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なぜ、いいかげんに擬態するのか

150年前、英国の博物学者Henry Walter Bates1はある現象を発見し、それが「自然選択理論のきわめて強力な証拠」だと考えた。そのわずか数年前に自然選択が進化の推進力であることを提唱していたCharles DarwinとAlfred Russel Wallaceは、Batesのこの考えに賛同した。さらにDarwin2は、Batesの論文について、「こんなにすばらしい論文はめったにない」と評価している。

Batesが発見した衝撃的な適応は、ベーツ型擬態3と呼ばれている。それは、捕食者から見た可食種(擬態者)が、捕食者の避ける派手な不可食種(モデル)に似るように進化する、というものだ。そうしたそっくりな生物は、捕食者が不可食種と勘違いして手を出さないために選択的に生き残る、とBatesは主張した1。この考え方は強い説得力を持っており、ベーツ型擬態は、適応を生み出す自然選択の威力を説明する際に、今でも広く使われている3,4。しかし、擬態種がモデルにあまり似ていない場合も多く、その不正確な擬態という事実は、進化理論に多くの課題を突きつけている3Nature 3月22日号の461ページでは、Penneyら5が、擬態に不正確なものが多い理由について、考えられる説明を考察している。

Penneyらも列挙しているように、不完全な擬態を説明するために、いくつかの仮説が提唱されている(それらは互いに排他的ではない)。不完全な擬態は人間の目の錯覚だと主張する「あばたもえくぼ」的な感覚限界仮説、複数のモデルに似ることを求める選択圧が理由で不完全な擬態が存続していると考える「何でも屋」的な多重モデル仮説、遺伝的に近縁の個体に有利になるようにするために不完全な擬態が維持されていると主張する「血縁選択」仮説がその例だ。血縁選択仮説は、擬態が不完全だと捕食者の識別性は増すが、場合によってはモデルと取り違えることによって擬態者が見過ごされることもあり、それによって同じ不完全な形質を共有する近縁個体も見過ごしてもらえる、という考え方だ。

不完全な擬態を説明する別の理論として、「選択緩和」仮説がある。これは、ある点を越えると擬態の類似度を極めることが選択上のメリットをほとんど失う、とするものである。要するに、それ以上細かく似せても意味がないという考え方で、モデルが一般的だったり、特に有毒なものだったりする場合がその例になる。そして最後が「制約」仮説である。これは、精緻な擬態を作り出す遺伝子を持っていないとか、あるいは、正確な擬態をすることにプラス・マイナスの両面がある場合だ。例えば、うまく擬態すれば捕食者に食べられる可能性は減るが、異性から選ばれる可能性も減って交尾の機会が減るようなケースである。

これまで、こうした複数の仮説を1つの系の中で徹底的に評価する研究は行われたことがなかった。Penneyら5は、それを正確に行うために、数十種のハナアブで擬態の度合いを比較した。無害な双翅目であるこの大きな科にとって、擬態は主要な特徴だ。約5600種が知られているが、その4分の1以上は、毒針を持つ膜翅目(スズメバチやミツバチの仲間)に姿が似ている6。一部のハナアブはきわめて精巧な擬態を行っており、形態も行動も膜翅目のモデルに近いものになっているが、その他の多くは、あまり似ていないように見える6。この擬態忠実度のばらつきゆえに、ハナアブ類は、不完全な擬態を調べるうえで理想的な研究対象となっている。

研究チームは、ハナアブ類と膜翅目の姿が似ていることについて、鳥類(ハナアブの捕食者)と人間の見方が一致しているらしいことを明らかにした。したがってこの場合、「あばたもえくぼ」の仮説は成り立たない。さらに、統計解析により、この擬態者の特徴が、決して異なるモデルの特徴の中間を取ったものではないことが明らかにされ、「何でも屋」の仮説も支持されなかった。血縁選択仮説による予測では、擬態者の数が多いほど擬態の正確さが低下することになるが、研究チームが観察した傾向は逆だった。

