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成人女性の卵巣から幹細胞

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120607

原文:Nature (2012-03-01) | doi: 10.1038/483016a | Egg-making stem cells found in adult ovaries

Kendall Powell

成人女性の卵巣から卵を形成する幹細胞が見つかった。これにより、不妊の新しい治療法や生殖可能年齢の延長への道が開けるだろう。

胎児期に形成される卵母細胞は、生後に増えることはないと言われてきた。しかし、成人女性から卵母細胞に分化する幹細胞が発見され、その説は覆ろうとしている。

IMAGE SOURCE/ALAMY

教科書を書き換えるべきときがきたようだ。この60年もの間、高校の生物学教師から不妊治療の専門医まで誰もが、1つの通説をよりどころにしてきた。それは、ヒト女性は卵巣内にすべての卵(実際は第一減数分裂前期で停止した卵母細胞)を持って生まれ、生後に新たに卵が増えることはないという説だ。しかし今回、マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)のJonathan Tillyらにより、22〜33歳の女性6人の卵巣から、卵を作り出せる幹細胞が同定され1、この通説は根底から大きく揺らぐこととなった。

Tillyらは以前、若いマウスや成体マウスの卵巣に増殖して卵を提供する細胞があることを発見している2。また、2009年には上海の研究チームが、マウスから同様の幹細胞を単離したことを報告している3。しかし、それでも、多くの専門家はこの種の幹細胞の存在に懐疑的なままで、議論に決着はつかなかった。

「今回の結果は、マウスでの研究結果が正しかっただけでなく、我々が8年前に提唱した『ヒトでも若い成人の組織に幹細胞集団が存在する』という説も正しかったことを明白に示す証拠です」とTillyは話す。

専門家たちが抱いていた疑念を払拭するため、Tillyの研究チームはまず、マウス卵巣内の幹細胞を高精度で特定して採取できる手法を開発した。これは、蛍光標識した細胞を選別するFACSをベースにしている。利用したのは、Ddx4というタンパク質だ。Ddx4は、幹細胞の外表面に存在するが、分化の進んだ卵母細胞では表面に存在しない。このDbx4に蛍光標識した抗体を付着させ、FACS装置にかけると、細胞は縦一列に並んで1個ずつ選別され、表面に蛍光標識のあるものとないものに分けられる。さらにこの方法では、死んだり損傷したりしたために内部のDdx4に抗体が結合した細胞も、卵母細胞と同様に取り除くことができ、従来よりも高精度に細胞を単離できる。

研究チームは、この手法でマウス卵巣内の幹細胞を単離できることを確認した後、研究の照準を生殖年齢のヒト女性の卵巣に定めた。かつてTillyの下で研究員として過ごし、現在は埼玉医科大学産婦人科准教授の生殖生物学者、高井泰が、性同一性障害患者の性別適合手術時に摘出した卵巣(冷凍保存状態)を提供した。「ヒト卵巣を対象にFACSを最初に行ったとき、分化前の細胞を分離できたことがすぐわかりました。そのときの興奮は言葉で表現できないほどでした。でも、同時に少しホッとしたのを覚えています」とTillyは話す。

研究チームが採取した細胞は、「卵原幹細胞(oogonial stem cell:OSC)」と呼ばれるもので、培養すると、見たところ正常な未成熟卵母細胞を自発的に生じる。これらのヒトOSCと思われる細胞の発生をもっと自然な条件下で観察するため、研究チームは追跡用の緑色蛍光タンパク質で細胞を標識し、成人女性由来の卵巣組織片の中へ注入した。そして、この組織片をマウスの皮下に移植したところ、1〜2週間の増殖の後、OSCから緑色蛍光を放つ細胞群が作られた。それらは、見た目は卵母細胞に似ていて、卵母細胞に特徴的な2つの遺伝学的性質も見られた。

「これらの細胞から赤ちゃんまで育つ卵が得られるかどうかは確証できません。でも、ほかのあらゆる手がかりからみて、これらの細胞は本物の卵母細胞前駆細胞だと思われます」とTillyは言う。次のステップは、ヒトOSC由来の卵母細胞が受精して初期胚を形成できるかどうかを調べることだが、これには特別の配慮が必要だ。例えば、米国では、この種の研究への資金提供は民間からのものに限られ(法律によって、連邦政府からの研究補助金は、胚の由来が何であれ、ヒト胚の破壊を伴ういかなる研究にも利用できない)、また、この種の研究に英国の研究者が加わる場合には、英国のヒト受精・胚機構(HFEA)からの認可が必要となるのだ。

エディンバラ大学(英国)の生殖生物学者Evelyn Telferは、マウスを使ったTillyたちの研究に対してかつては懐疑的だったが、今では支持する側に回っている。彼女はこう話す。「私はTillyの研究室を訪れ、これらの細胞やその振る舞いを実際にこの目で見ました。それは十分納得のいくものであり、感動的ですらありました」。現在、Telferは体外でヒト卵を成熟させる研究をしており、今後はTillyとともに、OSC由来の卵をいつでも受精できる段階まで成長させる研究に取り組む予定である。

Telferも言っていることだが、OSCが体内で自発的に新しい卵を形成するという証拠はまだ得られていない。しかし、「もし」OSCを試験管内でうまく誘導して卵を作らせ、その体外受精に成功すれば、生殖補助医療のあり方は大きく変わるはずである。

「この『もし』のハードルが非常に高い」ことはTillyも認めている。しかし実現すれば、OSCを含む卵巣組織を持った女性ならば卵を無尽蔵に得られることになる、と彼は話す。OSC利用の対象として考えられるのは、化学療法を受けている女性がん患者や、早発閉経を起こした女性などだが、健康な中高年女性も対象となりうる。Tillyによれば、40代の女性の卵巣にもOSCが存在していることが、その後の調査で確認されているという。

今後、研究室で扱えるOSCの数が増えれば、OSCを再活性化させて生体内での卵の産生を維持させ、女性の生殖可能期間を延ばせるような、ホルモンや薬剤のスクリーニングが可能になるかもしれない。「卵巣の機能をたとえ5年でも延長できれば、妊娠のためには体外受精が必要な年齢の女性の多くに対応できるようになるでしょう」とTillyは語っている。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. White, Y. A. R. et al. Nature Med. 18, 413-421 (2012).
  2. Johnson, J., Canning, J., Kaneko, T., Pru, J. K. & Tilly, J. L. Nature 428, 145–150 (2004).
  3. Zou, K. et al. Nature Cell Biol. 11, 631–636 (2009).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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