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ハトは磁場を「聴いている」

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ハトの高度な航空技術は、古くから磁場感知能力と結びつけられてきた。だが、その機構についての研究は非常に難しく、不明な点が多い。このほど、ベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)のDavid DickmanとLe-Qing Wuは、ひとつひとつの細胞が磁場の方向、強度、極性についての情報をコードしているという論文をScienceに発表した1。さらにそのシグナルは、トリの内耳にある「壷嚢」と呼ばれる耳石器官から出ていることが示唆され、鳥類の磁場感知に関する研究がますます複雑になってきた。

最近まで、眼とくちばしが、鳥類の磁気センサーがある部位として最も有力視されていた。眼には一種の磁気コンパスがあって、それが光とつながる機構を利用している、とする説に強力な証拠があるのだ。また、くちばしに見られる鉄の蓄積物を磁気センサーと考える人も多い。

しかし、DickmanとWuが2011年、鳥類の磁気感受と壷嚢の関連性を発表し2、なおざりになっていた古い研究3が再び脚光を浴びることになった。

2人は、今回、頭を固定した7羽の伝書バトColumba liviaを暗い部屋に入れ、地球の磁場を打ち消すような磁場を作り、さらに慎重に制御された人工磁場をハトの周りに作って回転させながら、ハトの脳の活動を監視した。

その結果、内耳の平衡システムにつながる前庭ニューロンが磁場の方向、強度、極性の変化に反応して異なる発火を行うことがわかり、さらに、その細胞は地球の磁場をカバーする磁界域に特に敏感であることも判明した。

方向、強度、極性の情報を組み合わせれば、単なるコンパス以上の情報が得られるかもしれない。地球の磁場は場所ごとに異なっているため、場所と方角の情報を得るのに利用されている可能性もあるのだ。「理論的にはGPSユニットとして利用されているのかもしれません」とDickmanは推測する。

くちばし、眼、それとも耳?

しかしながら、オルデンブルク大学(ドイツ)で磁気感受を研究しているHenrik Mouritsenは、「別のグループが同じ結果を再現できたなら、これはとても重要なことです」と慎重な姿勢を示す。この領域では、再現できなかった知見が多いのだ、とMouritsenは言う。例えば、2002年に発表された、ヨーロッパコマドリが片眼だけでコンパス磁気感受を行っていることを示唆する論文がその1つだという4

またMouritsenは、神経を切断したハトで磁場を感知する能力の有無を調べたりするなど、前庭システムが磁気感受を行っていることを示すための行動研究を行う必要が出てきたとも語る。現在Mouritsenは、この研究の一部をDickmanと共同で進めている。

Scienceの論文が発表される数日前には、ハトの上くちばしの細胞が、磁気受容体ではなくマクロファージという免疫細胞であり、航空的「第六感」の要素とは考えられないという論文が、Natureに発表された5。ただし、この論文は、くちばしに磁気受容体が存在しないことを必ずしも意味するものではない。磁気感受能力とくちばしとを結びつける証拠はたくさんあり、そのすべてが今回マクロファージと特定された構造体に立脚しているわけではないのだ6

Natureの論文の研究チームを率いた分子病理学研究所(オーストリア・ウィーン)の神経科学者David Keaysは、「今、磁気受容体がある可能性のある場所は3か所といえるでしょう」と話す。それはくちばし、眼、それに耳だ。「我々の論文とScienceの論文は、ある意味で、答えよりも疑問を多く提示しています。今、この研究はとてもエキサイティングです」と、Keaysは語る。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120704

原文

Pigeons may ‘hear’ magnetic fields
  • Nature (2012-04-26) | DOI: 10.1038/nature.2012.10540
  • Daniel Cressey

参考文献

  1. Wu, L.-Q. & Dickman, D. J. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1216567 (2012).
  2. Wu, L.-Q. & Dickman, J. D. Curr.Biol. 21, 418–423 (2011).
  3. Harada, Y., Taniguchi, M., Namatame, H. & Iida, A. Acta Oto-Laryngologica 121, 590–595 (2001).
  4. Wiltschko, W., Traudt, J., Güntürkün, O., Prior, H. & Wiltschko, R. Nature 419, 467–470 (2002).
  5. Treiber, C. D. et al. Nature 484, 367–370 (2012).
  6. Mouritsen, H. & Hore, P. J. Curr. Opin. Neurobiol. http://dx.doi.org/10.1016/j.conb.2012.01.005 (2012).