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変装させて反応させる

医薬品、材料、日用品などに含まれる有機小分子の有用な特性は、分子内の化学基、特に水酸基(–OH)やアミノ基(–NH2)などの“官能”基の位置と種類に左右される。目的の官能基を分子内に導入するためには、既存の反応基を、相互変換反応によって別の基と交換する方法が一般的である。しかし、このような合成方法は反応ステップが多くなり、時間とコストがかかる。

SimmonsとHartwigはNature 2012年3月1日号1で、イリジウム(Ir)触媒を用いて、分子内の特定位置のC–H(炭素–水素)結合をC–OH(炭素–水酸基)結合に直接変換し、官能基相互変換反応ステップを何段階も少なくできることを報告している。彼らは、アルコール(OHを1つ持つ)を1,3-ジオール(3個のC原子で隔てられた2つのOH、つまりHO–C–C–C–OHを持つ)に変換するきわめて有効な方法を見いだした。1,3-ジオールは、複雑な構造を持つ多くの天然化合物の「骨格」となるばかりでなく、ポリマー材料や医薬品中にも見られる重要な化学モチーフである。

SimmonsとHartwigが報告した反応は、遷移金属触媒によるC–H結合官能基化反応2の例であり、反応性に乏しいC–H結合の水素原子を、直接官能基に置き換える合成手法である。このような反応は、複雑分子の合成効率を向上させる強力な手段となるが、実際に実現するのは難しい。一般的に、有機分子はさまざまなC–H結合を持つため3、数あるC–H結合の中から1つだけを選んで反応させるのは非常にやっかいである。さらに、分子内の各C–H結合は、それぞれ反応性の程度が異なっている。触媒を用いることで、最も反応性の高いC–H結合を反応性の低いC–H結合よりも先に官能基化することはできるが4、反応性の低い結合を選択的に官能基化することは容易ではない。

この問題を解決する方法の1つは、分子内の官能基を配向基として利用する方法である5。配向基とは、金属触媒と結合することによって特定のC–H結合を反応させるよう舵取りをする基のことである。ただし、この方法にも欠点がある。このような特殊な配向基は合成経路の対象生成物中に存在しない場合が多く、したがって、外から配向基を導入し、さらにそれを除去するための追加の合成ステップが必要になるのだ。

そのため、有機分子内でよく見られるありふれた官能基(水酸基、アミド基、カルボン酸基など)を配向基として利用することに、大きな関心が寄せられた6,7。そして、ベンゼン環上にある比較的反応性の高いC–H結合の官能基化反応については、ありふれた官能基を配向基としてうまく使えることが判明した7,8。しかし、飽和炭化水素鎖(アルキル鎖)にある反応性の低いC–H結合を選択的に官能基化することは、非常に難しく、これまで単純な分子でしか成功したことがなかった6

図1:イリジウム触媒を用いたC–H官能基化反応。
SimmonsとHartwig1は、特定のC–H結合をC–OH結合で置き換えることによって、アルコールを有用な1,3-ジオールに変換する反応を報告している。
a 出発物質のアルコールは、まず、ジエチルシランとの反応によってシリルエーテルに変換される(Etはエチル基)。
b, c シリルエーテルはイリジウム(Ir)触媒(緑色の球)と強く結合し、特定のC–H結合(青色)とC–Si結合(赤色)の置換を導く。C–Si結合が形成されるとイリジウム触媒は切り離される。
d ステップa~cと同じフラスコ内で反応生成物を精製せずに次の酸化反応が行われ、目的の1,3-ジオールが得られる。

今回SimmonsとHartwig1が開発したのは、アルキル鎖上の水酸基を用いて高選択的にC–H結合を官能基化する反応である(図1)。水酸基は、イリジウムなどの遷移金属と弱い結合しか作らず、また金属触媒が多く存在すると不要な副反応を起こす傾向があるため、この方法は注目すべき成果だと言える。

成功のカギは、反応物の水酸基を「変装」させることであった。つまり水酸基を、金属触媒と結合するシリルエーテル(ケイ素Siを含む基)に変換したのだ(図1)。シリルエーテルはイリジウム触媒と強く結合し、反応物内の別の場所にある特定のC–H結合とC–Si結合を形成する。つまり、シリルエーテルが配向基としての機能を果たしている。そして、同じ反応容器内で行う次のステップで、C–Si結合をC–OH結合に酸化してシリルエーテルを除去すると同時に、1,3-ジオールユニットを有する目的生成物が得られる。

SimmonsとHartwigは、単純な構造のものから複雑な構造のものまで、さまざまなアルコールを1,3-ジオールに変換することによって、この方法の有効性を実証した。反応性の高いC–H結合が分子内に存在する場合であっても、常に配向基から炭素原子3個隔てたC–H部位でのみ官能基化が起こった。印象的なのは、複雑な構造を持つ天然物を反応させても、高い部位選択性を維持していたことである。したがって、彼らは入手が容易な水酸基を有する天然物を、入手しにくい別の天然物に変換させることができたし、新しい天然物類似体を作りだすこともできた。

なかでも、ヘデラゲン酸メチル(抗炎症性、抗真菌性、抗腫瘍性を持つ天然物ヘデラゲニンの前駆体9)の合成はみごとである。出発物質は49個のC–H結合を持つ市販のオレアニン酸メチルだが、これらのC–H結合のうち1つのC-H結合のみが、3段階の反応で選択的に官能基化されている。これまで最も効率のよかったヘデラゲニン合成10でも、オレアニン酸メチルと近縁の出発物質から10段階の反応が必要であった。

SimmonsとHartwigの方法は、水酸基を1つだけ含む基質の官能基化に非常に有効だが、水酸基を複数持つ分子に利用できればもっと応用が広がるであろう(そのような系で選択性が得られるかどうかは、現時点で不明である)。彼らの革新的変換法によって、ありふれた化学基をC–H結合官能基化反応に利用できることが明らかになった。すなわち、複雑な有機分子の中に1,3-ジオールユニットを作る新しい、かつ効率のよい方法がもたらされたのである。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120624

原文

Disguise gets a reaction
  • Nature (2012-03-01) | DOI: 10.1038/483042a
  • Danielle M. Schultz & John P. Wolfe
  • Danielle M. SchultzとJohn P. Wolfe、 ミシガン大学(米国)化学科。

参考文献

  1. Simmons, E. M. et al. Nature 483, 70-73 (2012).
  2. Wencel-Delord, J. et al. Chem. Soc. Rev. 40, 4740-4761 (2011).
  3. Newhouse, T. et al. Chem. Int. Edn. 50, 3362-3374 (2011).
  4. Chen, M. S. et al. Science 318, 783-787 (2007).
  5. Lyons, T. W. et al. Chem. Rev. 110, 1147-1169 (2010).
  6. Engle, K. M. et al. Acc. Chem. Res. http://dx.doi.org/10.1021/ar200185g (2011).
  7. Huang, C. et al. J. Am. Chem. Soc. 133, 17630-17633 (2011).
  8. Simmons, E. M. et al. J. Am. Chem. Soc. 132, 17092-17095 (2010).
  9. Plé, K. et al. Eur. J. Org. Chem. 2004, 1588-1603 (2004).
  10. García-Granados, A. et al. J. Org. Chem. 72, 3500-3509 (2007).