが、それは、鳥インフルエンザウイルスに哺乳類間伝播能力を与える仕組みを理解するために、多数の研究グループがこれまで重ねてきた努力の集大成といえる。しかし、今回と違うHA変異の組み合わせでも同じような結果が得られるかもしれないため、その可能性を探る研究がなお求められる。加えて、ヒト間のインフルエンザAウイルス伝播にウイルスのHAやNA、ポリメラーゼ塩基性タンパク質2が関与していることはすでにわかっている8,9が、今井たちが今回調べなかったほかのウイルスタンパク質が、哺乳類での伝播能力に寄与している可能性も捨てきれない。

興味深いことに、今井たちが素材として使ったH5N1ウイルス株(A/ベトナム/1203/2004)は、フェレットに直接感染させると致死的症状を引き起こすが、今回作り出したフェレット間伝播能力のあるH5N1ウイルスに感染させてもフェレットが死ぬことはなかった。したがって、フェレットとヒトの肺胞上皮細胞に存在するSiaα2,3から、上気道の細胞にあるSiaα2,6へと結合先の受容体が変わることで、肺胞感染を起こしてより重症化する可能性の高いウイルスから、上気道に感染する症状の軽いウイルスへと変わる可能性がある。ただし、今井たちは今回、これら2種類のウイルスが標的の点ではっきり異なる(上気道もしくは下気道領域)かどうかについては明らかにしてはいない。

今回のH5 HAを持つH1N1ウイルスは研究室で人為的に作り出されたものだが、実験でしか生じることのない人工物だと考えるべきではないだろう。自然界でのH5N1–H1N1ハイブリッドウイルスの出現は十分ありうることだ。一部のH1N1やH5N1ウイルスは、実験的条件下で別のウイルスと容易に遺伝子を交換し10,11、ハイブリッドウイルスを作り出す。さらに、パンデミックを起こすH1N1ウイルスは世界の多くの地域でブタ集団内に定着しており、H5N1ウイルスはブタから分離されている12。このことから、これらのウイルスがブタ体内で混合される機会は実際にあると考えられる。

これらの知見は、哺乳類間伝播能力を持つウイルスが自然に生じるおそれがあることを改めて示唆するだけでなく、インフルエンザ監視体制やパンデミックへの備えを強化するための道も開いてくれる。例えば、今井たちが報告した4つの変異のうちの1つであるN158Dは、N結合型糖鎖付加の消失を招くが、この残基の位置の糖鎖付加消失は自然界にあるH5N1分離株にしだいに多く見られるようになっている。そのほかの3つの変異は野外由来のH5N1分離株にはまだ見つかっていないが、Siaα2,3結合型からSiaα2,3とSiaα2,6の両方への結合型へとウイルスを変化させるようなHA変異が、すでに鳥類でもヒトでも報告されている13

このような事実は、ヒトやほかの哺乳類(ブタなど)でのH5N1感染を今以上に監視する必要があることを強く示している。インフルエンザウイルスは、単一の臨床検体内であっても、遺伝的に少しずつ異なる「ウイルス準種」と呼ばれる変異株の集合体として存在しており、そうした遺伝的多様性を従来の塩基配列解読法で完全に評価するのは難しいかもしれない。これらの変異や、それと同様の機能をウイルスに与えるほかの変異について、哺乳類の臨床検体を新しい解読法を使って調べ、宿主哺乳類で生じつつあるH5N1の適応の程度を評価できる時代が来るだろう。さらに広く見れば、鳥インフルエンザウイルスに哺乳類間伝播能力を与える変異を把握することで、パンデミックの脅威となる動物インフルエンザウイルスのリスク評価を高精度で行えるようになり、パンデミックに備えたワクチン製造の対象となるウイルス株を選ぶのにも役立つだろう。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120714

原文

Bird flu in mammals
  • Nature (2012-06-21) | DOI: 10.1038/nature11192
  • Hui-Ling Yen & Joseph Sriyal Malik Peiris
  • Hui-Ling YenとJoseph Sriyal Malik Peirisは、香港大学およびHKUパスツール研究センターに所属。

参考文献

  1. Imai, M. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature10831 (2012).
  2. Jackson, S. et al. J. Virol. 83, 8131–8140 (2009).
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