結局のところ、知見とつじつまが合うのは、制約仮説と選択緩和仮説だけだった。この2つの仮説は、擬態者が多いほど擬態の正確さが高まることを予測するほか、擬態の正確さが擬態者の体の大きさに伴って高まることを予測している。そしてそれこそが、研究チームの発見した事実であった。

擬態者の数が増えて体も大きくなる場合、選択緩和仮説がどのように当てはまるのかを理解するために、捕食者の観点から、味のよい擬態者とまずいモデルとを識別する問題を考えてみよう。すべての擬態者の姿が同じように紛らわしいものでないとすれば、捕食者は被食者を攻撃するときにリスクを負わなければならない。擬態者を攻撃すれば、得られる報酬は後悔よりも大きい。擬態者が多ければ、誤ってモデルを攻撃する確率は低下する。そうした条件では、捕食者はほとんど最も優れた擬態者を試食しようとするにちがいない。このことは、擬態をさらに精巧なものにする方向に選択圧をかけることになる。

同じように、擬態者の体が大きければ、捕食者にとっての潜在的なメリットが大きくなり(一般に大型の被食者ほど捕食者にとって実入りが大きい)、擬態を改良するための選択圧は、小型の擬態者と比べて大型のもののほうが大きくなる。擬態者が多い場合に擬態の正確さが増すことは別の研究で発見されているが7、擬態者が大きくなるときにもこのパターンが当てはまることを裏付けたPennyらの証明は、旧来の考え方をみごとに肯定するものとなった。

ハナアブの擬態は、「十分満足」なものになった時点で、精緻化に向けた選択が働かなくなるために不正確なのかどうか(選択緩和仮説)、それとも、擬態を改良するコストゆえに、これ以上の精緻化に抗する能動的な選択圧が働いているのかどうか(制約仮説)。そのどちらであるのか、まだ決着はついていない。例えば後者の場合、擬態者とモデルとの間の、共通の資源8または生殖の機会9をめぐる競争によって、制約が課せられている可能性がある。その場合、両者が別々になること、すなわち不正確な擬態のほうがよいと考えられる10。いずれにせよ、この2つの仮説を解きほぐすには、さらなる研究の進展が必要だ。

擬態に関するBatesの発見1から150年たってもなお、この話題は世間と科学界を魅了し続けている3,4。Pennyらの知見は、選択が正確な擬態を生み出す場合もある一方で、逆にそれを生み出さない場合も多い理由を解明する助けとなる。この謎を解き明かすことで、進化の過程について、さらなる洞察が得られることだろう。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120626

原文

Life imperfectly imitates life
  • Nature (2012-03-22) | DOI: 10.1038/483410a
  • David W. Pfennig & David W. Kikuchi
  • David W. PfennigとDavid W. Kikuchi、 ノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)生物学科。

参考文献

  1. Bates, H. W. Trans. Linn. Soc. 23, 495–556 (1862).
  2. Burkhardt, F., Evans, S. & Pearn, A. M. (eds) Evolution: Selected Letters of Charles Darwin 1860–1870 (Cambridge Univ. Press, 2008).
  3. Ruxton, G. D., Sherratt, T. N. & Speed, M. P. Avoiding Attack: The Evolutionary Ecology of Crypsis, Warning Signals & Mimicry (Oxford Univ. Press, 2004).
  4. Forbes, P. Dazzled and Deceived: Mimicry and Camouflage (Yale Univ. Press, 2009).
  5. Penney, H. D., Hassall, C., Skevington, J. H., Abbott, K. R. & Sherratt, T. N. Nature 483, 461–464 (2012).
  6. Gilbert, F. in Insect Evolutionary Ecology (eds Fellowes, M. D. E., Holloway, G. J. & Rolff, J.) 231–288 (CABI, 2005).
  7. Harper, G. R. Jr & Pfennig, D. W. Proc. R. Soc. Lond. B 274, 1955–1961 (2007).
  8. Alexandrou, M. A. et al. Nature 469, 84–88 (2011).
  9. Estrada, C. & Jiggins, C. D. J. Evol. Biol. 21, 749–760 (2008).
  10. 10. Pfennig, D. W. & Kikuchi, D. W. Curr. Zool. (in the press).