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マヤ最古の天文表、見つかる

グアテマラの熱帯雨林の奥深く、盛り土の下から、古代マヤ文明の天文学に関する最古の壁画が発見された。小さな部屋の壁に描かれていたのは、日付や天文表や月の神。この壁画は、2010年に、シュルトゥン遺跡の発掘調査が行われた際に発見された。シュルトゥンは今から約1200年前に栄えた古代マヤの都市であり、壁面に記された日付とも一致している。

「この部屋は、暦の作成に携わる聖職者か書記、あるいは天文学者の仕事場だったのではないかと考えています。壁は、現代の物理学者や数学者のオフィスにあるホワイトボードのような使われ方をしていたのでしょう」。こう語るのは、テキサス大学オースチン校(米国)の人類学者、David Stuartだ。Stuartの研究チームは、この壁画に関する論文を Science に発表した1

書記と思われる男性が描かれた壁画の一部の汚れを落として安定化させている、修復家Angelyn Bass。

Photo by Tyrone Turner © 2012 National Geographic

壁に描かれた天文表は、ドレスデン・コデックス(ドレスデン絵文書ともいう)の表に似ている。ドレスデン・コデックスは、西暦1300年頃から始まるマヤ文明の後古典期に作成された、天文学や予言、神事などが記された樹皮製の冊子である。マヤ文明の古典期(西暦250~900年)の天文情報を記したものは、現時点ではシュルトゥンのこの壁画しか発見されていない。

この絵が発見されたのは奇跡といえる。考古学者は1920年代と1970年代にシュルトゥンの地図を作成したが、発掘が始まったのは2010年になってからだった。「その間に、遺跡はひどい略奪を受け、めちゃくちゃに破壊されてしまいました」と、発掘チームのリーダーで、論文共著者のBill Saturno(ボストン大学〈米国マサチューセッツ州〉)は言う。

2010年3月、Saturnoの学生Max Chamberlainは、略奪を受けた遺跡の1つをのぞき込んだ。中には、赤や白の塗料で絵のようなものが描かれた壁が見えた。Saturnoは、あと30cm発掘してみることにした。やがて目の前に、鮮やかな青の羽根飾りをかぶり、玉座に腰かけているシュルトゥンの統治者が現れた。

「絵が見つかる可能性はほとんどありませんでした。マヤ文明が栄えた熱帯低地では、よほど特別な条件がそろわないかぎり、壁画は保存されにくいからです」とSaturnoは言う。「我々は、この絵が非常によく保存されていたことに驚かされました」。マヤ人は新しい建物を建てるときには、通常、古い建物の屋根を崩して平らにしてその上に建てるのだが、この遺跡では、岩石と土と陶磁器を混ぜたもので部屋を埋めてからドアを封印し、その上に新しい建物を建てていたのである。

Saturnoは発掘を続けることにした。すると驚いたことに、残っていた壁のすべてに、マヤの象形文字で装飾された壁画が見つかった。そうした絵の1つに、尖筆を持ち、翡翠の腕輪をした、書記と思われるオレンジ色の人物があった。また、樹皮紙を切るのに使われた道具も見つかった。東側の壁は象形文字で覆われていたが、絵を漆喰で塗りつぶして新たな余白を作っている場所もあった。特に目立っていたのは、北側の壁に描かれた棒と点からなるマヤ数字の並びと、東側の壁に描かれた27行の数表だった。

Saturnoらは、夜になってから壁にデスクトップ型スキャナーを押し当てて、壁画の画像をスキャンした。夜にはコントラストが最大になり、絵の詳細がよく見えるようになるからだ。いくつかの文字は保存状態が悪く、後日、マヤ暦の計算に関する知識に基づいて復元しなければならなかった。

調和した数字

分析により、27行の数表は177日または178日間隔の日付を示していて、各行の上にはそれぞれ異なる月の神が描かれていることが明らかになった。マヤ人は、177日と178日、すなわち6朔望月(1朔望月は月の満ち欠けの1周期)の月の動きを記録していたことが知られている。この数表は、ドレスデン・コデックスの月食表に付随する掛け算表とよく似ており、5月10日の記者会見でStuartは、「特定の日に、どの神が月の守護者になるかを計算するために使用されたのかもしれません」と述べている。

4行の数字の並びは、マヤ暦の倍数にあたる特殊な間隔を表していて、月や惑星の周期と関連している可能性がある。

Illustration by William Saturno and David Stuart © 2012 National Geographic

北側の壁の表には4つの数字が書かれていて、それぞれが決まった間隔の日付を表している。その間隔は、短いものでも935年、長いものでは6703年あった。研究チームによると、4つの数字は、いずれも52年周期のマヤ暦の倍数であり、金星、月、火星、そしておそらく水星の周期に関連して繰り返し起こる出来事を表している可能性があるという。

論文共著者で、コルゲート大学(米国ニューヨーク州ハミルトン)の天文考古学者Anthony Aveniは、「マヤ人は、公倍数に強いこだわりを持っていて、常に、そうした数字を探していました」と言い、こう付け加える。「私は、この部屋に住んでいたのは暦の作成者で、宇宙を動かす大きな調和的数字を組み合わせようとしていたのではないかと考えています」。一方、ほかの専門家は、これらは一種の数学的な研究の記録で、ドレスデン・コデックスなどに見られる暦を計算するのに利用されたのだろうと考えている。

フロリダ自然史博物館(米国ゲーンズビル)の天文考古学者で、チューレーン大学(米国ルイジアナ州ニューオーリンズ)の名誉教授Harvey Brickerは、「このような仕事場があるはずだとは考えられていましたが、実際に発見されたのは今回が初めてです」と言う。

メリーランド大学天文考古学センター(米国カレッジパーク)の所長John Carlsonは、「この壁画とコデックスは何か関係がありそうなのですが・・・・・・。いずれにしても、彼らがなぜここに壁画を描いたのか、本当のところはわからないでしょうけどね」と話す。

マヤ暦が世界の終末を予言しているという俗説は有名である。しかし実のところ、研究者たちはそのようには考えていない。記者会見でも必然的にこのことに質問が及んだが、研究チームは、小部屋の壁に描かれた数字表記のいくつかは、世界の終わりとされているマヤ暦の「13バクトゥン(187万2000日)」以降も続いていることを表していると述べた。

研究チームは、今回発表したもの以外にも、同じ部屋の壁に12個の絵を発見している。シュルトゥンの発掘は、まだ続いている。「遺跡の99.9%は、未調査です。調査には、今後、数十年の歳月を要するでしょう」とSaturnoは語る。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120702

原文

Murals offer glimpse of Mayan astronomy
  • Nature (2012-05-10) | DOI: 10.1038/nature.2012.10623
  • Helen Thompson

参考文献

  1. Saturno, W. A., Stuart, D., Aveni, A. F. & Rossi, F. Science 336, 714-717 (2012).